特別な日を、特別に




八月も終わりに近づいてくる頃。同時に、翠くんのお誕生日も近づいてくる。

アイドルたちのプロフィールは公開されているからわたしでも知ることは簡単だったけど、一応翠くんにも確認を取って間違いないことを知った。お誕生日の当日は「夏休み終わり近いのに登校日とか有り得ない…鬱だ…」と嘆いてたけど「ちょっとだけでいいから当日話したい」と我儘を言うと、そこはあっさり快諾してもらえた。わたしは仕事だけど翠くんが「レッスンも部活もないんで暇ですし、お店まで行きます」と言ってくれて、驚くほど簡単に約束を取り付けられた。

そんなわけで、今日は一日そわそわしている。ミスというミスはしていないが、まわりから「なんか落ち着かない感じ?」と言われまくる。そんなことないですよ、と建前上言うが、自覚症状は無論ある。幾ら今はお客さんがいないとはいえ仕事中なんだし、浮かれすぎはよくない。ちゃんとしなきゃ。頭を冷やしに資材取りに行こうかと思ったら、カラン、とドアにつけてるベルが鳴った。


「いらっしゃいませ」


入ってきたのは翠くんだった。予想より早い到着に驚きつつも、来てくれて嬉しい気持ちの方が圧倒的に勝る。ああもう、浮かれすぎ良くないって、今しがた思ったばかりなのに。きっと今のわたし、顔に出まくってるんだろうな。……まあ、少しだけならいいかな。店内、わたしと翠くんだけだし。


「ごめん、もう少しだから店内で待ってて」

「いえ、俺のことは気にしないでください。俺が早く来すぎただけなんで」

「気にさせてよ。今日は特別な日なんだから」


はっきりと口にはしなかったけど、わたしが呼んだ理由はわかってるだろう。この間誕生日の確認させてもらったし。学校でもたくさんお祝いされただろうし。翠くんは「じゃあ、ここで待ちます」と、カウンター席に座った。


「今日はご馳走するからさ。ココアでも飲んで、のんびりしてて」

「あ、はい……ありがとうございます」


翠くんの前にカップをそっと置く。今日は恒例のコースターは、なし。翠くんが一瞬淋しそうな顔をしたのを、わたしは見逃さなかった。心が痛い。でもここは、ぐっと堪えるんだ。

落ち込んだ様子でカップを手に、ココアを飲もうとした翠くん。飲む直前で、カップを持ったまま硬直した。


「え、えっ?あの、あのっ、芽衣さん!これ!」


かと思えば、先程までの落ち込みっぷりが嘘のような反応。想像以上の翠くんの反応の良さに思わず笑ってしまった。よくテレビで聴く『だ〜いせ〜いこ〜う』という定番台詞が頭の中で流れる。別にドッキリじゃないけど。


「ふふ。翠くん、ラテアートって聞いたことない?」

「あ…はい。なんとなくは…」

「ラテアートだと中身がエスプレッソだから苦いと思って。せっかくだからココアでやってみました」

「へえ……なんか、すごいっスね…」


カップをまじまじと見る翠くん。心なしか目も輝いているように見える。この顔が見たかったんだ。死ぬほど練習してよかった!職場じゃできないから家で何度も試行錯誤を重ねて、味も見た目も満足いくものを追求していった。いざ本番となるとめっちゃ緊張したけど、できてよかった!これも努力の賜物?自分で言うなってか。


「…なんか…可愛すぎて飲むのが勿体ない…」

「そ、そうかな」

「このままの状態で保存しておきたい…永遠に…」

「どういうこと」


ジョークなんだか本気なんだかわからない。目がマジなんだもん。そこまで気に入ってくれたのは嬉しいが、せっかく作ったのだからそこは是非とも胃袋に収めてほしい。


「そんな勿体ぶらなくても。また作ってあげるから」

「本当ですか?」

「うん。まあでも、手間かかるから出来る限りになっちゃうけど」

「それで構いません。嬉しいです」


また作ると言ったのに、翠くんは何枚か写真を撮って、更には可能な限り絵を崩さないようにちびちび飲んでいく。可愛い仕草だ。…とにかくこのサプライズは成功したと思ってよさそうだ。がんばってよかったなと、心から思う。





それから30分くらいでわたしの仕事が終わった。上がる前に翠くんに目配せする。翠くんも気付いてくれて、一度だけ頷いてくれた。もともと、わたしの仕事が終わったら駐車場で待ち合わせの約束をしている。そして駐車場の場所は予め教えてある。この時間はわたししか上がらないのを知っていた。

とにかく一分一秒でも早く行けるように急いで着替える。荷物を持ってタイムカードを押し、その勢いのまま全速力で向かったけど、翠くんは既に待っててくれた。


「ごめんね。お待たせ」

「大丈夫です。そんなに待ってないんで」


わたしに責任を感じさせないように、そう言ってくれるんだろうな。本当に、いい子だ。「ありがとね」というお礼もそこそこに車の鍵を開ける。後部座席に積んでいた紙袋を取って、翠くんに向かって差し出した。


「今日一日散々言われただろうから聞き飽きてると思うけど…一応、言わせてね。お誕生日おめでとう、翠くん」

「ありがとうございます。…開けてみていいですか」

「うん」

「………うわああああ!可愛い…!」


中身を見た瞬間、翠くんの表情は一気に明るくなった。そりゃそうか。わたしが用意したのは、翠くんが最近ハマっていると言っていた、ご当地ゆるキャラグッズ詰め合わせ。これなら喜んでくれると自信はあった。もっと言うなら絶対的な自信しかなかった。


「これ確か現地でしか売ってないやつですよ!どうしたんですか!」

「買ってきた。翠くん、このキャラ好きって言ってたじゃん。この間、近くまで行ったから」

「……誰と?」

「はい?」


なんと、予想外のところに食いついてきた。誰と行こうなんて、言い方は悪いが翠くんにはあまり関係ないのではないか。


「彼氏ですか」

「喧嘩売ってる?」


わたしに彼氏なんて素敵な存在がいるものか。彼氏がいれば翠くんとこんなに仲良く……ならなかったという自信はないし、流星隊のライブにだって行かなかったという保証もないけれど。まあとにかく絶賛フリー継続中である。それに同行者が誰かなんて別に隠す必要ないし、全部話しちゃってもいいか。


「両親だよ。前に話したこと、覚えてるかな?現地集合、現地解散になるけれど時間が合えば遊ぶって」

「あ、そういえば…」

「そんなわけで、日帰りで行ってきたんだ」


日帰りと言えば聞こえはいい。実際は、ちょっとだけ、ちょおーっとだけ、無茶して日帰りで行ってきた。現地までは割と遠かったけど、翠くんのお誕生日までに連休は無かったから厳しい日程でも決行するしかなかった。でも、こうして翠くんの嬉しそうな顔を見られたから報われた。あれくらい苦労でもなんでもないって、心から思う。


「……なんか、すみません」

「ううん。わたしこそ、ちょっと八つ当たりっぽくなっちゃったね」

「俺は、全然。……あの…早速使っていいですか」

「もちろん」

「…芽衣さん、つけてくれますか」

「いいよ。貸して」


翠くんからマスコットを受け取って、鞄につけてあげる。もしものことがあってチェーンが外れても落ちないようにと鞄の外ポケットにマスコットを入れると、顔の出方が絶妙に可愛く見える位置に収まった。ちょっとした思いつきだったけど、これは可愛い。


「うわあ、すげえ可愛い…!」

「…喜んでもらえたかな」

「はい!それにしてもこのキャラ、こんなにグッズあったんですね!知らなかった…!」


今つけたマスコットの他にも、ボールペン、シャーペン、キーホルダー、タンブラー……ばかの一つ覚えと言われても仕方ないくらいに買ってきた。勿論翠くんの為でもあるけれど、翠くんが喜んだ顔を見る為でもある。お土産を買っているときに翠くんのことばかり考えていて、わたしも凄く楽しかった。


「こんなにたくさん……いいんですか?ありがとうございます」

「いいってことよ。お姉さんからの、日頃の感謝の気持ち」

「嬉しいです。全部、大切に使います。………そういえば、芽衣さんの誕生日って、いつですか」

「え、なんで?」

「俺も、ちゃんとお返ししたいです」

「うーん…気持ちは嬉しいけど、二十歳過ぎると誕生日があまり待ち遠しくないのよね…」

「芽衣さん二十歳越えてるの!?」


はじめて聴いたと言っても過言ではない、翠くんの張った声。翠くんもそんな声出せるんだ、なんて悠長なことを思ってしまった。


「う、うん…次で21になる…」

「今日一番の衝撃…」

「そんなばかな」

「いえ、割と本当に」

「幾つだと思ってたの」

「普通に18か19くらい…」

「ふふ。嬉しいねえ。本当にそれくらいだとよかったんだけどね。翠くんとも年近いし」

「いや、俺は別に………って、話題逸らしてません?」

「なんで」

「…誕生日、教えてくれないんすか」


……鋭い。気付かなくてよかったんだけどな。だってここで教えたら、お返し狙いみたいなもんじゃん。わたしが勝手にお祝いしたくて、勝手に渡しただけなんだから。翠くんにそんな負担かけたくないし、かけられない。


「言ったでしょ。二十歳越えるとあんまり待ち遠しくないのって。わたしの為に知らないでいてよ。ね?」

「……教えてくれないなら明日から毎日プレゼント渡します」

「え!そ、それは困る!」

「だったら、教えてください」


えええー………それなんて暴論。プレゼント攻撃か、誕生日の報告か、どちらかを選べってことでしょ。わたしには選択肢がそれしかないわけでしょ。ていうかわたしは教えたくないって言ってるのに無視かい。……まったく。困った子だ。こんな頑固なところがあるなんて思ってもみなかった。…でも、わたしも本気で嫌なわけじゃない。


「…今日からぴったり三ヶ月後」

「……嘘じゃないですよね」

「うん。何人か、他のスタッフに確認しても構わないよ」

「…いえ。信じます。それと…教えてくれて、ありがとうございます」

「ううん。こちらこそ、ありがとう。でもその気持ちだけで充分嬉しいからさ。無理に覚えなくていいからね」

「忘れません。絶対に」


先のことなんてわからない。でも、今の翠くんの言葉は素直に嬉しかった。社交辞令でいいはずなのに、その言葉に、確かに真剣さを感じてしまったから。…どうしよう、大して待ち遠しくなかったはずの誕生日に、無限大の価値があると思ってしまった。きみのせいだよ、翠くん。



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