1.

 自分の目に映るものを何より信じている。


 年中無休、24時間営業の裏カジノであるが、少なくとも私のシフトは夜間に集中している。ディーラーとして働くには、金の動きの激しい時間帯が一番楽しいからだ。
 本日の業務を終えテーブルを離れ、バックヤードへ向かっていたタイミングでオーナーに手招きされた。特に急ぎの用事はないし断る理由もないので雇用主の望むまま近寄ると、その隣には見慣れない男が一人。
 白いスーツにウェーブのかかった銀髪。長い手足に整った顔立ちをしている。ホストだろうか。オーナーの趣味で入れられた安っぽいシャンデリアの光を受け、店内に目を走らせていた。
 最後に、片眉を上げた私へ視線を戻した男は唇に美しい弧を描く。

「どーもっ」
「あ、はい」

 浅く頭を下げ挨拶を済ますと、オーナーは焦れたように話し始めた。なんでも、この男とギャンブルをするのだという。

「オーナーが直々に?」
「そうだ。君にはイカサマのジャッジを頼みたくてね」
「ディーラーをやれ、と?」
「いや。ゲームが始まってからのイカサマの有無をジャッジしてくれるだけで良い。いくら公平にすると言えど君はウチの人間だから、全てを任せようものなら彼も警戒するだろう」
「はあ」

 判定を任せるのは構わないのか。黙って立っているホスト然とした男にチラと目を向ける。特に異議も立てない彼は、私のことを何と説明されているのだろうか。
 視線に気づいた彼は、異国の地を思わせる碧い目を眇めた。

「ん? ああ、心配しないでよ。俺からあんたに特別手当ぐらい出すし」
「堂々と買収ですか?」
「違う違う。どーせ俺が勝つってこと」

 そう言って強気に笑う。随分な自信家だ。内心呆れた私はまた曖昧に頷いて、降ってわいた追加業務を引き受けた。
 勝負内容はカジノらしくブラックジャック。カジノらしくと言ったってうちで扱っているテーブルゲームはバカラとルーレットくらいのものだろうと思ったが必要のない言及なので黙っておく。
 急遽空けたバカラ用のテーブルに二人が着いた。カードはプレイヤーの二人が交互に切り、私がカードシューターに収め、発端も判らない勝負が始まる。
 周囲には野次馬が集まり始めていた。ギャンブル中毒たちにとってはこの勝敗すら一つのゲームになる。元気なことだ。
 取り澄ました顔でオーナーが先行を相手に譲った。悪意かもしれないその親切を素直に受け取った客がシューターに手を伸ばす。
 カードが引き抜かれた瞬間、私はその手を掴み、止めた。

「お客様、セカンドディールはおやめください」

 キョトンとした男はわざとらしく首を傾げた。

「何の話かな〜?」
「見たままを申し上げているだけですが」
「またまたぁ! 良く考えてよ。ブラックジャックするのにセカンドディールの意味ないでしょ」
「私に与えられた役目はイカサマの意味を考えることではなく、イカサマを見つけることですから」

 そこまで言うと、彼は肩をすくめてカードを手放した。
 背後に控えていた黒服が違反者をつまみ出そうと息まいたが、それを手で制し雇用主の判断を仰ぐ。
 結局、イカサマが発覚したターンの賭け金は没収扱いになり、ギャンブルは続行することとなった。時計のない店内で、卓はどんどん注目を集めていった。
 お互いの勝敗数に大きな差はないはずだが、勝ち金は圧倒的に客の優勢。やがてオーナーの貧乏ゆすりが始まった。忙しない振動を感じながらも、相手は涼しい顔を崩さない。
 ふと、オーナーが私の視線を確認するかのようにこちらを盗み見た。残念ながらその動作は見えている。そして、ジャケットの袖から覗く一枚のトランプも。

「オーナー」

 即座に咎めれば、彼はテーブルの足を蹴った。驚くほどギャンブルに向いていない人だ。否、ゲーム中の相手客のお喋りが必要以上にこの人を苛立たせたのだろう。そして、その声に吸い寄せられた人の目も彼にとってはストレスだったに違いなかった。
 大したものだなと思う。
 今となっては、勝負が始まる前の自信満々な態度にも納得がいった。場の掌握に長けている。きっと、ギャンブラーとしての格が違うのだ。
 しかし、このまま勝ち逃げするのはあまり賢くないことに思えた。賭け事には時として暴力がつきまとうし、残念ながらここは相手にとっては完全にアウェー。連れがいるならまだしも、単身である。暴力に頼りちゃぶ台をひっくり返されてもおかしくはない。
 どうする気かなと勝負の行く末を見守っていると、男は音もなくシューターからカードを引く。中指が微かに一度震えた。

「……お客様」
「ハ〜、ほんっと目敏いね」

 降参と言わんばかりに男は両手を上げた。そして面白そうに笑い、内ポケットから取り出したカリ梅を口に放り込んでいる。
 そう、彼はまた、先頭ではなく二枚目のカードを引いたのだった。
 これが最後の勝負だと言って、これまでよりうんと多く提示されていた賭け金がオーナーの手元に移る。最終的に客側が260万を得たことになるが、この程度ならばオーナーも引き下がれる範囲内だ。
 たぶん、最後のは見破られる前提で行われたイカサマだった。私の行動は公平に違いないのだが、これは意図せずして銀髪に操られたのと同じこと。
 二人の勝負を見守りながら私的な賭けに興じていた野次馬たちの歓喜そして落胆の声がそこかしこで湧き上がる。それを背中に聞きつつ、簡単な挨拶をした私は足早に裏へ引っ込んだ。ああ、悔しい。
 私の挙動も、あの男にとってギャンブルの要素の一つになっていた。今回引き受けたのはあくまでジャッジだが、それでもディーラーという場を仕切る立場の職種である私は掌の上で良いように転がされたのが不本意極まりなかった。
 ぶすくれたまま帰り支度を済ませ店を出ると、ビルの入り口近くに寄りかかっていた人影が「やあ」と馴れ馴れしく近寄ってきた。肩にかけているバッグには260万円の重みがあることだろう。
 残業のおかげでもう空の裾には温度があった。いい加減帰りたい。

「何か?」
「いやー、噂には聞いてたけどすごいね。俺、結構上手にカード引いたと思うんだけど」
「ええそうですね、お上手でしたよ。それじゃ」
「目が良い、のかなあ?」

 顔を覗き込むようにして進行方向を塞がれた。疑問形のイントネーションだが、力強い瞳には確信の色が浮かんでいる。
 面倒くさい。そう思いつつ、隠しているわけでもないのでおざなりに頷いた。

「多分そうなんでしょうね。検査したことがあるわけでもないので、他の人とどう違うのかは今ひとつ判りませんが」

 そう。私は、自分の目に映るものを何より信じている。物心ついた頃からずっと。この目は見たいもの、見るべきものを決して見逃さないからだ。

「なるほどね」
「ご満足いただけました? それでは」

 目の前の喋る障害物を追い越し、今度こそ帰路につく。後ろから追いかけてくる「じゃあ今度連絡するよ」なんて声に、背を向けたまま舌を出した。
 アホか、連絡先なんて知らねーだろ。

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