エイプリルフール
携帯が大音量で鳴る。折角の休みにアラームを切り忘れてたなんて。はやく消して二度寝と洒落込むべく、寝ぼけ眼で携帯を操作する。
そんな状態だったものだから、薄目でぼやける液晶に同級生の名前を見とめた時には既にスワイプする指を止められなかった。
スピーカーから、軽快な声が私を揺り起こす。
「おはよう!もしかしてまーだ寝とったん?練習試合、始まってまうで〜」
……そんな馬鹿な。
§
我ながらびっくりするほどの速さで身支度を済ませ市営コートにたどり着いたが、実はここに来る途中で、薄々勘付いていた。できれば当たって欲しくないと願った予想は見事的中。練習試合と言われたはずのテニスコートには種ヶ島の姿しかない。
「お! えらい早いやん」
「……練習試合は?」
「今日は何日やと思う?」
「四月……一日……帰るわ」
それもそのはず。そそっかしい自覚はあるけれど、私だって曲がりなりにも人の世話をするマネージャー。冷静に考えて、練習試合の日とオフを間違うわけがない。
エイプリルフールのことなんてすっかり頭から抜け落ちていた。まさかこんな仕打ちを受けるとは夢にも思わなかったから。
「まあまあ」
勢い良く回れ右した私の進行方向に素早く回り込み壁を作るこの男に、すっかり騙されてしまったらしい。しょうもなさすぎる。嘘をついた種ヶ島も、それに騙された私も。
気持ちを込めた深いため息を披露したが、そんなのをものともせず種ヶ島は爽やかな笑みを浮かべた。こういう顔の時は大抵、碌でもないことを言うに決まってる。
「折角やし俺とテニスしよや」
「……あのねえ、私は日本代表選手とお手合わせできるレベルじゃないんだけど」
「ええからええから」
そう言って種ヶ島は私にラケットを握らせる。種ヶ島のスペアだからグリップは私の手には太いし、ガットの種類もテンションも合ってないだろう。中学でテニス部を引退してからも友達と軽く打ったりはしているが、こんな状態であの種ヶ島修二の練習相手など務まるわけがない。
だというのに、種ヶ島はボールを手にネットの向こう側へ行き「行くで〜!」と能天気な声を響かせた。
こちらが返事をする間もなく、この上なく打ちやすい球が飛んでくる。ムカつくけれど、流石だ。素直にラケットを振れば、ボールも素直に弧を描いた。
ヒュウと囃し立てた彼は嬉しそうにそれを追いかける。毎日毎日テニスに明け暮れているはずなのに常に楽しめ続けられるところが一番の才能なのかもしれない。
種ヶ島の返球はやはり、球出しみたいに正確で打ちやすかった。
「ゲームセット、ウォンバイ俺!」
おちゃらけた様子の種ヶ島に返す言葉もなくベンチに深く腰掛けた。
軽いラリーだけでは済まされず、なし崩しに試合が始まり、あれよあれよという間に1-6のスコアがついた。明らかに忖度を感じるショットが何本もあったのにこの差である。
しかもベンチで燃え尽きている私をよそに種ヶ島は軽く汗を拭うばかりでまだまだ体力に余裕がありそうだった。
「やっぱ時間の無駄じゃない? 練習にもなんなかったでしょ」
「卑屈やなぁ。全然無駄やないて」
「なんで?」
「好きなスポーツを好きな子としてんねんから、むしろ楽しくてたまらんわ」
隣に座ってわざわざ目線を合わせた種ヶ島が嘯いた。試合中くらいしか見られない真面目な表情をキープ。いやそれ逆効果だからね。
「あっそ。良かったね」
「今のはドキッとするとこなんやけど」
「エイプリルフールで人を騙しといて、舌の根も乾かぬうちにアンタはさあ……」
「いやいや、ほんまに!」
「はいはい」
今日が何日かを教えてくれた奴が今更何を言おうと、信憑性などない。
顔を覆ってぶつくさ呻く日本代表サマを尻目に、私は気合を入れて立ち上がる。
「なあ、エイプリルフールやけど本当の本当に、俺今日ナマエにしか電話してへんよ。自分に会いたかったから」
眉を八の字にした種ヶ島が、すがるように見上げてくる。この態度もどうせ全部計算尽くに違いない。
なんせ今日はエイプリルフール。そんなことは分かっている。……分かっているけれど。
「……はいはい。じゃあ折角だし、もうちょっと付き合ってよ」
「よっしゃ、任せとき!」
座面に立てかけていたラケットを二人して手に取った。明日はきっと筋肉痛だ。
疲れた身体に鞭打ってもう一汗かく気になった私は、多分このしょうもない男に絆されている。