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日が昇りまだ間もない午前5時。爆豪勝己の朝は早い。日課としているロードワークを行う為だ。手早く身支度を済ませ外へ出ると、少しひやりとした爽やかな空気が心地よい。

(今日はいつもより時間があるな…ちと距離伸ばすか)

腕に着けた活動量計のスイッチを入れ、ミュージックプレイヤーに繋げたワイヤレスのイヤホンを装着する。その場で軽くウォーミングアップを行った後、爆豪は走り出した。




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爆豪が普段周回しているコースよりも少し先に、ここ数年の間に新しく整備された大きな公園がある。子どもたちが遊ぶような砂場や遊具などは勿論の事、一角にはボルダリングのクライミングウォールやスケーターの為のランプトリック練習用のスポットまで完備されている。日中は子どもたちや若者で賑わっているが早朝の今は見る限り誰も居ない。爆豪はふらりと公園内へ入ると近くにあった遊具に凭れ掛かった。

(ここまで来るのにざっと30分…往復で1時間か。まぁまぁだな)

休憩を済ませ再び走り出そうとしたその時、視界の端にあったクライミングウォールの前に人が立っているのが見えた。グレーのTシャツに黒のハーフパンツ、中にはスポーツインナーを着込んでいる。その格好からして恐らく爆豪と同じ様に早朝練習に来ているのだろう。爆豪はなんとなくその人物が気になって少しばかり見物してやろうとその場に留まった。

(って、早ェ…!)

その人物は爆豪も驚くような早さであっという間に頂上まで登りきると、器用にクライミングウォールの上に登ってみせた。そしてそこから、後方宙返りの要領で宙を飛び、見事に2回転してから着地した。更には着地のタイミングでバク転、側転を繰り返したかとおもえばそのまま2メートルはあるであろう壁を反動で乗り越え、更に高い壁を蹴って登りきってしまった。その人間離れした動きの数々に、爆豪はおもわずぽかりと口を開け見入ってしまう。そんな爆豪の視線に気がついたのか、壁の上に立っているその人物が此方を見たような気がした。やべ、と爆豪がその場を去ろうとするより先に、その人物が声を発した。

「おはよう、爆豪くん」
「テメェ…舐めプ2号ッ!!」

爆豪が舐めプ2号と呼んだその人物は、先日の戦闘訓練の際、爆豪の中に苦い記憶を残していった相澤止だったのだ。

「2号?」
「…テメェよりも先に舐めプしやがったヤツが居んだよ。それより、一体なんだ、さっきのは。そういう個性もあるんか」
「さっきの?ああ、あれは個性とかじゃないよ。パルクール、っていうんだけど」
「パルクール…」

その言葉を爆豪は知っていた。確かフランスの軍事訓練から生まれた、移動所作に重点を置いたスポーツ、または動作訓練の名称だ。己の身体能力だけを使い様々な障害物を乗り越えていかなければいけない為、心身ともに相応なトレーニングと危険予知能力、状況判断能力が求められる。爆豪も何度かネット動画で見掛けたことはあったが、実際に目にしたのはこれが初めてだ。

「俺の個性はあまり戦闘向きじゃ無いからね。せめて機動力は上げないと、と思って始めたんだ。慣れると楽しいよ」

爆豪と話すにあたり壁の上でしゃがみ込んでいた止は、すっと立ち上がるとその場で軽く背伸びをし、飛び降りてきた。

「それに結構実戦でも使えるんだ。あの時は仕留め残ったけど、次は勝つよ、爆豪くん」

目の前に降り立った止はそう言い残すと公園から出ていった。残された爆豪はしばし呆然としていたが、次第にわなわなと身体を震わせる。その表情は怒りというよりも、新しい獲物を見つけることのできた悦びと興奮に満ちていた。

「ッ上等だオラァ!次はぜってェ負かす!!」

そして、テメェを俺のモンにする。爆豪は少し騒がしくなってきた公園の中、強く拳を握りしめそう固く決心した。