イルミネーション

 振り返って見た部室棟は全て消灯し沈黙しきっている。今日も最後に学校を出るのは男子テニス部の面々で、他の生徒はとっくに帰路についているのだろう。もちろん校門付近にも人待ちの姿はなく、仁王はマフラーに鼻先を埋めるフリをしながら肩をすくめた。
 女子テニス部に所属する彼女と仁王との仲は悪くない。登下校中に相手の後ろ姿を見かければ、お互い必ず小走りで追いかけるほどには。けれど、一緒に帰るため自分を待っていて欲しいとストレートに持ちかけられる関係になるには、まだ決定的な一言が足りていなかった。
 帰る方向は一緒なんじゃから、少しくらい待ってくれてたってバチは当たらんろうに。
 自分本位な思考なのは重々承知だが、そう思ってしまうくらいの熱が既に胸のうちにある。カッコ悪いのでできれば避けたかったが、偶然帰りのタイミングが合った時自分がどれほど浮かれた気持ちになっているのかをそろそろ懇切丁寧に説くべきかもしれない。鈍い相手に駆け引きを持ちかけたって、もどかしいのは自分だけなのだから。

§

 いつもより速いペースで歩みを進めているのは、もちろん今週に入って急激に下がった気温だけが理由ではない。あわよくば先に帰った彼女に追いつけやしないかという、やや湿った感情が脚に乗っているからだ。
 女の子一人に心を振り回されっぱなしとは、“詐欺師”が聞いて呆れる。惚れたが負けとはよく言ったものだと、仁王はため息をこぼすしかなかった。
 ふと、連なって通り過ぎていく車のヘッドライトが先の曲がり角に小さな影を浮かび上がらせる。あぁ、あの二つ結びのシルエットは。ほとんど確信を持って足を速めると、近づくにつれ徐々に色を持ち出したそれは紛れもない探し人だった。
 薄暗がりでキョロキョロあたりを見渡していた彼女は近づいてくる仁王にすぐさま気づき、わざわざマフラーに埋めていた顔を外気に晒して破顔した。気霜をまとわせながらも、嬉しそうに手招きをする。
 呼ばれるがままのくせに、なけなしのプライドを発揮した仁王はさも偶然を装い声を掛けた。

「よう、どうした」
「さっすが仁王、良いところに! ちょっとこっち来て」

 何かを秘めた表情だが、もちろん仁王に断る理由はない。
 浮かれた足取りで先導する彼女に着いていくと、やがて一軒の家の前にたどり着く。ピカピカと、ずいぶん賑やかな民家だった。

「へえ、イルミネーションか」
「そう、すごいよね。昨日まではこんなの設置されてなかったんだよ」

 植木はカラフルな電飾を纏って閑静な夜を彩り、屋根の方ではサンタを形作る光の線が点滅し、行ったり来たりを繰り返している。なかなか手の込んだ自己満足だなと現実的な感想を抱き、ピカピカ主張を続ける自作イルミネーションから隣の彼女へと視線を移した。
 彼女はLEDではなく仁王の反応を気にしていたようで、すぐさま目が合った。

「これ見せる相手を探しとったんか」
「うん、綺麗で可愛いから、私一人で楽しむのは勿体無いし誰かとどうしても共有したくて。五分くらいあそこで粘ってたんだ。仁王が通りかかってくれて良かった」

 いたずらが成功したような、誇らしげで晴れやかな表情を向けられた。それを真っ直ぐ浴びながら、今の口ぶりからして、手招きを受けてここに導かれる相手が自分でなかった可能性もあったことが不満だった。

「共有相手は、“誰か”で構んの?」
「ん? まあ、そうだね。これは誰かに見せて、一緒に「良いね〜」って言いたかっただけだから、こだわりは特に……」

 質問の真意に気付かず思ったまま素直な回答を述べた彼女に、仁王は苦笑いを浮かべ白旗を振った。やはり遠回しは一切通用しない。小細工なしは苦手もいいところなのだが、この鈍ちん相手にそう悠長なことも言っていられないだろう。
 夜道で二人きり、秘密と気持ちを共有する立場は自分が独り占めしたいのだ。

「お前さん、週末部活後の予定は?」
「えっ? 別にないけど」
「じゃあお互い部活終わった後出掛けるぜよ。駅前のイルミネーションが綺麗やったき、共有じゃ」

 キョトンと丸まった瞳に、光の玉が反射する。こっちの方が見応えがあるかもなと思いつつ、「何で?」と言いかけた彼女のセリフを先回りして遮った。

「俺は、良いモンは好きな子と共有したいからのう」

 今度はポカンと口が開く。思考が追いつくのを根気強く待つこと数秒。ハッと我に返った彼女は恐る恐るといったふうに体を縮こめ、小さく問うた。

「じゃあ私は、仁王が部室から出てくるのを待ってても良いの?」
「毎日待ってくれてたら、俺はラッキーぜよ」

 身を屈めてそう告げると、彼女は光を瞼の向こうにギュッと隠しマフラーの下で「やったぁ」と小さく小さく囁いた。

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