物事は急転直下




ユニット練習もなにもない放課後。用事がないのをいいことに、誰もいない屋上でひとりになっている。用事もないのに、帰る気にならない。その原因は、手の中のスマホ画面にある。


「……不在着信34件、メール27通…」


今日一日、学校にいる間に来た着信の数である。同じ番号と同じ名前がずらり。画面がおぞましいことに。ここまで無視を決め込まれても連絡を入れてくるなんて、恐怖を通り越して最早感心しそうだ。はあ、と深い溜め息が出た。これはまだまだ解決しそうにない。



「##NAME1##ちゃん」

「ぴゃっ!!」

「あ…ごめんね。驚かせちゃったかな」

「い、いえ!こちらこそごめんなさい!…改めてこんにちは、会長」


突然現れたのは、生徒会長の天祥院英智先輩。幾ら驚いたからってあんな悲鳴を上げるなんて失礼すぎる。慌てて頭を下げた。ていうか普通に考えれば、他校生のあいつが、ここまで来ることはまず出来ない。…やっぱり、今のわたしは普通の精神じゃないようだ。


「そんな畏まらないで。他の三年生と同じように、名前で呼んで欲しいな」

「いえ、そういう訳には…!」

「お願い。##NAME1##ちゃん」

「…じ、じゃあ……天祥院先輩で…?」

「うん」


無邪気に笑った会長…もとい天祥院先輩。アイドルのときの笑顔とはちょっと違う、少し素に近い感じがする。名前で呼ばれたのがそんなに嬉しかったのかな。


「こんなところにひとりで、どうしたんだい?」

「ちょっと、考え事を」

「ちょっとのわりには、随分大きな溜め息が聞こえたよ」

「……結構な、厄介事を抱えておりまして。解決の糸口が見えてこないものですから…」


聞こえていたなら誤魔化しても仕方ない。そう思い、観念して問題を抱えていることを正直に打ち明けた。勿論、概要は避けて。


「深刻そうだね」

「…はい」

「事情、聞いてもいいかな」

「え?」

「嫌なんだ。きみがひとりで悩みを抱え込んでいるのは。ましてや、それを知りながら、なにもしないことなんて出来ない。僕で良ければ、なんでも話して。なんでも聞くよ」

「先輩…」


寧ろ先輩の方から聞こうとしてくれるなんて思ってもみなかった。個人的なごたごただし、内容も内容だ。とてもじゃないけど先輩のお耳に聞かせられるような話ではない。でもその優しさがすごく嬉しいのも事実。わたしも少し弱っているのか、甘えさせていただこうと、事情を話すことにした。


わたしには中学のときから付き合っている彼氏が居る。当時から隠さずオープンな関係で、とても仲良し。でも進学するとき、わたしは一般入試でそこそこ良い特待が取れた夢ノ咲、彼はスポーツ推薦でサッカーの強豪校に行くことになって高校は別になってしまった。でも毎日メールや電話で連絡を取り合っていたし、デートはお互い忙しくなって遠出は出来なくなったけれど、忙しいなりに時間を作って近場に頻繁に行っていた。うまくいっていると、なにも問題などないと思っていた。疑惑すら持たないほどに信じきっていた。

しかし、事件は起きた。先週末。あいつはずっと部活だと言っていたのに、女の子とふたりで遊び歩いていたのだ。しかもわざわざ市外のショッピングモールまで行って。バレないように策を講じたつもりだったのだろう。手を繋いで喫茶店から出てきたところでばったり鉢合わせ、現行犯逮捕といったところだ。

向こうから告白されて調子に乗った。ちょっとした気の迷いだ。反省している。もう二度としないから許してくれ。そう何度も繰り返して涙ながらに謝罪してきた。でもわたしはどうしても許せなくてその場で「もう無理。さようなら」と別れを告げてきた。…のだが、向こうはやり直したいようで、こうして何度も連絡を寄越すのだ。わたしも現在進行形で無視し続けている。そして今に至る。


「そうだったんだ…それは、辛いね。浮気は、裏切り行為のひとつだ」

「…はい」


今年から新設されるプロデュース科に移ることになったときも「挑戦は大変だけど、得るものも大きい。がんばれ」って背中を押してくれて、上手くいかないことが続いたときも弱音ばかりのわたしに「お前なら大丈夫だ」って励ましてくれた。逆にあいつがレギュラー争いがしんどいと溢したときにはわたしが精一杯励ました。「試合に出てる姿が見たい。だから負けないで」と、本人が希望した発破をかける言い方で。その後日、決まって「先発勝ち取った!絶対観に来いよ!」って、声を弾ませて報告してきてくれる姿が、声が、きらきらした表情が、大好きだった。

今まで居た時間は、決して短くない。当然楽しい思い出ばかりじゃなかった。楽しいことも辛いことも、一緒に分かち合って乗り越えてきた。離れていてもわたしたちなら大丈夫。そう思っていたのに。


「浮気が発覚するまで、毎日連絡取ってたんです。いつから騙されて、裏切られていたのかって考えたら…腹立つのもあるけど、それ以上に淋しくて、悲しくて……」

「うん…」

「でも、許せないって思っていても…情、なのかな。本当に反省しているかもしれないって、思わないこともないんです。……一度くらいなら、執行猶予つけて様子見の方がよかったのでしょうか」

「それは僕が決めることではないよ」

「そうですよね…すみません」

「ただ、一度失った信用は、なかなか取り戻せるものではない。信じたいと思うのもわかるけど、また裏切られないかと疑心暗鬼になって疲れてしまうだろう。…僕は、##NAME1##ちゃんに、そんな思いをしてほしくないな」

「先輩…」

「まあ、今のは僕の意見でしかないけどね。##NAME1##ちゃんが納得したうえで、後悔しない結論を出してほしい」


こんな個人的な揉め事を最後まで聞いてくれて、わたしの気持ちを汲み取りながら、先輩ご自身の意見を聞かせてくれる。なんて優しい方なのだろう。話を聞いてくれたのが天祥院先輩でよかった。お礼を言おうとした瞬間、また携帯が震え出す。電話だ。着信は勿論あいつから。


「やだ、サイレント解除されてる!ごめんなさい先輩!話途中なのにすみません!放っておけば切れますので、少しお待ちください」

「……」

「…先輩?」


わたしの手から、しつこく呼び出しを続けるスマホをするりと抜き取った。そのまま暫く画面を見ている……と思ったのも束の間。先輩は画面の一部をタップして…


「やあ。はじめまして。##NAME1##ちゃんの元彼氏くん」


な、な、なんですとおおおおおおおお!!!?

先輩の行動があまりにも突拍子すぎて声が出ない。先輩は電話を続けながらわたしを見て、口元に人差し指を当てて、アイドルらしくウィンクしてきた。なんと美しい……じゃない。静かにしていろというお達しか。


「ああ、僕かい?僕は##NAME1##ちゃんの高校の先輩さ。##NAME1##ちゃんは今ここに居ない。僕が勝手にこのスマホを拝借して、勝手にきみと話をしている」


様子を見るに、天祥院先輩は恐らくあの電話が終わるまでスマホを返すつもりはない。取られてしまったものは仕方がない。取り敢えず動向を見守る方向で行こう。わたしはこの場に居ないことになっている。わたしが居るとなったら、当然出せってなるだろうし…もしかして先輩、わたしのこと守ってくれてる……?


「実はここ数日、##NAME1##ちゃんの様子がおかしくてね。事情を聞いたけど、きみは実に愚かなことをした。あんな良い子、なかなか居ないだろうに。一時的な気の迷いでそれを失うんだ。……そんな怒らないで。僕はきみに感謝しているんだよ。きみの愚かな行為のお陰で、晴れて##NAME1##ちゃんはフリーになり、誰の干渉も受ける必要が無くなった。きみは僕にとって殊勲者だ。だから一言お礼を言いたかったんだ。………『断る』?どの口が言っているんだい?きみと彼女の関係はもう終わったのだろう?他でもないきみが招いたことだ」


天祥院先輩の言葉が、だんだんきつくなるのを感じる。言い回しは丁寧なんだろうけど、とにかく雰囲気が怖い。この方のオーラは圧倒的だとつくづく思った。わたしが言われてるわけじゃないのについ萎縮してしまいそうだ。


「きみは浮気相手とうまくやるといい。##NAME1##ちゃんは、僕がいただくよ」


スピーカーから抗議のものと思わしき声が聞こえていたが、先輩は構わずに電話を切った。………ん?ぼくが?いただく?どういうこと?

混乱する頭で先輩を見ていると、先程の圧など全く感じさせないほどの柔らかい笑顔をわたしに向けて、優雅な仕草でスマホを返してくれた。


「…と、いうわけで。##NAME1##ちゃん。僕のところに来ないかい?」


開いた口が塞がらない、とはまさにこういうことなのだろう。思わず受け取ったスマホを落としそうになった。

あまりの急展開に、わたしの頭は置いてきぼりになっている。ただこの状況でもわかるのは、天祥院先輩は至って真剣に話しているということ。そして、自分の顔に熱がどんどん集まっていること。



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