いつもと違うのは、貴女のせい





「握手会に関しての周知事項は以上だ。なにか質問ある奴は?」


今日は、例の握手会についてのミーティング。まあミーティングといっても、上で決まったことを定期的に守沢先輩が知らせてくれるだけなんだが。

そんなミーティングでも、いつもなら文句言いながらバックレたいと思いつつ話を聞き流すのに。今回の件に関しては珍しく、呼ばれるたびに素直に参加して話を聞いている。理由は単純。ひとつでも多くの情報を仕入れたいから。それを伝えたいと、来てほしいと思うひとがいるから。


「無ければ、今日は解散だ。明日は通常通り、レッスンがあるからな!」


守沢先輩の号令で、取り敢えず今日はお開き。あまり、目新しい情報は無かったな。いろいろ決めるのに難航してるのかな。……せめて、俺たちがどこらへんにスタンバイするかくらい、知れたらいいんだけど。そしたら………きっと、迷わず俺たちのもとへ来てくれるだろう。


「守沢先輩」

「ん、どうした高峯」

「あの…握手会のことなんスけど。当日、俺たちのエリアがどこになるかって、わかります…?」

「すまん高峯、それはまだ未定なんだ。決まり次第あんずから知らされるだろう」

「…そっスか。了解っス」

「どうした?気になるのか?」

「あ、いや…目立たない奥のほうがいいなって思っただけで……」


俺の狙いに感付かれたら、きっと面倒なことになる。これはただでさえ面倒なひとだ。普段は鈍感なくせに、変なところで鋭い。なんともまあ本当に面倒くさい。だが目立ちたくないという今の理由は俺らしい。なんとか誤魔化せただろう。そう思って先輩の顔を見ると、笑ってはいたけど、いつもの笑顔とはなんか違う雰囲気。にやついてる。この表現が、ぴったり合う。ちょっと、いや、かなり不気味。


「…なに笑ってんスか」

「いや、なんか今回は、いつにも増して質問が多い気がしてな」

「は?」

「いつもより積極的というか、なんというか…お前にしては珍しい。心境の変化でもあったか?」

「別に……ただ、どうせ逃げられないんだし、参加するしかないっしょ」

「はは、そう言うな。まあとにかく俺は、良い傾向だと思うぞ」


いつもの調子に戻った先輩が、ばしばし背中を叩いてくる。全力でうざい。構う気力が失せるくらい、うざったい。「明日のレッスンも頼むぞ!」と相変わらず声を掛けてくる先輩を適当にあしらって、廊下で待っててくれた鉄虎くんと仙石くんのもとへ行く。今日はお店に行く予定はなかったから、ふたりと一緒に途中まで帰る約束をしていた。

放課後の行き先は自宅直帰が最優先だったのに、最近は違う。まず考えるのは、あのお店のことだった。あのひとが居るなら、行きたい。時間が許す限り。第一に、そう思うようになっていた。


「翠くん、仙石くん。よかったら今日はこのままどこかで飯食ってかないっスか?」

「大歓迎でござるよ!」

「うん。俺もいいよ」

「よっしゃ!ふたりとも、感謝するっス!」

「えっと…ごはんもいいけど、明日のレッスンも、よかったら一緒に行ってもいいでござるか?」

「当たり前っスよ!ね、翠くん」

「そうだね。別々に行く理由もないし」


どちらにしろ行き先は一緒なんだ。断る理由はない。それに、ふたりが一緒だと心強いのは確かだ。ふたりとも普通とはかけ離れているかもしれないけど。それでも、更に常人離れしている先輩ふたりと比べれば、俺にとっては充分心の支えだ。


「すごく嬉しいでござる。…でも、翠くんが既に行く気になってるの、珍しいでござるな」

「…言われてみれば、確かに。ていうか最近、あんまり文句垂れてるの聞かないっスね」

「……気のせいだよ」

「いや、そんなことないっスよ。少し前までは『鬱だ』『帰りたい』のオンパレードだったっス」

「でも拙者は、鉄虎くんと翠くんと一緒にレッスンできて嬉しいでござるよ」

「それは俺も同じ気持ちっス。やっぱり流星隊は全員揃ってこそ!」

「…ふたりとも、どうかそのままでいてね…?俺、鉄虎くんと仙石くんがいるから、なんとかやっていけてるからさ……」


…まあ、確かに……あれだけ面倒だったはずのユニット活動が、最近そこまで面倒だと思わなくなってきている。自覚するくらいには、意識が変わってきている。きっと、鉄虎くんや仙石くん、深海先輩と打ち解けてきているからだと思う。…あとは、認めたくないけど、この喧しい隊長にも慣れてきてしまっているのだろう。

それと…もうひとり。あの場所に行けばいつも逢えるひと。美味しいココアと可愛らしい絵で「いつもがんばってるね」「明日もがんばってね」と励ましてくれるひとがいるから。あのひとの…芽衣さんの応援と励ましで、がんばれる。芽衣さんが来てくれるなら、がんばれる。そんなことを、最近本気で考えるんだ。



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