重症につき手に負えません





最近のわたしは、おかしい。


「……はあ…」


仕事帰り、部屋でひとり溜め息をつく。繰り返しになるが、最近のわたしはおかしい。自覚症状があるだけマシなんだろうけど、自分でもわかるくらいにおかしいと思うのも、また異常なんだろう。

今まで誰かひとりに、ましてやアイドルにのめり込んだことなんてないのに。最近、どこにいても、なにをしていても、気付けば翠くんのことを考える。次はいつ逢えるだろう。いつお店に来てくれるだろう。次のライブはいつだろう、またお邪魔したいな。などなど。とにかく暇さえあれば、頭の中は翠くんに関係することばかりだ。


「ストーカーかよ…」


ぽろっとこぼれた自分の言葉に思わず苦笑い。だって、そうとしか思えない。気持ち悪いね。逆の立場で考えればおのずとわかることだ。……でも、わたしだったら…相手が翠くんなら、いいかもしれない。こんなことを考えるわたしは不審者確定。

いや別に翠くんをストーカーしたいわけじゃない。ライブに行ったあと、あのカフェに来てくれたことも、ナンパから助けてくれたことも、ご実家を知ってしまったことも、偶然もしくは事故だった。決してそうなろうと仕向けたわけじゃない。だからそこまで末期的症状ではないはず。……なんて言い訳がましいな。事故が続いていようと、普通に会話が出来るくらいの間柄になったことに変わりはないし、下心なんて否定できるわけがない。

夏になってきていよいよ頭がおかしくなってきたか。あ、頭おかしいのはもともとか。今日何度目かわからない溜め息をついて、いつもより甘めに作ったホットココアを飲みながら適当にテレビを観ていると、ふいに電話が鳴る。相手はあの友人だ。いつも唐突だなあ、と苦笑いしつつスマホに手を伸ばす。無視する気は、ない。


「はいはい」

「芽衣!ひさしぶりー!」

「言うほどでもないよ」

「冷静か。それより大変大変!流星隊のライブ、情報掴んだ!」

「お、さすがだねえ!具体的な日時、わかったかんじ?」

「うん!」


場所は近所の海岸、日程は複数日開催、時間は基本的に日中とのことだった。こんなにまとまったスケジュールを取れるのは、アイドルといえど高校生が夏休みだからだろう。あとは、夏休みの家族層をターゲットにしたからだろうね。


「複数日開催ってのは、社会人には有難いね」

「なに言ってんの!全部参加に決まってるじゃん!」

「いや無理っしょ」

「うう、突っ込みが早い…希望を言うだけならタダでしょう…」

「まあそうだけどさ。現実も見ようよ」


大人なんだからさ。喉まで出かけた言葉だったけど、寸でのところで飲み込んだ。『大人』。この単語が憎く思えて仕方なかった。わたしと翠くんの決定的な差。わたしは成人、むこうは高校生。20代と10代。見たくない事実。


「じゃあ芽衣、いつがいい?」

「んー、今ならどこでも休み取れるし、いつでも………いや、どうせ一日だけの参加なら初日か最終日がいい」

「初日か最終日ね。わたしもなんとなく最終日のが好きだけどさ。もしグッズ売り切れてたら…って考えると、初日の方がいいかもしれない」

「あ、そうだね。じゃあ初日にしよっか」

「うん!決まり!」


あとは休みが合えば行こう!なんて言ってくるあたり、この子は行ける限り行く気満々なんだろう。そのバイタリティーは尊敬する。いつもこうして、出不精のわたしを引っ張っていってくれる。結構…いや、とても有難いと思ってる。気恥ずかしいから本人には言えないけど。


「…ま、休みが合えば、他の日も付き合う」

「あれ!芽衣がいつにも増してやる気!」

「んふふ。察して、これでも楽しみだったんだよ」

「…そっか!うんうん!」


今、あの子がどんな顔してるのか、なんとなくわかってしまった。それはきっと向こうも同じだろう。わたしが締まりのない顔してることは、きっとわかってるだろう。わたしたちは、お互いに考えていることがわかるから。


「結構早くから物販並びたいんだけど、いい?」

「仰せのままに」

「やった!芽衣大好きよ!奏汰くんの次に!」

「あら、意外と順位高くて驚いてる」

「芽衣だってそんなもんでしょ」

「確かに」


順位の高さは置いといて、翠くんのことを考えてばかりなのは事実。こんなに誰かひとりのことを考えるの、はじめてだな。学生時代に誰かを好きになってたことはあるけど、こんなんじゃなかった。余程流星隊に、翠くんに人生楽しませてもらってるんだろうなあ。本当に有難い。楽しみなことがあると、いろんなことがカラフルに見えるのね。


「じゃあ、待ち合わせの時間とか、細かいことはあとで決めようね」

「うん。…近いうちにごはん食べながらでも決めましょ。奢るから」

「もうやだほんとに芽衣愛してる」

「『愛してる』はライブまで取って置きなさいな」

「言われなくても。奏汰くんにしこたま言うからお構い無く。じゃあまずは、ごはんね!」

「もちろん。いいお店探しておく」


電話を切って、つい鏡を見てしまった。案の定、締まりのない顔をしていた。まあ…仕方ないよね。あれだけ考えていた流星隊の、翠くんのライブ情報なんだから。しかもそう遠くないうちに開催されるなんて。行くしかないっしょ。

アイドルをしている翠くんに、逢いに行ける。楽しみでもあるけれど、なんて思われてしまうか…そこだけちょっと心配。まあでも、あんなきらびやかやステージから、わたしのことが見えるはずない。席が決まっていて、それを予め伝えているならまだしも…不特定多数のファンから、とりわけ特徴のないわたしをピンポイントで探し当てるなんて最早無理ゲーだ。

追っかけをしてるとバレ…たくはないけれど。さいあくバレても全然いいけど、なるべくバレたくないってだけで。だけど、翠くんの姿を見たい。いつもの学生さんじゃない、いろんな翠くんに逢いたいって思う。……うん。やっぱり今のわたしは、翠くんを中心に回っているんだな。こんな自分のことは気持ち悪いと思うけれど…正直、嫌いじゃない。



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