さがしもの
コート、ヨシ。マフラー、ヨシ。手袋……あれ?
自分の手を見て違和感に気がついた私は、人の行き交う昇降口で立ち止まる。容赦なく邪魔だと笑って通り過ぎていく仲良しのクラスメイトたちにおざなりな謝罪を述べ、ひとまず壁際まで退避。ボリュームたっぷりに巻きつけたマフラーを緩め、すのこにリュックを下ろして中を覗いたがお目当てのものは見つからない。スカートを膝裏に挟んでしゃがみ込み、荷物をかき回してみたがやはり結果は同じだった。
だんだん焦り出している自分を俯瞰し、一旦落ち着こうと深呼吸をひとつ。額に手を当てると、冷えた手が慌てふためき熱を持ち出した頭を適度に落ち着けてくれる。
さて、順を追って思い出していこう。今朝、私は手袋をして登校した。これは間違いない。なんせ末端冷え性の私が、この冬最低気温をマークした今日に限って手袋をせず家を出るなどあり得ないからだ。だいたい、そうでなくともあれはお気に入りなので毎朝装着して幸せな気分を味わっている。もちろん今日も例外ではなかった。記憶はある。
それならばやはり校内のどこかに置き忘れたか、落としたかの二択になるはずだ。急いで探しにいこう。パッと瞼を押し上げると、いつの間にか長い影が私に差していた。
見上げると、彼の代名詞ともいえる銀髪が西陽を受けてその輪郭を一層きらめかせる。
「ちゃい⭐︎」
「修二、いつから……?」
「探しものはこれやろ? 個人ロッカーの上に置き忘れとったで」
「……マフラー巻く時に一旦置いたんだった! ありがとう。良かった、見つかって」
修二が見つけてくれた品のあるベージュの手袋は去年彼に貰ったもので、私の宝物のひとつだった。よりによって贈り主本人に見つけてもらうだなんて。修二は何も言わないが、ポツンと置き忘れられていた自分のプレゼントを見てどう思っただろう。ガッカリしてやいないだろうか。
礼を言って手袋を受け取りながら瞳の奥を覗き込むように見つめたが、いつも通り自然と上向きになっている口角の影響で細かな感情は読み解けなかった。
「ご、ごめんね? 今日はたまたま置き忘れちゃってたけど、私これちゃんとめちゃくちゃ大事にしてて……」
事実ではあるけれど、言葉を重ねれば重ねるほど嘘っぽく聞こえてしまう。けれども修二は一度目を丸めたあと、朗らかに返事を寄越した。
「今日は随分気にしいやんか。大丈夫、いつも見てるんやからそんくらい分かっとるよ。むしろ俺が見つけたからいち早くジブンにお届けできて良かったわ」
「持つべきものは優しくてかっこいい彼氏だね」
明るい口調につられ、こちらも軽口で応える。はあ、本当に良かった。いろんな意味で。
自分の迂闊さを猛省しつつ、手袋を左手に装着。そこでようやく気がつく。片手分しか受け取っていないことに。
「修二、」
「ほな行こか」
いつの間にか靴に履き替えていた修二が、私に左手を差し伸べる。私の困り顔があまりにも可哀想だったのか、彼は子どもを相手にするような優しい声で笑う。
「安心しいや。もう片方は俺がちゃんと持っとるから」
「それなら良いけど……。でも、修二は今日も部活でしょ?」
「残念ながらな。せやけど、校門まで送らして」
お願い! とぶりっ子して拝まれずとも、申し出はこちらとしても願ったり叶ったりだ。修二って本当に私のことが好きだなあ……なんて自惚れで胸を満たし、素直に彼の暖かい手を取った。
「うわ、相変わらず手冷たいなぁ。氷やんこんなん」
「じゃあ繋ぐのやめる?」
「いや、このまま送り出すなんて出来ん! 凍傷なるで」
「そうはならんし」
「はは、そうやとしても可愛い彼女の大事な手やし、離れるまでにしっかりあっためとかんと」
繋いだまま、二人の手が彼のダッフルコートのポケットに吸い込まれた。中では私の手が容赦なく修二から熱を奪っていく。しんと冷え切っていた指先が、宣言通りにあたためられジンジンと脈打つようだった。
「いつも冷たい思いさせて悪いね」
「いえいえ。ジブンへの熱はいくらでもあるから構へんよ。いくらでも持ってって」
血流を促しているのか、にぎにぎと何度も握り直されるのがくすぐったい。その上真っ直ぐ向けられる愛情も別の意味でくすぐったい。けれどどちらも幸せであることに違いは無かった。
短い距離を亀のようなスピードで過ごしたおかげで、私の右手は普通の人肌を取り戻していた。目的地で名残惜しそうに手を離した彼は、反対側のポケットから取り出した手袋を私の素肌に恭しく被せる。まさに至れり尽くせりで、申し訳なくなるほどだ。
「よっしゃ、これで右手はバッチリやな。ほんまは左手もしっかりあっためてやりたかったんやけど……」
「修二の手袋があればポカポカだから大丈夫」
「そら何よりやわ。今日もバイトやんな? 気ぃつけて行きや。知らん人に着いてったらあかんで」
「私は子どもか」
「かわいい子を心配しとるだけやんか〜、いけず言わんといて! ホンマ、夜道一人で帰ったらあかんで。迎え行くから絶対待っててな! 手袋ももう忘れたらあかんで!」
またたく髪色も相まって、手を振りテニスコートへ駆けて行く姿はまるで流星のよう。
やっぱりちょっとは気にしてたんじゃん、と思いつつ、悪いのは私の方なので指摘は甘んじて受け止めた。もうこちらを振り返らない背中に手を振れば、意識せずとも手袋が目に入る。
大事なものはもう見失わないようにしなければ。そう気を引き締める傍ら、どんどん小さくなる星を見送り、いっとう大事なあれだけは探さなくともすぐに見つかるだろうなと柔らかな笑みが溢れた。