何遍でも
遅れて寝室へ入ると、ブルーを基調として整えられていたはずの寝具が暖かなブラウンに様変わりしていた。扉の開閉音と種ヶ島の小さな驚きのリアクションを聞き逃さなかった彼女は、読み耽っていた書籍から顔を上げる。待ってましたと胸を張るその表情は、寝室用の淡い光を受けて得意げに閃く。
「布団の衣替えしてくれたん?」
「うん、そう。感謝してくれてもいいよ」
「ありがとうな。でも大変やったやろ? 言うてくれたら俺が明日やったのに」
平均よりも少しだけ小柄な彼女がクィーンサイズベッドの冬支度をするのは少々骨が折れただろう。
元々、ベッドは別々が良いと主張した彼女をなんとか拝み倒して導入に漕ぎ着けた二人寝用の寝具。面倒な支度は自分が責任を持って行うつもりだっただけに申し訳なさが先立った。
「このくらい私にもできるし」
「そらそうやろうけど、これは俺の仕事のつもりしとったから」
拗ねた表情を浮かべる彼女の隣に滑り込みベッドヘッドへ背を預けると、ぱたんと波打った布団からほのかに陽だまりの匂いがした。しっかり者の彼女は天日干しまで完璧にこなしてくれたようだ。もしかしたら今夜は全身布団をかぶると暑いくらいかもしれない。
それにしても、昨夜までの彼女は寒がっている素振りなどなかったと思っていたが、自分は何かを見落としていただろうか。文庫本を置くためベッドサイドテーブルの方へ身を乗り出す彼女の背中を見つめ、種ヶ島は首を傾げた。
「夏物じゃ我慢できんほど寒かった? 気づかんでごめんなぁ」
「私は急ぎじゃなかったよ。でも、修二が寒かったんでしょう?」
振り返った彼女が真似っこのように首を傾げる。
「俺?」
「だって最近、毎朝私のこと抱き込んでるじゃん。朝方寒いからじゃないの?夏の間はこんなことなかったし……」
そう言われて、種ヶ島は思わず言葉に詰まりまばたきしか返せなくなった。彼女の言っていることは真実が捻じ曲げられていたからだ。
ちょうど布団を夏物にしたばかりの頃も、種ヶ島はベッドで彼女を腕の中に閉じ込めていた。けれど、あくる日「暑いからやめて」ときっぱりはっきりそれはもう力強くNOを突きつけられたため、夏の間は泣く泣く我慢していたにすぎない。
くっ付きたがりの種ヶ島は温度計を睨み付けるばかりの夏を過ごしたが、最近はようやく涼しくなり熱帯夜もぶり返さなくなった。それを良いことに彼女を捕まえて眠る日々を再スタートさせていた。この行動が誤解を生んだらしい。
どこから説明したものかと考え込む種ヶ島を尻目に、彼女は上半身までを布団に潜り込ませた。おやすみスイッチが入ったのか少し眠そうにこちらを見上げ、柔らかな口調で言って聞かせようとする。
「結構困るんだよ? 私が先に起きたとき、修二を起こさないようにしたいのにアホみたいにがっちりホールドだから、もぞもぞしてるうちに修二起きちゃうしさ……。修二だってゆっくり寝てたいでしょ?」
暑いという言い訳がなくなった今、今度は邪魔だなどと言われた暁にはショックで溶けてしまうかもしれない。そう真剣に考えていた種ヶ島は、彼女の今回の行動が自分を想ってのことだったと知り目尻を下げた。
サイドライトの光度を絞れば、自然と彼女が目を閉じる。自分のそばですっかり安心しきっている様子を愛しく思いながら、隣に倣って布団に潜り込み、ついでに彼女を抱き寄せた。
「修二? まだ寒いの?」
片方の瞼が震える。それが持ち上がるより先に瞼にキスを落としたが、どうやら逆効果だったようで胡乱げな瞳が姿を現した。
「元々寒くはなかってん。ただくっつきたかっただけ」
「えー、何それ。じゃあ衣替え修二にさせれば良かった」
呆れたように彼女は笑う。日中日光をたっぷり浴びたであろう布団の中はぽかぽかを通り越して夏の夜のようだったが、暑いだの離れろだのとは言われなかった。
その代わり彼女はごそごそと身じろぎし、最終的に種ヶ島の片腕に頭を預ける姿勢で落ち着いた。
ああ、かわいい。この子を抱きしめるためならなんだってできる。常々思っていることを改めて胸に抱き、今度は彼女のつむじへ唇を寄せた。
「衣替えは毎回俺がする。それに毎朝叩き起こして構へんから、毎日俺の腕の中におって?」
「……何回プロポーズするわけ?」
ペチリ。
種ヶ島のおでこに左手が飛んできた。その薬指では揃いのリングが薄暗の中でも鈍く、しかし確かに光る。
「何遍でも言わして」
「重婚やん」
くすくす笑う彼女の振動は、まるで自分の心音のように心地良かった。