
夜の匂い、もう一駅歩く(ロー/OP)
プラスタグSS
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半袖に薄手のカーディガンだけでは、ほんの少し肌寒いように感じる。夏ももう通り過ぎてしまうのか、夜の匂いが数日前とは少し違う。季節の移り目にワクワクするのは、“前回”の生活を思い出すからか。
飲み会帰りで酔っ払いの私は、こんな日に電車は勿体無いことに途中で気づき、最寄りの一駅前で電車を降りた。都会なのに、空を見上げれば案外ちらちら一等星は輝いて見える。
ざっくり自宅の方向を目指し歩き出せば月夜に浮かぶ見慣れない景色に胸が躍った。このシチュエーションにふつふつ懐かしさが込み上げてくる。
前は行くところ全てが初めて見る景色でどこもかしこも面白かった。キャプテンを真似て当てもなく歩き回っては買い出しぐらい手伝えと仲間達に叱られたものだ。遠い昔、つまり前世で海賊として生きていた頃の思い出を掘り起こしてずんずん進んでいると、ポケットの中でスマホが振動した。
見るとローさんから帰り時間を訊ねる短いメッセージが届いている。ほろ酔いのまま通話ボタンを押すと、彼はすぐ出てくれた。
「駅に着いたか」
「いや、一駅分歩いてる」
「はあ?……チッ、今どこだ」
「えっとね、……あれ? ここはどこだろう」
マップも見ずにぼんやり歩いていたため、とっくに現在地など分からなくなっていた。けれど、ちょっとは酔いも覚めてきたし一人で帰れないことはないはずだ。素直にそう伝えれば、ひときわ大きい舌打ちが響く。
不機嫌オーラ漂う声音で指示された通り、マップから現在地を割り出し場所を教えて最寄りのコンビニへ避難。ちなみに、調べてみたところ二駅分ほど歩いていたらしく、とっくに家を通り過ぎていたのには笑った。ローさんは全く笑っていなかったが。
程なくして、電話越しに思い浮かべていたのと同じ表情をしたローさんが迎えにやって来てくれた。
「夜道を一人で歩くな」
「心配性だなあ」
「……」
「誰のせいだと思ってんだって顔してる」
「してねェ。馬鹿言ってないでさっさと帰るぞ」
そう言って彼はとっとと歩き出した。けれども私を置いていくことはなく、長い脚を持て余し気味に動かし歩幅を合わせてくれている。分かりやすく甘やかされているなと思うと顔がゆるんだ。
ローさんがこうも心配性なのはたぶん、前世で私が彼を庇って死んだからだろう。その瞬間の記憶は残っていないが、あの後しばらく大変だったんだぞと教えてくれたのは現世でも再会した仲間たちだ。詳細を聞かずとも、この件に関してはとにかく大変だったと皆が口を揃えるので、まあそうだったのだろう。
傷つけてしまったことを申し訳なく思う一方、性格の悪い話だが、正直彼が私を引きずってくれたことが嬉しかったりする。どれだけ大事に思ってもらえてたかが実感できるからだ。
私はこんな碌でも無い女だと言うのに、今世で再会した時ローさんは文句の一つも零さず私を抱きしめ「ようやく見つけた」と呟いた。
今世でも私が彼を好きになるには、それだけで十分だったのは言うまでも無い話。結局私たちは“前回”と同様お互いの隣におさまった。
胸がぎゅうっとあたたかくなってきたので、隣を歩く彼の左腕に腕を絡ませる。密着するとやはりまだ暑く、夏が後ろ髪引かれている様だった。ローさんもそう思っていそうだが、当然腕を振り払われたりはしない。
「今日、ちょっとだけ秋の匂いしない? ここまで歩いてて、夏島と秋島の境目の海域の航海とか思い出してたんだ」
「昔を思い出すには、潮の匂いが足りねェな」
懐かしむように笑う横顔を盗み見て思わず腕の力を強めた。
ひとつもタトゥーが入っていない腕にはいまだ違和感が拭えないけれど、この手が人の命を救っているのは今も昔も変わっていない。改めて、この人にまた見つけてもらえて良かったなあと思った。
この人にとって私に執着するのが幸せなのかは分からないが、手放したくはない。
「ねえローさん」
「なんだ」
「ずっと一緒にいてね」
「……酔っ払いが」
ため息混じりで応えた彼は私を見下ろし「……こっちの台詞だ」と小さく小さく付け加えた。