プライベートは本人に任せています




今日は仕事が休み。とりわけやることもないし寝て起きてを繰り返して家でだらだらしていたら唐突に夕飯はカレーが食べたい気分になった。最近は日中が暑くてかなわない、日が傾いてきた頃を見計らって買い出しに来た。スーパーでもよかったんだけど、散歩がてらなんとなく商店街へ。このあたりはあまり来なかったけれど、それなりに賑わっていて、こういう雰囲気は好きかも。今まで来なかったことを後悔。

きょろきょろ、周りのお店を見ながら必要なものを頭で整理。んーと、お肉はあるから大丈夫。こういうところの美味しいお肉もたまには使いたいけれど、それはまた今度。後ろ髪を引かれるがお肉屋さんをスルーして、ちょっと先の八百屋さんに足を踏み入れる。野菜室、結構すかすかだった気がするし、お野菜は絶対に必要だ。カレーだから、じゃがいもと人参と玉ねぎは必須。あとは他にもなにか良さげなものがあったら買っていこうかな。……お、ここ結構安いな。いい八百屋さん見つけちゃった。ここまで散歩してきてよかった。


「いらっしゃいませー…」

「……えっ」

「ん…あれ…?」


聞いたことある声、それだけではなく見たことある顔。あまりの衝撃に鞄を落としそうになった。え、だって、なんでこんなところに高峯くん?もしかして、バイト中とか?軽くパニックになりながら視界の隅に積み上げられた段ボールを捉える。『八百屋高峯』?……え、待って。まさか、もしかして!ここ、高峯くんのご実家!!?


「どうも」

「こっ、こんにちは!」


内心大焦りのわたしとは正反対に、高峯くんはいつも通りの穏やかな雰囲気のまま挨拶してくれた。こんなプライベートで高峯くんに逢えたのは嬉しいけど、ストーカーみたいに思われてないかな、大丈夫かな。決してそんなことないし、ばらすつもりもないし!これは偶然!寧ろ事故です!


「なにか、お探しっスか」

「あ、えっと……じゃがいも、人参、玉ねぎを…」

「……もしかして、カレー?」

「あ、は、はいっ」


いつもと変わらない高峯くんを見ていると、少しばかり落ち着いてきた。というか、野菜だけでメニューを当ててくるあたり流石だ。さすが八百屋さんの息子…は、関係ないか。ただ単に高峯くんの勘がいいだけだね。わたしが必要なものを告げると、高峯くんはてきぱきとお野菜を持ってきてくれた。


「えっと…このくらいで、いいですか」

「そうだなー…じゃがいも、もう少しください」

「わかりました。……他は、どうでしょう?」

「うーん…じゃあ、あればで構いませんので。キャベツ、なす、あとアボカドもください」

「それも、俺の方で選んじゃっていいですか」

「はい。お任せします」


ああ、ここまで買うつもりなかったのに……だって高峯くんが気を遣ってくれたから、つい…いや、高峯くん的にはお店番として当然のことなんだろうけど。それでも嬉しかった。随分買い込んだ気するけど、まあ大丈夫でしょ。


「…なんか、なす選ぶって、新鮮かも」

「どうして?」

「うちの隊長、なすが死ぬ程だめなんですよ」

「え、そうなんですか」

「泣くほど嫌いみたいで、正真正銘のアホですよね。…だから最近、なすを気にしてなかったなって」


隊長が嫌いなものだから避けてたって、どんだけ可愛い理由だよ。隊長大好きか。正真正銘のアホって言いながら気遣ってるのね。

会話もそこそこに、提示された金額を支払う。こんだけ買い込んでこの程度…なんと良心的。今度からここに来よう。高峯くんに逢えるとか、そんな下心ではな……くないけど。それを差し引いても魅力的なお値段。ここの商店街、他のお店も気になるし、また来たいって思う理由は、ちゃんとある。どんな言い訳だ。

高峯くんが用意してくれた荷物は袋ふたつ。しかもどちらも結構な量入ってる気がする。うーん…やっぱり買いすぎたかな。…まあ、なんとかなるっしょ。家までそんな距離あるわけじゃないし。


「…あ、あの、藤岡さん」

「はい」

「良かったら、途中まで送ります」


突然の申し出に思考が止まった。うまく返事ができずにいると、高峯くんは「…迷惑なら、いいんですけど…」と少しばかり淋しそうに言った。まずった。そんな顔させたかったわけじゃないのに。


「ごめんなさい!違うんです、ただ驚いちゃって…!嫌とか迷惑とか、そんなのじゃないんです」

「……じゃあ…」

「高峯さんさえよろしければ、お願いしていいですか」

「いいもなにも…俺言い出しっぺですから」


そう言い切った高峯くんが、頼もしく見えた。わたしの方がずっと年上なのに。高校生くらいになれば男の子はそんなかんじなのか。…いや、少なくとも、わたしが学生の頃は、みんなガキだったな。……わたしが覚えていないだけだったりして。それはそれで嫌だな。年齢を感じる。


「でもお店番、大丈夫ですか?」

「はい。一応、家族いるんで…ちょっと声かけてくるんで、待っててください」


そう言うや否や、高峯くんは速やかにおうちに入っていった。……え、待って。このままだと、どなたかご家族とご対面コースだったりするのかな。心の準備できてないよ。いきなりハードル高すぎるよ。ご家族にしても「あんた誰?」状態じゃん。はい、ただのカフェ店員です。しかも顔見知り程度の。そのレベルで送ってもらうって、いいご身分すぎる。最悪の印象しか与えない気がする…!

と、思っていたのに。高峯くんが「間もなく兄さん来るんで、行きましょうか」と、まるでわたしの心を読んだかのように言った。さっきまでビビってたくせに、高峯くんにお世話になるのに家族の誰にも挨拶しなくていいのかな…なんて不安になる。顔を合わせたら合わせたで絶対テンパるのに。そうなるのはわかったから、ここは素直に高峯くんについていくことにした。高峯くんが大丈夫というなら大丈夫なんだろう。そう、自分にも言い聞かせて。

八百屋さんを出て、商店街をふたりで並んで歩く。このあいだも思ったけど、こうして並ぶと高峯くんの背の高さが目立つ。最近の高校生、発育いいなあ。足だって長いし……ん、ちょい待ち。これ、絶対歩幅違うよね。高峯くん、合わせてくれてるんだ。ほんと、優しいなあ。


「…あ!」

「どうしました?忘れ物?」

「ううん!ごめんなさい高峯さん、わたし、荷物受け取ってない!持たせちゃって申し訳ありません」

「ああ、そんなことですか。こっちは俺、持ちます。結構な量になっちゃいましたし」

「え、でも…」

「店番サボる理由作らせてもらったお礼、ってことで」

「……じゃあ、今回だけお願いします」


言ってから気付いた、今のは失言だった。今回だけって。また次回も送ってもらうみたいな言い方じゃん。送ってくれること自体が今回だけでしょうよ。わたしの馬鹿、浮かれすぎもいいところ。でも高峯くんは全然気にしていなさそうで、いつもと変わらない様子で買い物袋を持ってくれる。…もしかして、荷物持ちも含めて、送るって言ってくれたのかな…なんて、それはさすがに、自惚れすぎだよね。ね!落ち着けわたし!


「藤岡さんは、このあたりに住んでるんですか」

「ええ。商店街抜けて、左方向に」

「へえ、住宅街っスね」

「…の、端っこのアパート」

「それでもあの近辺なら、綺麗な方じゃないんスか」

「んー…そうですね、そこまで古くはないです」


なんでもない世間話でも、高峯くんが話しかけてきてくれたことが嬉しい。カフェの外で話すのは、わたしがナンパ被害に遭っていたところを助けてもらって以来だ。


「失礼かもしれませんが、藤岡さんの家族は?」

「ううん。ひとりです」

「…そっスか」

「あ、そんな顔なさらないで。死別とか、仲が悪いとか、そんなんじゃないんです」


両親と不仲で飛び出したってわけじゃない。少し前までは一緒に暮らしていたけど、親の急な転勤とわたしの就職が重なってしまった。お父さんとお母さん、三人でたくさん話し合った末に、縁があって決まった働き口だからと、わたしはこっちに残って一人暮らしをすると決めた。だからお父さんともお母さんとも毎日連絡取るし、時間を見つけては一緒にごはん食べたり、現地集合と解散になるけどお出掛けもしている。と、高峯くんに安心してほしくて全部事情を説明してしまった。


「そんなわけで、全然深刻な理由じゃないんです。だから大丈夫」

「なら、よかった」


まだ知り合って間もないわたしのこと心配してくれたのかな。どこまでも優しいな。さすが慈愛の証、流星グリーン。


「高峯さんのお宅は、八百屋さんだったんですね」

「あ、はい。休みの度に手伝えって、うるさくて…」

「頼りにされてるんですね」

「ただでさえ普段疲れてるんだから…休ませてもらいたいのに」

「それでも、お手伝いされてるんですね。立派だと思います」


高峯くんは優しい子だ。家業のお手伝いをしてるところも、絡まれてるわたしを助けてくれるところも、今こうして、荷物持ちを買って出てくれたところも。厳しくもあったかい御家族に囲まれて育ったんだろう。


「あの…」

「はい」

「俺のことは、翠でいいっスよ」

「…え?」

「それと、普通に話してくれていいです。俺の方が年下なんで……」


今日は驚くことばかりだけど、これが今日一番の驚きだ。まさか高峯くんの方から、そんなふうに歩み寄ってくれるとは思わなかった。いいの?と思う反面、心を許してもらえてるみたいで嬉しくなった。あーあ、こんなんじゃファン失格だ。もとよりあのときカフェで接客してからずっと、やましい気持ちばかりなんだけどね。


「じゃあ…わたしのことも、芽衣でいいですよ」

「え…っ」

「あと、お店の外なら敬語も使わなくていいですから」

「いや、それはさすがに…」


なんか気を遣いすぎてお互い変なテンションになってる。お互いそれに気付いてひとしきり笑い合って、わたしよりずっと高い位置にある高峯くんの目を見た。


「翠くんって、呼んでいい?」

「じゃあ俺も、芽衣さんで」

「うん。…改めて、これからもよろしくね。翠くん」

「こちらこそ。芽衣さん」


プライベートで翠くんにこんなに近付いてしまうなんて。もう確実に純粋な気持ちで応援することはできない。…でも、翠くんは、わたしが流星隊の高峯翠くんだと知ってたことを知っている。そのうえで、こうして交流してくれるってことは…翠くん的にはオッケーということなんだろう。

なんて、どこまでも自分本位で、自分に都合がいいように物事を捉えてしまう。でも…本当にそうだったらいいなと願わずにはいられないんだ。



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