貘さんと寂しがり

 突然貘さんと連絡がつかなくなって十日近くが経つ。クリスマスだの何だのと平和に賑わう世間を尻目に、私は腹を立てている。
 様々なギャンブラーに対戦相手のプロフィールやこれまでの戦績、勝負の傾向などのデータを切り売りして生計を立てていた私は、貘さんを探っている途中で目敏い彼に捕まえられた。コソコソ身辺をかぎ回っていたわけなので消されてもおかしくない状況だったけれど、貘さんが私の持っていた情報やその入手経路に価値を見出したおかげで今も元気に過ごせている。
 嘘喰いなんて大層な通り名を持つ稀代のギャンブラーである貘さんは思いのほか優しいひとで、私はいとも簡単に絆されていった。改めて考えても捕まったのが彼でラッキーだったと思う。酷いことは何もされなかったし、仕事に対しきちんと対価も払ってくれる。そして何より顔がタイプ。
 私はすっかり貘さんの虜。向こうも満更でもない様子でたくさん可愛がってもらえている自覚はあった。
 けれども、貘さんは別れの一言すらないまま忽然と姿を消した。長く滞在していたホテルは既にもぬけの殻。それを見てどれだけショックを受けたことか。
 梶くんやマルコがいない点や、どこかの島に卍が貼られたという噂話を鑑みるにきっと大掛かりなギャンブルをしているのだろうと察しはつく。しかし、連絡がつかない状況が続くにつれ、私のことも仲間に入れてくれたって良かったじゃないかと、そう思ってしまうのだった。
 だから私は怒っている。
 こうなったらもう、貘さんの情報だって周囲に切り売りしてやるんだから! 好きなAVのタイトルとかまで!

§

 正直、早まったなと思っている。
 貘さんの話を吹聴して回ったことにより、自然と彼の現状が明らかとなり始めていた。
 今回の卍決戦には帝国タワーで金を掻っ攫っていったアイデアルのボスや賭郎お屋形様が関わっていること。卍はプロトポロスをリアルに再現した島に貼られており、そこが無法地帯と化していたこと。恐らく、卍決戦の勝者がその後すぐに屋形越えに挑んでいること、など。
 周囲は正月やうるう秒などと数日前の出来事をいまだ話題にして穏やかに進んでいるが、私の心中はちっとも穏やかではなかった。貘さんならきっと勝っていると信じているので、その点の心配ではない。ただ、ろくでもない言い方だけど貘さんが帰ってきた時の私の身が心配だった。
 もしかしたら貘さんは、外部から私が自力でプロトポロスの場所に気づき何らかの支援をしてくれることを期待していたのかもしれない。それなのに私ときたら初動が遅かったどころか、置いていかれたショックでやけっぱちになり貘さんの情報を色んなところに売りまくった。これは怒られるどころの話じゃない予感がする。賭郎内部からのタレコミによるとお屋形様が入れ替わったとの話も既に入り始めているため、顔を合わせるのも時間の問題に思えた。
 そうだ。取り敢えず、逃げよう。
 貘さんのことは大好きだけど、だからこそその怖さもまた知っている。私は、彼らが居なくなった後も維持していたホテルの一室から荷物を抱え飛び出した。

「つーかまえたっ!」
「ギャーッ!」

 入り口の敷居を跨いで数歩。駆け足がトップスピードに乗るより先に、突如現れた白い影にぶつかった。しこたま打ちつけた鼻が痛い。
 見上げるとニコリと笑う貘さんの顔があった。少しやつれて見えるけれど、立って歩いているのだから問題はないのだろう。足があるし触れるので幽霊でもなさそう。
 間違いなく実体のある貘さんは私の背中に腕を回すとそのまま前進。モヤシの貘さん相手にも力負けする私は後ろ歩きでよたよたと後退。いつの間にかスられていたカードキーで解錠がなされ、逃亡生活はおよそ二秒で終わり部屋に逆戻りとなった。

「久しぶり」
「ば、貘さん……生きてたんだ」
「ちょっと、勝手に殺さないでよね。ところでさあ、俺の噂があることないこと流れてんだけど、どうしてか知ってる?」
「……何でだろう!」
「へぇ、俺に嘘吐くんだ」
「うぐ……」

 身体はとっくに解放されているのにすさまじい威圧感で逃げ出す算段はつかない。それどころか、全部知ってるぞと言わんばかりの微笑みを向けられてサーッと血の気が引いていく。
 貘さんにとって面白くないことを私がしたのはこれで二度目。仏の顔は三度までらしいけど、死神は何度まで許してくれるだろう。
 焦って言葉を失い、ぐるぐる目を回す私へ向かって貘さんが腕を伸ばした。肩を震わせキツく目を瞑る。
 しかし、彼の細い指はひどく優しく私の頬を摘むのだった。

「俺がいなくて寂しかった?」

 そろりと瞼をあげる。青い瞳が海のように光って、怒ってないよと言っているみたいだった。肩の力が抜ける。

「うん。……ごめんなさい」
「正直に謝ったから許してあげる。逃げてたら捕まえたあと閉じ込めちゃうつもりだったけど」
「えっ」
「冗談だよ」

 頬を引き攣らせ縮み上がる私を、貘さんはもう一度腕の中にすっぽり収めた。全身を包み込んだいい香りにえも言われぬ懐かしさを感じる。会えなかったと言ってもたった一ヶ月足らずだったのに。私は自分で思っているよりずっと寂しがりだったみたい。
 さっきの発言が本当に冗談かどうかを確かめるすべは持ち合わせないが、まあ、どっちでも良いか。麻薬のような中毒性を持つ人に振り回されることすら嬉しくて、自ずと思考力が落ちていく。

「こっちにも事情がいろいろあったんだけど、それはそれとして寂しい思いさせてごめんね」
「えっ! すごい、まるで貘さんが私のこと大事に想ってるみたい!」
「みたい、じゃないんだけど……」

 その答えが本当か嘘かもやっぱり分からないけれど、今この瞬間が私にとって幸せであることだけは本当だった。

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