逆立ちしたって勝てっこないよ

「じゃんけんぽん!」

 私はパー。修二はチョキ。
 不意にじゃんけんを仕掛けると、手の形を作りやすいグーを出しやすくなる。そう調べて挑んだのに、負けたのは急にじゃんけんを始めた私の方だった。
 意味が分かってないはずの修二はひとまず、あっち向いて……と言葉を続け自分の土俵に私を引き摺り込もうとしたが、向けられた彼の指を掴むことでそれを阻止。

「じゃんけん……」

 負けたくせに何事もなかったかのように再度じゃんけんを挑むと、修二はキョトンとしながらも付き合ってくれた。ぽん、ぽん、ぽん。負け、あいこ、負け。何回やり直しても文句ひとつ言わないノリの良さが好き。これが私だけに向けられたら良いのにと思っているのは秘密。
 ボロボロの戦績を重ねていき、五回目でようやく私の勝ち。手はグー。

「ぐ、り、こ」

 言いながら歩道橋の階段を登れば、修二はようやく合点がいったようだった。周囲に人が居ないのを良いことに、私たちのお遊びは続く。
 勝ち負けを繰り返しながら、意外にも私がリード。そろそろ頃合いだろうか。
 少し緊張しつつ掛け声に合わせて出したチョキで私の勝ち。本来であれば“チョコレート”の六段を駆け上るのだが、チョキでこのゲームに勝ったらやりたいことがあった。そもそも、このために勝負を仕掛けたのだから。

「おーい、進まんの?」
「ち……ちょっとさびしい。最近。……なんちゃって」

 ちょっとさびしい、で八段分。歩道橋の下を走る車の音に負けないようヤケクソに声を上げ進むと、頂上まであと一歩になった。振り返って修二の顔を見るのが、怖い。

§

 修二の登校は実に数ヶ月ぶりにも関わらず、明日にはまたテニスの強化合宿にとんぼ返りするらしい。テニスの日本代表ともなると、生活サイクルが学生というよりはテニス選手みたいだ。
 カレンダー上だけでなく気温も秋めいてきた最近は、学校の方はすっかり文化祭モード。生徒達はこぞってその準備に奔走しているが、文化祭当日の欠席が決まっている修二に大きな仕事を任せるわけにもいかないので、今日は仕方なしに備品の買い出しが割り振られた。
 私たちの関係を知った上で、気を利かせてくれたクラスメイトが荷物持ち要員として指名してくれたおかげで、こうして私が付いてきている。
 道中久々に顔を突き合わせてくだらない会話ができたのは良かった。けれども、一歩また一歩と学校が近づくにつれて、またしばらく会えなくなるのかという焦りにも似た気持ちが大きくなる。
 だから、言っても困らせるだけなのに、寂しいと伝えたくなったのだ。
 もちろん、合宿に行かないでと言うつもりはない。ただ、寂しがっている私のこともどこか心の隅に置いてくれたらと願ってしまう。

§

 口に出してみて再確認できたが、やはり今のはちょっと重い女すぎた。結局怖気付いて「なんちゃって」と付け加えたから、このまま何食わぬ顔で勝負を再開すれば誤魔化せるかもしれないのに、そうできない。むしろ振り向かず走り去りたいほどだった。

「じゃんけん……」

 不意に、後ろから朗らかな声がした。咄嗟に振り向き、私が出した手はグー。修二はもちろんパー。お互いの距離が六歩分ぐんと近づく。長い脚で段差を駆け上る彼は困ってもいなければ怒ってもおらず、ひたすら楽しそうだった。
 その後のじゃんけんは、あいこも無しに修二が連勝。今までの勝負には忖度があったかもしれない。そう思っているうちに立場は逆転し、一段上に立つ彼を見上げる羽目になった。
 秋特有の澄んだ日差しに目を眇めると、修二が私に手を差し伸べた。

「寂しないよう手繋いどこか」

 勝負が始まる前は両手に持っていたビニール袋が、今は右手にまとめて握られている。そんなヤワな鍛え方をしていないのは百も承知だけれど、なんだか私のやることなすことが修二の負担になっているように見えた。

「……」
「どしたん?」
「さっきの、やっぱナシ。面倒くさいこと言った。ごめん」

 エスコートをやんわり断るように首を振って、最後の段差を自力で登る。ついでに「袋ひとつ持つよ」と彼の右手に手を伸ばした。

「袋はええから俺の手持っといて!」
「……なんで嬉しそうなの」

 私の意地は躱され、いとも簡単にお互いの指が絡んだ。体温を分け合っていると少しだけ焦燥感が和らぐ。すれ違う人たちに笑われるのも構わず、修二はにんまり笑って繋いだ手を大袈裟に振る。

「だって寂しいって、めっちゃ俺のこと好きってことやん?そら嬉しいやろ」

 こちらを覗き込むように首を傾げたかと思うと、愛おしそうに目が細められた。これは多分、恋人の私だけが見れる表情。
 特別扱いという事実、そして何より彼のとびきり前向きな思考回路が、私の卑屈さを一瞬で吹き飛ばした。
 そういう考え方をしてくれるのか、この人は。感心のあまり言葉を継げずにいると、修二はハッとして眉を下げる。

「もちろん寂しい思いさせとんのはホンマ悪い思てるよ。代わりにいっぱい連絡するからそこは許してや」
「修二ってすごいなぁ……」
「好きな子のためなら、そんくらいお安いご用やで☆」

 タイミングを逸した私の感想が、奇跡的に修二の意見と噛み合ってしまい会話が繋がった。訂正するほどでもないし、何よりその気持ちが嬉しかったので素直に頷いておく。
 あぁ、まったく。最初からただ好きって言うだけで良かったのに無駄な緊張を味わった。学校まではあと少し。すっかり気が抜けドッと疲れが押し寄せているが、足取りは軽い。早く戻ろう。
 そう思って歩みを進めるのだが、数歩も進まないうちに修二が私を引っ張った。

「修二?」
「またしばらく会えへんし、遠回りして帰ろ」
「ええ?ダメ。サボりって言って怒られるもん」

 ただでさえここまで牛のような歩みで来たのだ。本来であれば既に学校に着いていてもおかしくない。いくらクラスメイト達がゆっくりしておいでと耳打ちしてくれたとは言え、気が引けた。
 ほら、帰ろう。しかし、繋いだ手で綱引きをしたって鍛え方が違う。もちろん向こうはびくともしない。それどころか余裕綽々の声がした。

「意見が割れたなぁ。ほんなら、これで決めるしかあらへんな」
「え?」

 手が離される。
 はずみで足踏みした私の背後で高らかにカウントダウンが始まる。

「じゃんけん……」

 すぐさま振り返ると、修二の手は既にパーを形作り私の選択を待っていた。勝てるもんなら勝ってみ?と挑戦的な瞳が物語っている。
 コンマ数秒の逡巡の後、私は開いていた手のひらを握りしめた。

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