ひとつ残らず俺のもの
仕事に一息ついて、時間が出来た 放課後に、数日遅れのバレンタインデーのチョコを作った。何度か練習していたから手際よくできたけれど、今回は自分でも引くほど上手にできた。試しに味見してみたけれど、本気で自画自賛できるレベル。これなら、料理上手が多いknightsのみんなにも堂々と渡せる。そう思って丁寧にラッピングして、ちょっとおしゃれな紙袋にも入れたりして、さあ準備は完璧。
日頃の感謝を伝えたくて、とにかくがんばった。でもみんな料理やお菓子作りがめちゃくちゃ上手なんだよね……なんでこんなに見事に器用なひとたちが集まっちゃったのって思うくらい。みんなほどうまくないのは承知だけど、それでも感謝の気持ちだけは、しこたま込めた。受け取ってもらえたら嬉しい。
不安ではあるけれど、まずは渡してみないと始まらない。誰から渡そうかなと考えたときに、無意識に凛月くんの顔が浮かんだ。よし、最初は凛月くんにしよう。起きてるかわからないけど。取り敢えず当たってみて、それから考えよう。えーっと、今の時間なら…確か………
「あれ、あかりじゃん」
思い付いた場所に向かおうとした瞬間。後ろから凛月くんの声が聞こえた。起きてる!珍しい!と、つい思ってしまった。失礼極まりないよね。
「あ、凛月くん!」
「おいーっす。どこか行くの?」
「ナイスタイミング。今ちょうど凛月くん起こしに行こうと思ってたとこなの」
「そうなんだ。よかったね、手間が省けて」
「ほんとにね。しかも逆に向かおうとしてた。声かけてくれてありがと」
「うん。もっと感謝してよ」
凛月くんは随分とご機嫌そう。こんな時間に起きていて、尚且つ意識がはっきりしているのは珍しい。しかも上機嫌となると珍しさは更に上乗せ。
「それで、俺になんか用?」
「うん。遅くなっちゃったけど、バレンタインデーのチョコを渡したくて」
「ふーん。そうなんだ」
当日はショコラフェスでわたしもみんなも忙しかった。だから数日遅れたことに対しては特に突っ込まれないだろう。みんな事情はわかってくれているし、そもそもそこまで細かいことを気にするひとたちでもないしね。そういうことに執着するひとたちじゃないし、なにより、なんだかんだみんな優しい。
「あかりが作ったの?」
「うん。凛月くんのお菓子には敵わないとは思うけど…ちゃんと味見はしてあるから、おかしくないはずだよ!」
「そう。がんばったんだねぇ。せっかくだから、もらってあげる」
「ふふ。ありがと」
渡す側のわたしがお礼を言って、受け取る側の凛月くんが「どういたしまして」と返す。なんか面白い状況。わたしが作ったチョコをまじまじと眺めたあと「それさあ」と凛月くんがわたしの手元を指差した。
「そっちも、中身はチョコなの?」
「うん。上手にできたから、knightsのみんなに渡そうって思って。いちばんお世話になってるの、knightsだし」
「成程ねぇ。…よかったら代わりに俺が渡しておいてあげようか」
「いいの?」
「うん。このあと少し集まることになってるから。チョコのお礼に引き受けてあげてもいいよ」
「そうなんだ。じゃあお任せしていいかな」
「おっけー」
こんな雑用も引き受けてくれるなんて。今日の凛月くんは、やけに優しい。どうしたんだろう、と思うのは失礼だろうな。紙袋を差し出すと、凛月くんは腕を伸ばして、本当に預かってくれた。
「ありがとう。お手数かけます」
「いいよ。お礼はまたあとでちょうだい」
「わかった。じゃあ、またあとでね」
凛月くんから言い出しておいて運賃取るんかい。突っ込みたくなったけど、柔らかい凛月くんの態度が嬉しいからやめておく。最初の頃と比べて、仲良くなれているのが本当に嬉しい。思わずスキップしそうになるのをなんとか堪えて、教室に戻ることにした。今日はこのいい気分のまま帰ろう。感想は、明日にでも聞かせてもらおうかな。……なんて、これはちょっと調子に乗りすぎかな?でも、凛月くんに受け取ってもらえたことが、本当に嬉しかったから。少しくらい調子に乗ったっていいよね。
「…まったく。馬鹿だねぇ、あかり」
あかりの姿が見えなくなった頃。あかりから受け取った紙袋を眺めて、小さくない独り言をこぼした。
knightsでの集まりなんて、あるわけないでしょ。あったとしてもあかりが知らないわけがない。それか、あかりだって一緒に来ればいい。「一緒においでよ」って言わなかった時点で気付くと思うんだけどなあ。だってあかりはもうほぼほぼ俺たち専属みたいなものだ。knightsの予定だって把握してるはずなのに、こうも気付かないものなのか。そもそも俺が、こんなおつかい頼まれてあげるほど優しいわけないじゃん。
そういうわけで、今日はこれからknightsの集まりなんてない。これから俺がみんなと逢う予定などない。つまり、あかりから預かったチョコが、みんなの手元に行き渡ることなど未来永劫ない。じゃあこのチョコの行き場はどうなるかっていうと……当然、俺が独り占めする算段だ。
「バレたら絶対怒るだろうなあ…特にセッちゃん」
鬼のように怒るセッちゃんが簡単に想像できて思わず笑ってしまう。妹のように可愛がってるもんな。こんなことをして、いつかはバレるだろうとは思う。でも、それでいい。気付いたときには既に遅しってやつだよ。早い者勝ちって、よく言うでしょ。俺たちはそうやって、勝負に勝つことで欲しいものを手に入れてきた。
「…うん。なかなか上手じゃん」
袋から取り出したチョコをひとつ口に放り込む。偶然なのかわざとなのかはわからないけど、俺好みの程よく甘い味に、顔が綻ぶのが自分でもわかった。誰にも、あげないよ。いろんな意味でね。
.【back】