06


戦闘訓練の授業中に突然現れた謎の人物。相澤先生もオールマイトも居ない今、この場を何とかできるのは僕たちしか居ない。

(そう思ってたけど…ッ!)

建物の上から降りてきた人物は身体つきから男性だと分かった。全身を黒で包み、大きなゴーグルと口元を隠す襟元で顔は殆ど見えない。手に持っている白くて細い縄はさっき上鳴くんや耳郎さんを捕まえたものと同じようだ。彼はその縄をまるで手足のように扱い、あっという間にみんなを捕縛していく。彼は、強い。いや、強いというよりも恐ろしく上手い。畳み掛けてくるタイミングを、引くタイミングを、彼は熟知している。戦いに慣れている。彼に勝てるのだろうか。背中を嫌な汗がつたった。

「緑谷ッ!そっち行ったぞ!!」

轟くんの声に我に返るとすぐそこに彼が来ていた。手にはまた新しい縄を構えていて、僕を捕まえようとしているのが分かる。どうしよう、間に合わない…!

BOOM!!!

「おいクソナード!戦闘中に考えごとたぁ偉くなったなァ?!前見ろボケカス!!」
「かっちゃん…!」

かっちゃんの爆破が彼を襲う。しかし間一髪のところで彼は後方へ避け、全くの無傷だ。ふと辺りを見回すともう動くことができるのは僕とかっちゃん、轟くんだけになっていた。他のみんなは縄で捕縛されてたり動けないよう何かしらの打撃を受けてしまっている。短時間でここまで追い詰められてしまうなんて。ぞわりと身体中に焦りが広がる。そんな中、なんとか弱点を探ろうと彼の戦いを注意深く見ているうちに、僕は彼の戦い方に既視感を感じた。縄を自由に扱うそのスタイルも、的確に無駄なく相手を戦闘不能にしていく戦い方も、担任でありプロヒーローでもある、相澤先生…イレイザー・ヘッドに酷似している気がして仕方がないのだ。

「おいテメェ!お前は一体何なんだ!敵か?!」
「…」
「だんまりか。やっぱり捕まえて吐かせるしかねぇみたいだな」
「2人とも気をつけて、彼は強いよ…!」
「ハンッ!上等だぁ!ぶっ殺してやる!!」

かっちゃんが彼に向かって駆け出し、僕と轟くんも技を繰り出そうと構えたその時、身体が、全く動かなくなった。

(な、なんだこれ…?!声も出せない…!!)

視界の端で轟くんも固まっている。勿論走っていたかっちゃんもその場で立ち止まるかのように固まってしまっている。まるで時間が止まってしまったようなこの空間で、唯一目の前の彼だけが、ゆっくりとかっちゃんに向かって歩いていた。もしかしてこれは、彼の個性なのか。まずい。このままでは…!

「1人相手に残ったのはたった3人か。情けねぇな」
「うーん、予想以上だね」

ピンと張り詰めたような空気の中、いつの間にか戻ってきていた相澤先生とオールマイトの声がやけに大きく聞こえた。2人が戻ってきてくれた。これでもう大丈夫だ。そう安堵すると同時に、彼の個性が解かれたのか、身体が動くようになった。

「ッ先生!オールマイト!この人が急に襲ってきて、みんなを…!」
「HAHAHA!大丈夫だ緑谷少年。事情は分かっているよ」

どうやらこの騒動は2人に伝わっていたらしい。良かった。きっと2人ならこの場を素早く鎮圧してくれるはずだ。謎に包まれたままの彼のこともやっと分かる。彼は本当に、敵、なのか。

「ウチの生徒たち相手に、よくまぁここまでやれたもんだ」

相澤先生が彼を見据える。僕は緊張から思わずごくりと唾を飲んだ。

「流石だな、"スティルネス"。見事だ」
「はい、ありがとうございます」

相澤先生の呼びかけに、これまで一度も声を発しなかった彼がようやく口を開いた。聞いていて心地よい、落ち着いた声だ。

でも待って。これって一体、どういうこと…?