悪徳商法なのは覚悟の上




あの、印象的だったはじめましてから数日後。再び、高峯くんと思われるひとがご来店された。

前回はお友だちと一緒だったけど、今日はおひとりのようで。隅っこのテーブル席に、ちょこんと座っている。置物か。むちゃくちゃ可愛い。

席に座ってメニューを見ているけれど、なんだか落ち着かない様子。きょろきょろと店内を見渡して…誰かと待ち合わせなのかな。アイドルといえど普段は普通の高校生だろうし…彼女さんかな。こんな子が彼氏だったら鼻高いだろうなー。わたしも学生時代、あんな素敵な彼氏が居たら楽しかっただろうな。…わたしなんぞ所詮淋しい学生生活でしたよちくしょう。彼氏が居なかったわけじゃないけど、本気でもなんでもなかったから所詮三ヶ月で終わってましたよ。だからって別に好きなひとが居なかったわけじゃない。ただ、自分は告白する勇気なんてなくて、その代わりに自分に告白してくれたひとと軽い気持ちで付き合って、結局ちゃんと好きになれずにお別れして、それを何度か繰り返して………最低だな。

しかしそんなことが出来るのはあくまで学生までで、社会に出れば告白されることがまずない。そもそも出会いがない。なので恋してすらない。学生のときに、一度でもちゃんとしたお付き合いをしていれば、なにか違っていたかもしれない。…もし、わたしが学生のときに高峯くんと知り合っていたら………って、なんてことを考えているのやら。高峯くんの綺麗な顔見てたら暗黒の学生時代思い出してしまったかな。だって仕方ないじゃない、綺麗な顔なんだから。

そうして観察していたら目が合うのも当然で。視線がかち合った瞬間、どんだけ見ていたんだよって突っ込みたくなった。自分が気持ち悪いし高峯くんにも申し訳ない。しかし…気のせいでなければ、わたしと目が合った高峯くんは、僅かに表情が緩んだような。その顔に不覚にもときめいた。穏やかに微笑んだその顔は、まさに好青年でイケメン。これで高校一年生かあ…去年まで中学生だったとか信じない。信じられない。こんな整った顔、普通に生活していたらまずお目にかかれない。この仕事しててよかった……なんだこの下心は。さっきからどうしたわたし。仕事中にこんなこと考えちゃよくない。思ってても顔に出さない!さあ営業スマイルだ、お前ならやればできるぞ芽衣!


「いらっしゃいませ」


長年の勤務で培った、瞬時に笑顔をつくるスキルを遺憾なく発揮。高峯くんは大きな体格に似合わず、わたしに向かって小さくぺこりと頭を下げる。顔や体格は大人っぽいのに挙動は随分かわいい。そのギャップがなんだかおかしくて微笑ましい。


「お決まりですか?」

「あ、えっと、あの…」

「……あ、ごめんなさい!急かしたつもりはないんです!申し訳ございません。今は誰も並んでいないので、ゆっくりご覧になってください」


ミスった!と思ってその場から離れようとした。しかし実際に離れる前に、高峯くんから「あの…」と呼び掛けるような一言が聴こえた。そのお陰もあって、返事をして留まることにする。


「…すんません、こういうの、詳しくないので…なにか、おすすめありませんか」

「えっと…ざっくりで構わないので、ご希望はありますか?コーヒーとか、ラテとか」

「……あんまり、苦くないものがいいです」

「かしこまりました。では…本当に個人的な意見で恐縮ですが、ココアは如何でしょう?甘いものがお好きでしたら、きっとお気に召すかと」


わたしもよく飲むんです、なんて付け加えたら完全に趣味を押し付けた形になっちゃったような。高峯くんにはそれでもいいって思ってもらえたのか、こくん、と一度だけ頷いた。無料で出来るカスタマイズも勧めようかと思ったけど、最初はやめておこう。地雷踏むかもしれないし。


「ご用意致します。少々お待ちくださいませ」

「あ、あのっ」

「はい」

「あ、えっと…やっぱり、なんでもないっす…」


…なにか気になることがあるのかな。遠慮しないで、なんでも申し付けてくれて構わないのに。お客さまなんだから。と言いたいところだけど、気まずくなったのか高峯くんはそそくさとポケットからスマホを取り出して無意味に画面を見つめた。なんだか逃げられてしまった…いいもんね、また絵描いて気を引くから。

さて、今日はどうしよう。前回は確かうさぎさんだったから……よし、決めた。短時間とこのスペースで描ける絵って限られてくるもんな。どうしても抽象的になっちゃうのよね。でも、これで喜んでもらえるなら、それに代わるものはない。高峯くんの…いやいや、お客さまの笑顔に代えられるものなんて、ないのだから。




「はい。お待たせ致しました」

「…どもっす」


テーブルにカップを置いて「ごゆっくりどうぞ」と頭を下げてその場から離れる。一応気にしてるのか、わたしの目の前ではコースターを見ることはしなかった。

わたしがカウンターに戻ると、そこでようやく待ってましたと言わんばかりにコースターを観察し始めた。そんな高峯くんを逐一観察しているわたしは相当気持ち悪いね。知ってる。自覚は、ある。

……もしかして、あの絵を探しているのかな。なんていう厚かましいわたしの予想兼希望は当たったようで、今回描いたねこさんの絵を見つけた瞬間、高峯くんの表情が一段と明るくなった。可愛い笑顔のままわたしに一礼して、ココアが入っているカップを手にした。……改めて思った。わたし、高峯くんのこと観察し過ぎ。ストーカーっぽい。

それにしても、さっきの高峯くん可愛かった。語彙力死ぬくらい可愛かった。ああいうところは高校一年生らしい可愛らしさがまだ残っていると思う。

…高峯くん、今度はいつ来てくれるかな。この絵を目当てに常連さんになってくれたら嬉しいな。よし、今日から絵の練習しよう。…絵でお客さま釣ろうとするなんて、店員失格かもしれないけどね。



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