これが本当の第一歩
今日は仕事は休みをもらい、同僚と近場の海へ来ている。せっかく遊びに来たというのにテンションだだ下がりで溜め息の連続。…まあ、その同僚が溜め息の原因でもあるのだけれど。
パラソルを借りたいというひとりの同僚の一言で、じゃんけんで負けた者が借りに行く流れになった。わたし含めて8人全員強制参加のじゃんけんをして、その結果、わたしのひとり負け。しかも一発という奇跡。寧ろ凄くない?この人数で一発で結果が出ることも、負けたのがわたしだけってことも。なんかもう天文学的数値だと思う。迷うことなく出したグーでそのまま自分をぶん殴りたい衝動に駆られた。そんなわけで、わたしはひとり淋しくパラソルを借りに行くところなのだ。…ああもう、最悪。歩きにくいし、サンダルに砂入るし、ひとりだし。テンションが落ちる要素しかない。
砂浜に悪戦苦闘しながらも、なんとかレンタル品の受付の前に到着。係のひとの姿が見えた。自分も接客してるからわかるが、こういう態度の客は良くない。営業スマイルに切り替えてパラソルを注文すると「承知つかまつる!」という個性的な返事が。随分若く見えたけど高校生くらいかな。今の若い子、おもしろいなー。……というか、さっきの子、どこかで………
「パラソルおひとつ、お待たせしました」
「ありがとうございます………あれ?」
「……え、芽衣さん!」
「ふぇえっ!み、翠くん!?」
なんと、パラソルを持ってきてくれたのは翠くんだった。こんなところで逢うなんて!ていうか、なんでここにいるの?なにしてるの?
「こんにちは。奇遇っスね」
「ほんとにね!こんにちは!どうしたの?バイト?」
「はい。海の家の一日店員です」
「うひゃー、大変だね」
「芽衣さんは?」
「同僚と一緒に来たのよ」
翠くんの話を聞くと、今日は流星隊と2winkという双子アイドルで、ここの海の家で臨時の店員をしているとのこと。道理でこのあたりが女の子ばかりだ。そりゃあ、たまたま来た海でアイドルが店員なんてしてりゃ行くわな。しかも、さっきの子は忍くんだったそうで。言われれば確かにそうだった。忍くんにも散々楽しませてもらったのに、なんて薄情者。
翠くんに見せてもらったチラシに載ってる写真を見る。アイドルというだけあって、みんな整った顔をしている。…ただ、それでも翠くんがいちばん素敵で格好いいって思うのは、贔屓目かな。だろうな。間違いないね。
「で、俺と仙石くんで、レンタル品の管理してるんです」
「この量を?ふたりで?まじで?重労働だね…」
「間違いなく重労働ですよ。まじで寝ていたいっス。…でもまあ、仙石くん、がんばってるんで…俺だけ休むわけにもいきませんから。それに力仕事は馴れてますし」
「そっか。がんばれ若者〜」
とは言え、一日といえど海の家のお仕事なんて絶対大変だろう。しかも力仕事なんて。わたしもなにか手伝ってあげられたらいいのだけど、同僚と来てるしそれは無理だ。それでも、なんでもいいから力になってあげたい………あ、そうだ。
「帰り、送っていこうか?」
「え!?」
ふと思い付いたことだった。手伝いはできなくても、終わったあとの翠くんをねぎらうことなら、できるだろうと。でも翠くんにはこの提案は余程想定外だったのか、めちゃくちゃ狼狽えている。
「芽衣さん、職場のひとたちと来てるんスよね?」
「うん。だからみんな送ったあとに戻ってくるよ」
「でもいつ終わるかわからないし…もしかしたら遅くなるかもしれないですし。芽衣さんに迷惑かけるのは…」
「みんなを送り届けてからになるから。遅ければ遅いほど、わたしには都合がいい」
「それに俺たち、砂埃すごいですよ…?」
「それはうちらも同じだよ」
着替えを持ってきてはいるし、帰る前にはシャワーを借りる。とはいえど、完全に綺麗になるのは難しいだろうからそこまで気にする必要はない。どうせ簡単に掃除するのだから。それに、翠くんと少しでも話せる理由になるのなら、それくらいどうってことない。
「…本当に、いいんですか?」
「いいも悪いも、わたし言い出しっぺですから」
いつか翠くんが、わたしに言ってくれた言葉だ。翠くんの八百屋さんで買いすぎたときに、家の前まで送ってくれたうえに荷物も持ってくれたよね。それを思い出したのか、翠くんは漸く表情を緩めた。
「じゃあ…お願いします」
「はーい。ワゴン車で来てるから、翠くん入れて9人まで誘える。もしよかったら、他のひとたちにも声かけてあげて」
「わかりました」
「…あ、そうだ。翠くん、紙とペンあるかな」
「ありますよ。どうぞ」
メモ紙とボールペンを受け取って、必要事項をさらっと書いていく。書き終わって「ありがとう」とペンを返しながら、メモも一緒に渡す。
「これは…?」
「わたしの連絡先。非通知で構わないから、終わったらかけて」
「えっと……わかりました」
「…じゃあ、そろそろ行くね。ほどほどにがんばって」
「芽衣さんも、楽しんで」
あまり長居しては業務の邪魔になってしまうだろう。そうならないうちに退散。少しでも話せたし、帰りに送る約束も取り付けられたし。充分すぎる収穫ではないか。
さっきまでとは全然違う、浮かれ気分に軽い足取り。じゃんけんでひとり負けしなければ、送っていく約束なんて出来なかった。ひとり負け万歳。本当は海の家にも行けたらよかったんだけど、忙しいときに大所帯で押し掛けて迷惑になるわけにはいかないし、そもそもわたしたちは大量のお弁当を持ち込んでいる。「運転は芽衣ちゃんに任せきりになっちゃうから、お弁当はこっちに任せて!」と言ってくれた同僚。その言葉通り、いや、わたしの予想を遥かに越える量と質のお弁当を作ってきてくれた。びっくりしたけど、それだけ有難いと思ってもらえてるなら、わたしも運転した甲斐はあった。
…それにしても、翠くんがいるとわかっていれば、Tシャツにショートパンツなんていう、こんな適当な格好しなかった。泳ぐ気はなかったけれど、わざわざ可愛い水着を買ってでも着てくればよかったかな……って、なに色気づいてんの。馬鹿か。泳ぐつもりなかったから別にいいじゃんか。引率者的な立場なんだし。翠くんのことは気になるけど、戻ったらちゃんと同僚たちと行動しなきゃね。浮かれすぎは、よくない。勘づかれたら面倒だ。
遊び終えて同僚を全員送り届けたあと、翠くんとの約束を果たす為にもう一度海へ戻ってきた。辺りはすっかり日が暮れて、薄暗くなりはじめている。こんな時間までがんばっているのか。繁盛していれば仕方ないことか。本当に、お疲れさま。
…さて、翠くんから連絡くるまでは暇だなあ。なにしよう。あ、そうだ。あの子に連絡してみようかな。さすがに翠くんと知り合いとは言えないけれど、今日のこと話したい。『今日、同僚と海に行ったら、流星隊が海の家のバイトしてたよ』……と。すぐに返事が来ない、まだ仕事してんのかな。見たら驚くだろうな。
しかし、あの子が忙しいとなると、わたしには話し相手がいない。結局のところ暇に逆戻り。運転席の背もたれを倒して寝転がり、ぼけーっとしていると、一本の電話がかかってきた。ディスプレイには知らない番号が出ている。……ちゃんと番号通知でかけてきたのね。このタイミングだと十中八九、翠くんだと思う。でも、もしかしたら違うかもしれないし。取り敢えずちゃんと出ようか。
「はい。藤岡です」
「…芽衣さん?」
聞こえてきた遠慮がちな声に思わず笑ってしまった。その声を、わたしは間違えるはずがない。向こうも、わたしの他人行儀な声に驚いただろう。
「ふふ。その声は翠くんだね」
「あ、はい。…えっと、今終わりました」
「お疲れさま。駐車場の、いちばん奥のほうに停めてるから。少し歩いてきてくれるかな」
「わかりました」
車の特徴とナンバーを告げて電話を切る。もう一度着信履歴を出して、今かかってきた番号を眺める。非通知でいいと言ったのに。まったく、律儀だなあ。…なんて、本当に非通知でかかってきたらちょっとへこんだくせに。
電話を切って十数分後。車の外で待っていると、ぞろぞろと団体さんがこちらに向かってやってくるのが見えた。随分と大人数だ。翠くんが紹介してくれたのは流星隊のメンバー、今日一緒に仕事した2winkのふたり、わたしでも名前を知っているスーパーアイドル朔間零、そしてプロデューサーだという唯一の女の子。総勢9名。わたしは今から8人のアイドルと、ひとりの可愛い女の子の命を預かる。胃が痛くなってきた。神様仏様、明日までの命で構わないから。どうか無事にこの9人を送り届けさせて。
翠くんがわたしに他のひとたちを紹介してくれたあと、今度はわたしをみんなに紹介した。「信頼できるひとだから、安心してほしい」とまで言ってくれた。翠くんからそう思われていたなんて、嬉しいなんてもんじゃない。一通りの自己紹介が終わったあと、千秋くんの号令に合わせて全員で「お世話になります」と頭を下げてくれた。なんていい子たちなんだ。感心するとともに、この子たちの命を預かることに一層責任を感じてしまった。覚悟を決めて「こちらこそよろしくお願いします」と口にした。ふと、顔を上げた双子の片割れくんが「あれ?」と首をかしげながらこちらを見てきた。……ん、この子、どこかで見たような気がしなくもない………?
「お姉さん。間違ってたらごめんね。もしかして、大通りのカフェのひと?」
「あ、はい。そうです」
「やっぱり!そういえば翠くん、一緒に行ったことあったよね」
「あー…うん。あのときは、一緒にいたのは真白くんと紫之くんだっけ」
「そうそう!でさ、いつの間にここまで仲良くなってたの〜?翠くんったら隅におけないんだから。やらしー!」
「なんでひなたくんまでウザ絡みしてくるの…」
「ふふ。全然やらしくなくてすみません。わたしが絡まれていたところを、たまたま助けていただいたことがありまして」
「ちょっとなにそれ!翠くんさ、ただでさえ顔のアドバンテージがえげつないんだから!行動まで男前なことしないで!俺たちどう足掻いても勝ち目なくなるじゃん!」
…思い出した。あのときみんなの代表で注文してた子か。明るくて社交的で、しっかりしている。まさに、あの面影とぴったりだ。そして『ひなたくん』と呼ばれた子の言葉に苦笑い。この子たちの勝ち目が…とは思わないが、あのときの翠くんが格好よかったことは事実だ。本当にヒーローのようだった。違うな。わたしにとっては間違いなく、ヒーローだった。
「えーっと、皆さん合わせて9人ですよね。誰かひとり、助手席になっちゃうけど、大丈夫かな?」
「それなら俺が行きます」
迷うことなく翠くんが名乗りを上げてくれた。…なんか申し訳ないかも。今わたしが普通に話せるのは翠くんだけだ。今の話し方だと自分が声をかけられたみたいに捉えても不思議ではない。
「ごめんね。なんか強制したみたいになっちゃったね」
「全然。あと、俺いちばん最後で構いませんので」
「そう?いいの?」
「はい。俺がいちばん、芽衣さんの家に近いと思うんで」
「そっか。ありがと。じゃあ最後までのんびりドライブといきましょうか」
よし、ちゃんと冗談めかして言えた。本気と取られないようにしないとね。こういうのは重くならないように、明るい雰囲気と空気をつくらなきゃ。全員が乗り込んだこと、シートベルトをつけてもらったことを確認。なにもないことがいちばんだけど、万が一、億が一、ぶつけられることは有り得なくない。リスク管理はわたしの仕事だ。
「さて、と……まずは女の子から送りましょうか」
「あ、いえ!大丈夫です!気にしないでください」
「気にさせて。女の子なんだから」
「でも…」
「いいから。おねえさんに任せなさいな」
アイドルのみんなに同意を得て、満場一致でレディーファーストに決定。短くない道中、彼女から詳しい話を聞くことができた。名前はあんずちゃん。この春、普通科に転校の予定が、タイミングが良かったのか悪かったのかプロデュース科のテスト生として入学することになったそうで。大変な毎日だけど、やりがいは凄くある。みんな優しくて、協力しながらの仕事は楽しいと、とても素敵な笑顔で話してくれた。可愛い、眩しい、若い。女子高生というプレミアがついているということを除いても、可愛らしい子という印象。家に到着した車を降りるときも「ありがとうございました!」ときちんと言ってくれて。当たり前のことをしただけなのに、わたしの方が嬉しくなった。
あんずちゃんを送ったあとは、そこから近い順番で送っていった。近くの目印だけ教えてくれればいいと言ったのに、みんな平然と自宅の前まで案内した。個人情報!と焦ったけれど「おねえさんは洩らしたり悪用しないでしょ?」とあっけらかんと言われてしまった。そりゃあ洩らす気も悪用する気もさらさらないけれど。それでも、世の中は善人ばかりじゃないことは知っていてほしい。
順番に送っていったら、翠くんを除いて最後になったのは千秋くんだった。車を降りた千秋くんは翠くんと挨拶をし終わったあと、わざわざ運転席側まで回り込んで「藤岡さん。高峯を宜しくお願いします」と、深くお辞儀しながら言ってくれた。その姿を見て、翠くんたちが千秋くんと奏汰くんを見て育っているんだなって、なんとなくわかった。全然違うふたりだけど、翠くんたちはこのふたりの背中を見て育っているんだな。例えるなら、千秋くんがお父さん、奏汰くんがお母さんといったところか。
微笑ましい気持ちのまま「承りました」と答えると、千秋くんは安心したように笑った。最後にもう一度頭を下げて車を発進させる。わたしが行かないと千秋くんはいつまでも家に入らないと思ったから。寧ろ車が見えなくなるまで入らないだろう。本当は千秋くんが家に入るのを確認したかったんだけど、こればかりは彼の性格だろうね。いちばん近い交差点を曲がって少し広い路肩にハザードをつけて停車した。
「…よしっ。翠くんお待たせー」
「いえ。自分から最後でいいって言ったんで、全然」
「そっか。……えーっと、真っ直ぐ商店街向かっていいのかな。どこか寄りたいところは?」
「………ドライブは?」
「へ?」
「さっき、一緒にのんびり、って……」
なんと、まさかの本気で捉えられていたパターン。わたしもまだまだだなと思うと同時に、驚いた。だってこの口ぶり…翠くんは行くつもりでいたわけじゃん。嫌だとは思わなかったのか。ていうか今までも結構な距離走ってるよ?
「翠くん、疲れてないの?」
「まあ、疲れてないって言えば嘘になりますけど…でも、ドライブ……」
おおう、結構食い下がってくる。割と行く気あるのかな。わたしは全然余裕だけど。それに翠くんと話すのは楽しいし嬉しい。だからこうしてドライバーを申し出たわけだし。
「どこか行きたいところはある?」
「芽衣さんにお任せします」
「そっか。じゃあ適当に走るよ。寄りたいところ出てきたら遠慮なく言ってね」
「わかりました」
「…あ、そうだ。お茶がちょうど二本余ってたはず。常温なんだけど、ドライブのお供にいかが?」
「じゃあ…いただきます」
鞄からペットボトルを出して、一本は自分のドリンクホルダーに、もう一本は翠くんに差し出す。さて、どこを通ろうか。海岸通りも一瞬選択肢にいれたが、今日散々海は見たはずだし飽きてるかもしれない。それならば明るい大通りメインでいこうと思い、ざっと頭でルートを思い浮かべてから出発。あとは状況見ながら臨機応変に行けばいいかな。
「すげえ今更なんスけど、芽衣さん、今日はお休みだったんですね」
「うん。先月から同僚が『海行きたいー連れてけー』って騒いでて。店長が気を利かせて休み合わせてくれた。でも今日のメンツで免許もってるの、わたしだけだからさ。もう完全にアッシーだよね」
「あらら、お疲れさまです。……でも、こんなでかい車、運転できるんスね。格好いい…」
「ふふ、ありがと。後ろがちょっと見えにくいけど、案外運転しやすいんだよ」
「そうなんですか」
「うん。こういうふうに、前がぺったんこの車は見た目より難しくない」
翠くんも免許取って運転するようになったらわかるよ。この一言は喉につっかえて口にすることはなかった。自分で言うことによって一層年齢差を痛感するし、なにより、翠くんが免許を取って車を乗るというときに、まだわたしと交流があるのか…ということが頭によぎった。今この瞬間が楽しいから、終わりが来るのが怖い。考えたくない。このまま時間が止まるわけない、変わらないものなんてないのに。わかってるよ、わたしは、ただの臆病者なんだ。
「はい、到着ーっ」
結局、隣街まで行ってぐるぐる走ってきた。一時間くらいかな、と何気なく時計を見たらなんと二時間近くも経っていた。付き合わせちゃったことも申し訳ないけど、わたしの集中力もすげえな。楽しい時間はあっという間って、こういうことだね。
「ありがとうございます。お世話になりました」
「とんでもない。こちらこそ長い時間連れ回しちゃってごめんね」
「いえ。楽しかったです」
「そっか、ならよかった。わたしも楽しかった。……あ、翠くんの番号はあとで消しておくからね。目の前で消したほうが安心するなら今やっちゃうから。一緒に確認してくれる?」
「あ、いえ、その…」
携帯を取り出したわたしの動きを制した翠くん。どうやら、なにか言いたいことがあるみたいだけど……随分歯切れが悪い。なにかあるのなら、はっきり言っていいのに。
「消さなくて、いいです」
「……え」
「そのまま、残しておいて構いません」
はっきり言っていいと思ったが、さすがにこれは予想外だった。番号を消さなくていいと言われるなんて、誰が予想できただろうか。
「ていうか寧ろ、俺も芽衣さんと、話したいなって…」
「…話し相手、わたしでいいの?」
「芽衣さんがいいです」
翠くんはいつもは穏やかな口調だけど、わたしがいいと、はっきり言ってくれた。迷いなく言ってもらえると嬉しいものなんだね。
「ありがと。わたしも翠くんと話したい。この番号、登録してもいいかな」
「もちろんです」
翠くんの名前を入力して、画面に出た『登録完了しました』の文字に顔がにやけた。…実は翠くんから非通知でかかってこなかったとき、こっそり登録したい衝動に駆られたんだよな。あ、未遂だよ、やってないよ。いけないことだっていうのは、わかってたから。そこで我慢できたからこそ、これは神様と翠くんがくれたご褒美だと思うことにする。
「ふふ。なんか、お友だちみたいだね」
「……お友だち…」
「…あ!ごめん!失言だね、忘れて!馴れ馴れしかったね!」
「あ、いえ、その……実は俺も、同じこと考えてました。馴れ馴れしいかなって、思ったことも…」
同じような思考にびっくりした。お友だちと思ったことはもちろん、ちょっと後ろ向きなことを考えたことも。出来すぎな偶然にビビりつつも、なんだか似た者同士で嬉しいと思ってしまった。
「やばいね。もう親友じゃん」
「ですね」
「ふふ。これからはいつでも話しかけて」
「…芽衣さんからは、話しかけてくれないんですか」
「そういうこと言うと遠慮しないぞ?」
「そうしてください。……俺も、しないんで」
…そっか。お友だち、しかも親友なら遠慮は要らないのか。確かにわたしもあの子には遠慮しない。家族以外であの子以外に、ここまで仲良くなれるひとができるなんて思わなかった。しかも相手は男の子、年下、高校生、アイドル。こんなにいろいろ違いがあるのに。人生って、なにが起きるかわかんないね。
「…改めて。今日はお疲れさま、翠くん。ゆっくり休んでね」
「俺こそ、ありがとうございました。芽衣さんも、お気をつけて」
車を降りた翠くんに、ばいばい、と手を振って車を発進させる。千秋くんの影響なのか、翠くんの性格なのか。翠くんも見送ってくれているのがミラーで確認できる。ほんとにいい子たちだなあ、流星隊は。まさか短時間でもプライベートで全員と関われるとは思わなかった。ほんとに人生って、なにが起きるかわからない。
……翠くんが居なくなった車内は、やけに広く感じる。ワンボックスだからそりゃそうなんだけどさ。気持ち的なものが、ね。
「…帰ったら、早速メッセージ送ろうかな」
さっきまで散々話したのに、もう連絡するつもりになってる。はたから見れば、相当うざいことこの上ない。……でもさ、いいよね。遠慮しなくていいと、翠くんも言ってくれたんだから。それが「親友」ってやつだと思う。
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