必然的に沼へダイブ





流星隊については、友達が追っかけをしているからよく話を聞いていた。あの有名な夢ノ咲学院の五人組アイドルで、個性的なメンバーが在籍している。戦隊ヒーローをモチーフにしており、メンバーにはそれぞれテーマカラーが割り当てられている。赤は守沢千秋くん、青は深海奏汰くん、黒は南雲鉄虎くん、黄色は仙石忍くん、そして緑は高峯翠くん。翠だから緑って、なんかちょっと安直。それでいいのか高峯くんっていうのが最初の印象。わたしみたいな初心者には特に覚えやすくて助かったけど。

その友達の付き添いで一度ライブを観に行ったこともある。会場は、わたしたちのような女子もいたが、それと同等かそれ以上に家族連れのお客さんが来場してて。大丈夫か、場違いじゃないかと不安になりながら席についた。結論、むちゃくちゃ楽しかった。子供たちを優先させながらも、ちゃんと大人も楽しめるように演出されていて。ライブ初心者のわたしでも純粋に楽しめた。行ってよかった、誘ってくれてありがとうって素直に思えるくらいだった。

そんな夢のようなライブから一ヶ月弱、それ以降わたしは、なーんも代わり映えしない日常を過ごしている。ときどき、あのライブを思い出しては、また機会があれば行きたいな…と思うくらい。また誘ってもらいたいなあ。ライブ行くまではあまり興味を示さなかった手前、わたしから今更誘うのはなんか気まずい。あの子はそんなこと気にしないとは思うけど、なんか…ね。変な感じがしてしまうのだ。

このまま、なんも代わり映えしない日々が続くと思っていたのに。今、なんとも偶然なことに、わたしの勤務先に、高峯翠くんと思われる人物が来店しているのだ。同じ制服を着た子たちと来ている。となると、お友だち?も同じ高校の子か。イコールあの子たちもアイドルのたまご…ってことか。みんな綺麗な顔してる。改めてすげえな夢ノ咲。しかしよくよく見ると高峯翠くんの圧倒的顔面偏差値の高さにおったまげる。多少贔屓目で見てるんだろうけど、高峯くんがいちばん格好いい。ごめんね、周りのお友だち。

ていうかこんなとこ来るんだね。アイドルといえど学生だし、ステージ外では伸び伸びしたいのかな。いや待てよ、これが高峯くん本人かどうか確証はない。こんだけイケメンオーラ放ってれば九分九厘本人だと思うけど、もしかしたら、激似のそっくりさんかもしれない。もしこれが本人だとしたら周りが放っておかないだろうし。まあそもそもここで騒ぐのもマナー違反なんだろうけど。夢ノ咲アイドルのファンはマナーがいいのね。なんて呑気に考える。

でも…本人なのかな。にわか知識人間のくせに、こんなことばかり気になってしまう。…ちょっと、カマかけてもいいかなあ、と邪な考えが浮かぶ。わたし別に追っかけでもファンでもないけど、このあいだライブ観に行かせてもらったばかりだし興味がないわけじゃないんだ。他のアイドルには興味沸かないけど。…つくづく失礼だな、わたし。

「すみませーん」と元気のいい声に呼ばれていくと、いちばん慣れてるのか、綺麗なオレンジの髪の子が代表して人数分の注文をしていく。確かに明るい雰囲気で社交的っぽいな。…他の子ももちろん素敵なんだけど、みんな雰囲気がばらばらで、アイドル校の片鱗を見た気がした。眩しい。

注文を受けて、早速お品物の準備。…と、その前に。人数分の紙のコースターを取り出して、更にポケットからペンも取り出す。『Thank you!!』とメッセージを書いて、一緒にうさぎさんの絵をざっくりと描く。確かライブで言ってたな、高峯くん。「ゆるキャラで癒す」的なこと。こんなのゆるキャラでもなんでもない、なんの変哲のないうさぎさんだけど…喜んでくれるかな。一応、高峯くんにだけやるわけにもいかないから、お友だち全員の分にもさらさらと描き上げる。…うん、我ながら上出来。




「お待たせ致しました」


わたしの呼び掛けに、みんな待ってましたと言わんばかりの笑顔を見せた。順番に商品をお渡ししていくと偶然にも高峯くん(仮)は最後になった。カップを置くと会釈しながら「ありがとうございます…」と控えめにお礼を言ってくれた。こんな些細なことで嬉しくなる。これだから接客業は好き。まあこれは高峯くんじゃなくても、誰であろうと嬉しいことだ。実際前の子たちも礼儀正しく「ありがとう!」「ありがとうございます!」といろんな形でお礼を言ってくれた。いい子たちだ。お姉さん感激だよ。

「ごゆっくりお過ごしください」とお決まりの台詞を残し、その場を速やかに離れる。……どうだろう、気付いてくれるだろうか。ちょっとしたサプライズってことで、すぐバレないように裏返しで置いてきた。いや、気付かれたとしても喜んでくれるだろうか。そもそも本人かまだわかんないんだもんな。本人じゃなくても喜んでくれるひとは喜んでくれるだろうけど。…本人、だと、いいなあ…!

いや別にお近づきになりたいとか、そんなやましいこと考えてるわけじゃない。全く考えてないわけでもないけど。でも、少しでも喜んでほしい。この間のライブでは、わたしがたくさん楽しませてもらった。少しでもお返しがしたい。そんな気持ちを込めた。届いてくれるだろうか。……って、さっきからわたし本人ありきで物事考えすぎ。ばかみたい。ていうか、リアルにばか。

はあ、と自分自身に溜め息をついて、頭冷やそうと裏に行こうとした瞬間。客席からちょっと騒がしい声がした。高峯くん(仮)たちの団体さんらしい。「うさぎだ!かわいい〜!」「あ!俺のコースターにも描いてある!」「こっちにも描いてありますー!」などと弾んだ声が聞こえる。恐る恐る高峯くん(仮)の様子を伺うと、言葉を発することこそなかったけれど、食い入るようにコースターを見ている。そして、彼の表情が、ぱあっと明るくなったのが遠目で見ててもわかった。気づいてくれたんだと察するには充分すぎる反応だった。

ゆるキャラじゃないけど、あれで喜んでもらえたってことは…高峯くん本人で間違いないのかな。特段ファンってわけじゃなかったけど、あんな顔見ちゃったら、高峯くん推しになりそう。てか、なる。

これが、ステージ外の高峯翠くんとの、はじめまして。アイドルじゃない高峯翠を、はじめて目撃した瞬間でもあった。



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