
親切な越知くん
過去リクエスト
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「越知くーん!」
大きな声で名前を呼び手を振ると越知くんは顎を引いた。たぶん、ほんのわずかに頷いたのだと思う。その証拠に彼は、長い脚の進行方向をずらし私を避けるように動線を変える。
そんなに避けなくたってぶつからないんだけどなあと思う反面、必ず道を譲ってくれるあたり優しくって良い人だなあとしみじみ感じた。いつ見上げても大して表情は見えないのだけれど、私は勝手に脳内で、こういうときの彼の顔を優しい表情で補完している。
越知くんは、首が痛くなるような角度で見上げなければ顔が視界に入らないほど、背が高い。それは逆に、越知くんにとってほとんどの女子が視界に入らないということでもある。
普段から彼はできるだけ人にぶつかってしまわないよう俯きがちに歩いているらしいけれど、ちょろちょろと動き回る私は彼に視認されず正面衝突する機会がとても多かった。
テニスの日本代表にも選ばれている越知くんに何度も何度も物理ダメージを与えるのは如何なものかと考えた私は、越知くんを見かけるたび彼に声をかけることにしている。そうするようになってからの事故率はゼロパーセント。
我ながら実に完璧なリスクマネジメントである。私って天才だな。しかも、背の高い越知くんを反射的に怖がっていた女子の中には、私たちのやりとりを見て「越知くんって良い人なのかも……」と考えを改める子もいるらしい。意図せずして、越知くんのイメージアップにまで成功している。なんて良いことをしているんだ、私は。
そう自画自賛をしながら、先生に頼まれた掲示板の張り替えを鼻歌まじりに進めていく。下半分はささっと済んだが、同世代女子の平均身長にギリギリ届いていない私にとって、残る半分が少々厄介だ。背伸びをすれば一番上の画鋲にも手は届くけれど、伸ばした腕に上手く力を入れられず画鋲が抜けない。
ムキになって壁に張り付いて唸っていると、さっと大きな影が差した。
「無理をするな」
屈んだ越知くんがいとも簡単に画鋲を抜いて古いポスターを剥がし、新しいものを貼り付けていく。なんという手際の良さ、そして助け舟のスマートなこと。
「ありがとう! すっごく助かったよ。越知くんは優しいし、よく周りを見てるよねぇ」
心底感動して越知くんを見上げる。相変わらず長い前髪のせいで目はよく見えないが、いつもより少しだけ顔の位置が近いのがなんだか嬉しかった。
「誰にでもこうしているわけではない」
前髪の向こう側と視線が合った気がして、どうしてだか心臓が跳ねる。
動揺している自分に更に動揺。言葉の違和感にも気づかないまま「そ、そう……?」と中途半端に返事をすると、越知くんはやはり、ほんのわずかに顎を引いて頷くのだった。