02


何となく嫌な予感がした。いつもは休憩時間を過ぎても騒がしい教室前が、今は嫌に静かなのだ。これは何かある。教師の感がそう告げている。しかし時間は有限、さっさと入室し授業を始めなければいけない。相澤は意を決して教室の扉を開けた。

「はい、授業始めるぞ。委員長ごうれ、」
「先生!!さっき校門で会ってた人誰ですか!?」

シュバッと元気よく片手を上げ、食い込み気味にそう声を発したのは芦戸だ。心なしか他の生徒も目がキラキラと輝いているように見える。相澤は痛むこめかみを押さえながら、さっき、校門、会ってた人、と脳内で言葉を紡ぐ。

「…ああ。止か」
「誰ですか!?先生の隠し子ですか?!」
「馬鹿たれ。止は俺の甥だ。忘れ物を持ってきてくれただけだ」
「甥?!先生甥っ子とかいたんすね!!」
「歳は?!イケメンですか?!」
「甥っ子さんはヒーロー志望ですか?!」
「強いんですか?!」

相澤の甥発言に教室は一気にざわついた。止め処なく質問が相澤に向かう。相澤のこめかみは更に痛んだ。

「いい加減にしろ。これ以上うるさい奴は除籍処分にするぞ」



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なんとか授業を終え職員室へ戻ってきた相澤は自分のデスクチェアに座り深いため息を漏らした。項垂れるように頬杖をつきながら、未だに痛むこめかみと眉間を押さえた。

「hey、イレイザー。どうしたんだ、いつも以上に顔が死んでるぜ?」

そこへやってきたのが同じプロヒーローであり教師であり同期である、ボイスヒーローことプレゼント・マイクだ。いつも通りの飄々としたテンションの高い声が今はやけに耳に障る気がして相澤は顔をしかめた。

「…、止の存在が、クラスの生徒たちにバレた」
「a-ha?なんでまたこのタイミングで?」
「昼前に忘れ物と弁当持ってきてくれたのを見られてた」
「oh…それは…」

ご愁傷さま。マイクはそう言いたげな顔をしていた。その顔にまた腹が立ったが自分が蒔いた種なので何も言えない。取り敢えず昼飯を食べよう。食べ終わったら小テストの採点をして、実技訓練の計画を立てなければ。やらなくてはいけないことは山程あるのだ。1分1秒たりとも無駄にはしたくない。相澤は黒のタータンチェックに包まれた弁当箱を取り出し机の上に広げた。バランスや彩りをしっかりと考えられているのであろうおかずたちが綺麗に並び、その横には俵型に握られたおにぎりが詰められていた。いただきます。心の中で呟いて箸をすすめる。

「相変わらず止の作る弁当は美味そうだなぁ!卵焼きくれヨ!」
「やらねぇよ。全部俺のモンだ」
「シヴィー!!独占欲丸出しじゃねぇーか!!」

相変わらずうるさいマイクを横目に弁当を食む。ほうれん草が入った卵焼きが美味い。

「それはそうと…止のことはリスナーたちに言ったのか?」
「甥ということは言った。それ以外はまだだ」
「焦らしてるなァイレイザー。例の話もか?」
「あれはまだ正式には決まっていない話だ。止にも伝えていない」
「そのことなんだけどね相澤くん!!!」

2人の会話に突然割って入ってきたのはこの雄英高校の校長、根津だ。見た目はネズミのような熊のような風貌をしているが個性は「ハイスペック」というなかなかに濃い存在である。突拍子もない校長の登場にマイクは座っていた椅子ごと後ろへ転び、相澤は咀嚼していたからあげを喉に詰めそうになった。

「びっ…くりした…。何ですか、校長」
「例の件、是非進めて欲しいんだ。甥っ子くんにも宜しく伝えておいてくれよ」
「…わかりました。今夜にでも伝えます」

頼んだよ!と言葉を残し校長は校長室へと戻っていった。

「どうやら早々にバレそうだな」
「いい機会だ。生徒たちにも…止にも」

弁当は完食されていた。