ありえないベクトルで夜を明かそうよ

 総長が帰ってきた。
 というニュースは、瞬く間に広まった。もちろん、任務で仲間が死んでやしないかとビクビク耳をそばだてている私にも、それは届いた。安心九割、焦りが一割の複雑な心境のまま、ほっと息をつく。
―――参謀総長、かあ……。

 人には向き不向きがある。性質、興味、能力。そういったものが、かっちりハマって同じ方を向いた時、人はその才能を開花させる。そうじゃない人は足掻いてもがいて、そしてようやく、その分野で人並みになれるわけで。まァ、つまり。それが、私ってやつなわけで。

「難しいよなァ」
「何が?」
「わっ?!」

 危ねェ、落ち着けよ。窓から差し込む光と同じ色をした髪の毛。そしてニッと引き上げられた笑顔が、眩しい。驚きのあまり壁にぶつかりかけた私の背には、彼の大きな手が添えられていた。手袋越しのはずなのにじわりと熱が伝わってくる。任務先で炎人間になったという噂は本当らしい。

「びっくりさせないでよ、参謀総長」
「その呼び方、やめろって言っただろ。ここに来た時期はあんまりかわんねェんだしさ」
「いや、それはちょっと……。そんなことより、おかえりなさい」
「ただいま」

 陽だまりみたいな笑顔に曇りは、ない。相変わらず、サボくんは強いな、と思う。
 メラメラの実と聞くとやはり、否が応でも二年前の大事件を思い出す。ひとつの時代の終わりでもあり、新しい時代の幕開けでもあり。良くも悪くも世界を変えるとても大きな戦争だった。もちろん、とても多くの人間が死んだ。戦争の引き金かつ、彼の兄弟であった、火拳のエースも。劇的な死だった。
 全てが終わってから、総長は欠けていた自分を取り戻した。それは、私には理解しきれないほど、つらく苦しいことだったはずだ。喉を潰すほど泣き、絶叫を繰り返す姿を見るのは、後にも先にもあれが最後になると思う。そのくらいの取り乱し方だった。みんなこっそり、アイツはもう駄目かもな、と囁いていたほどだ。けれども、結局総長は、自力で再び立ち上がり前を向いたのだった。
 今回の長期任務のキーワードのひとつとしてメラメラの実が挙げられた時から、私は勝手に心配をしていたけれど、どうやら余計なお世話だったみたい。まったく、すごいなぁ。サボくんは。
 じっと顔を見つめて黙りこくった私を、彼が覗き込む。片眉を上げ微笑んだサボくんはつとめて紳士的に私が両手に抱えている荷物を指差した。

「その荷物、どこまで? 持つよ」
「南の港までだけど。良いの?」
「港? じゃあ、任務か?」
「そう」

 軽々と私から荷物をさらった彼は、ふぅんと頷きながらくちびるを尖らせた。こんなことを言うと機嫌を損ねてしまうだろうが、元々少し童顔気味の彼がさらに幼く見えてくる。かわいい、なんて口走ってしまったら果たしてどんな顔をするだろう。
 スッと美しく伸びる背骨を盗み見ながら、潮の香りのする方へ足を進める。地面を蹴る彼の低いヒールの音が心地よかった。
 お互いの足音がきれいに揃った頃、難しい顔をしてサボくんが口を開く。

「ナマエ頑張ってんだなぁ。休み、ほとんどないだろ?」
「それ、総長のあなたが言うの?」

 思わず、苦笑いをひとつ。
 私もサボくんと同じ革命軍のメンバーではあるが私の任務は、あくまで諜報だ。彼と違って、戦闘は任務に含まれていない。彼の任務について行ったことがないので詳しいことはわからないけど、任務内容のウエイトとしては向こうが重いと感じている。それなのに、私のことを忙しいと評価するなんて。
 本当は私だって幹部のみんなみたいに実際の革命にも立ち会えるような強さが欲しい。けれど、悲しいかな、私には戦闘センスというものが皆無といって良かった。それでも努力でカバーしようと奮闘し、何とか最低限自分の身を守ることくらいはできるが結局それが限界。逆に、人の影に隠れて裏で動き回るのは得意な方だったから、今は諜報部隊として初期段階の情報集めに奔走している。もちろんこれは革命軍にとって大事な仕事だって分かっている。でも、同じように育ったサボくんやコアラちゃんの活躍を見ていて、自分と比べたくならないというのは嘘になる。言葉にはしないが、何だか、仲良しの2人に置いていかれちゃうような。そんな焦りが常に心の奥底には沈んでいた。
サボくんやコアラちゃんがこうして昔と変わらず声をかけてくれるから、私はその痛みでいっぱいにならずに済むのだった。

「おれは平気だからいいんだ。それにしても、入れ違いになっちまうなんてなぁ、ルフィの話を聞いてもらおうと思ったのに」
「コアラちゃんは?」
「コアラには話しすぎて鬱陶しがられるんだ」
「そ、そう……。じゃあ、歩きながらルフィくんのこと聞かせて? 今回の任務でようやく会えたんだよね?」
「そうなんだ! アイツ、下手くそな変装でコロシアムにいてさ、」

§

 弟くんのことを、彼がいかに大切に思っているか。それについてはよく分かっていたつもりだけど予想の上をいく熱量だった。時折相槌を入れる私相手に、サボくんはずっとマシンガントークを披露する。いつもはここまで喋る人じゃないのに。ルフィくんが絡むとまるで別人だ。まぁ、人の嬉しそうな顔を見るのが好きな私にとって、話を聞くのは苦ではないけれど。

「っと、もう着いちまったなァ」

 近くの島へ渡るための船の前で立ち止まり、彼は少しバツの悪そうな顔をして頭をかいた。小麦色の豊かな髪が爽やかに踊る。ひどく硬そうな手袋をしていなかったら本物の王子様と言われても納得してしまうだろう。私にとって彼は、手の届かないところにいる太陽みたいに素敵な男の子でもあるから余計に。

「荷物ありがとう」
「どういたしまして」

 ニッとまたあの眩しい笑顔を浮かべるサボくんを見て、私にも笑顔が移った。ほんの数分だったけど、出発前に会えて良かった。任務頑張ろう。心の中で自分の頬を叩いて気合いを入れた。
 サボくんの左手から私の両手へ荷物が受け渡される。瞬間、お互いの左手がぶつかった。

「ん? ナマエ?」
「なぁに?」
「左手、なんかしてるのか?」
「あぁ、もしかしてこれかな? 今度の任務は旦那さんと一緒だからね」

 上手に膝で荷物を支えながら左手を見せると、息をのむ音がした。それ以外の反応がなくて私は頭をかしげる。総長? と、私が呼ぶより先に、彼は二人の間の荷物を地面に置き私の左手を捕まえた。サボくんの大きな力強い手が私の手と繋がっている。とんでもない事実に目が飛び出そうだった。ぽぽぽと熱が指先に集まる。これじゃあまるで私がメラメラの実の能力者だ。

「サボく……」
「お前これ! いったい誰に、」

 サボくんの言葉を遮る声がした。見上げると船の甲板から、今回ともに任務に就く後輩くんが急かすように手招きをしていた。その左手の薬指には、指輪が光っている。そして、同じものが私の指にも。
 打ちつける波の音に負けないよう大きく返事をして、サボくんに向き直ると彼は眉根を寄せていた。真っ暗の夜みたいなその瞳は、嵐の海と同じくらい深い。えも言われぬ威圧感に包まれてぶるりと背骨が震えた。

「式は」
「えっ?」
「式は挙げたのか?おれァ何も、聞いてねェけど」

 ……式?
 半拍置いて意味を理解した私は大慌てで首を振った。

「ち、違うよ! これは任務で! 今回の任務では新婚設定なの……。行き先が、実は一度しばらく私が滞在していたところだから、今回は新婚旅行で旦那様と一緒に……ってシナリオを描いてて。だからこの指輪もただの支給品だし……」

 その証拠に、指の付け根のシルバーは指に対し少しゆるい。歩くときには手を丸めていないと、そのまま抜けてしまいそうな有様だった。それを見せつければ、サボくんの手の力が弱まった。弁明があまりにも必死に聞こえたのかもしれない。サボくんは式のことを聞いただけだったのに、余計なことまで言っちゃったかも。いたたまれなくて、少しうつむいた。

「そうか。なら良かったよ」
「さ、サボくん!」

 軽く笑って手袋をとった彼は、私から指輪を引き抜いた。ダイレクトに伝わる体温がお互いの間で溶ける。細い細い血管から、私の心拍数がバレてしまわないか。そればかりが気になって額に汗がにじむ。それを嗤うかのように、冷たい潮風が前髪を揺らした。彼の呼び方が昔のそれに戻ってしまっていることにすら気付けない私はサボくんの次の動作に目をむくことしか出来なかった。

「ここは予約な。そんで、今度はおれの話も聞いてくれ」
「……え、は、話って、ルフィくんの話?」
「ハハ、馬鹿だな、違うよ。おれ自身の話。おれがどれだけナマエを好きかって話さ」

 本当はこんなの、つけ直してやりたくねェけど。と肩をすくめて。恭しく私の指にリングを返したサボくんはくるりと踵を返し、桟橋の向こうで大きく手を振る。私の悩みとか、弱さとか、息苦しさだとか。そういうものを軽々と飛び越える彼は、やはり“王子様”なんて優しい表現じゃ役不足だ。
 ずっと膿んでいた焦りが吹き飛ぶような、胸がすくような衝撃が体じゅうを駆けめぐる。指先に残る彼のくちびるの感触が信じられなくて抓った頬はジンジンと熱をもっていた。

back
top