ほらまた好きが募る

※テニラビネタ

 この冬はいつになく静かだった。というのも、私の世界の半分以上を占めているであろう幼馴染が三人揃って部活の合宿に行ってしまったからだ。なんと今回は国の代表候補に選ばれたらしく、合宿はもう数ヶ月にも及んでいる。私はいつも通りの時間に目覚ましを止めて起き上がるが、近所に住む慈郎を起こして朝練へ(間に合わなさそうな場合は学校に間に合うように)送り出すというタスクを失ってしまったため、この冬休みの間に二度寝が得意になった。早起きついでにどこかに出掛けるにしても、一人じゃどうにも張り合いがない。私だけ一足先に高校生になったから、四人で顔を合わせる頻度は減りつつあるとはいえ、物心ついた頃からずっとあの三人と過ごしてきた。だから、急に三人ともいなくなってしまうと、妙に寂しいものである。
 それにしても、全国大会が終わったかと思えば今度は国の代表候補だなんて。凄いなぁと誇らしく思うとともに、早く帰って来ないかなと寒空を見上げてしまう私は、とんだ甘ったれである。
 亮ママの話によれば合宿はまだまだ続くようで、彼らはお正月にも帰ってこないらしい。合宿所はそんなに遠いのだろうか。彼らが出発して間もない頃に、合宿所はどこにあるのかと聞いてみたことがあるけれど、慈郎からは「山を一つ越えたところまでは起きてたんだけどね〜」と間延びした返事があっただけだったことを思い出す。
 ほんと、あんな感じで大丈夫なのかな。慈郎相手になると何だかお節介焼きになりがちな私は、寝坊助の近況を聞くたびこっそり気を揉んでいる。

 そんな心配な幼なじみからメッセージが届いたのは、ちょうど日付を跨いだ頃だった。表示された名前と、時計。視線を三往復させた私は、何かの間違いではないかと心底驚いた。が、立て続けに受診した亮と岳人からの連絡を見るに、今のは本当に慈郎が送ったものらしい。
 彼がこんな時間まで起きているなんて、初めてなのではないだろうか。しかも、今日はこのままみんなで初日の出を見に行くそうだ。何それ! 初日の出なんて、私とも見に行ったことないのに! 羨ましさにむくれる私は、みかんを口に放り込む。
 一日十二時間くらい寝ないと耐えられないなんて豪語していたくせに、まさか合宿で矯正プログラムでも組んでもらったのだろうか。だとしたら十年以上に及ぶ「慈郎を起こす係」がお役御免になるかもしれない。なんだかそれは、ひどくつまらない気がした。


§


 好きな子は誰だとか言い出したのはやっぱり忍足だったけど、話の意図を取り違えた俺は「みんな好き」と答えて宍戸に呆れられてしまった。それからすぐにふわふわの眠気がやって来たから、みんなの声を聞きながら耐えかねて瞼を下ろした。夜更かしできるっていうのは、俺からしてみたらマジでスッゲーことだと思う。
 脳みその半分だけで寝るイメージでうつらうつらする中、忍足が他の二人の話を掘り下げている。女の子とそういう関係になるとか、考えたことなかったから新鮮だ。みんなそれぞれ好みって違うんだなあ。俺だったら、そうだなあ……。明るくって、一緒にいて楽しい子が良いかな。そう考えたところで、脳裏に声が響いた。

──おはよう慈郎。朝だよ、起きて。今日も部活でしょ?

 もはや俺の目覚ましのような存在の声は爽やかに駆け抜ける。驚いた俺はハッと目を開けたんだけど、談話室にはもちろんナマエの姿はない。
 さっき送ったメッセージには『明けましておめでとう。今年もよろしく。テニス頑張ってね』といつもより少しそっけない返事が届いていた。ナマエが寂しがってるって話は母ちゃんから聞いてるし、そのせいだなと予想はついている。
 寂しいって、そんなの俺だって同じなのに。毎朝全力で俺を起こしてくれる岳人と丸井くんには悪いけど、やっぱりナマエの声じゃないと頭がシャキッとしないんだ。岳人は呆れ顔を浮かべて「お前なあ、いくら幼馴染つったってアイツはずーっとお前の側にいるわけじゃないだろ」と肩をすくめてたっけ。俺はそれがなんとなく想像できなくて寝たフリをしたんだけど、今になって考えてみると、あっと思うところがある。
 ナマエが俺の側からいなくなるのは想像できないし、何より嫌だ。これって、もしかしなくても忍足が言い出したのと同じ意味の「好き」なんじゃない?
 そう考えると、「好き」が胸にストンと落ちた。俺の「好き」は想像していたよりずっと穏やかで、心地良いものだったみたいだ。


 生まれて初めて見た初日の出はスッゲー綺麗で、俺の頑固な眠気を軽々と吹き飛ばした。眩しい輝きがじわじわと登っていく様を見ながら、この光景をあいつにも見せてやりたいと思った。
 よくよく考えると、俺はいつもそうだった。綺麗なものはナマエと一緒に見たい。美味しいものは二人で分け合いたい。話を聞いて欲しいし、聞かせて欲しいんだ。
 気付くと同時に加速した感情は、一人で抱えきるには大きすぎる。考えるより先に行動に移してしまいがちな俺は、いつの間にか通話ボタンを押していた。電話口から、もしもし? と少し掠れた声がした。

「寝てた?」
「うん。慈郎は起きれてたの?」
「途中ちょっと危なかったけど、初日の出は見れたC!」
「ふぅん、すごいじゃん。慈郎を起こすって私の仕事は終わりかなあ」

 すっげー寂しげな声だった。俺はびっくりして、向こうに見えるわけでもないのにブンブン首を横に振る。こっちは今さっき自分の気持ちに気づいたばっかなのに。始まる前に終わっちゃうなんてジョーダンきついだろ。

「ううん! ずっと起こしてよ。俺はナマエに起こしてもらうのが1番嬉C〜よ」
「ずっと?」
「そう、ずっと! 俺、ナマエのことが好きって分かったから、終わりだなんて言わないで欲しい。今年は無理でも、来年は二人で初日の出見て、初詣だって行こう! 今日見た初日の出スッゲー綺麗だったからさ、ナマエと一緒に見れたらさらに最高だよな」
「え、それってどういう」
「あ! そういやさっき岳人がスゲー良い写真撮ってくれたから送る! そんじゃ、またね!」

 久々に大好きな声を聞いたら元気が出た。この合宿を目一杯楽しんで、帰ったら面白い土産話をたくさん聞いてもらおうと思う。

§

 一方的に電話を切られたナマエが、目を白黒させていることも知らない慈郎は貰った写真の選別に勤しんでいる。一部始終を目撃していた跡部は、慈郎の無茶苦茶なアプローチに舌を巻いた。

「今のは……」
「相手はたぶん、俺たちの幼馴染みだろうな」

 腕を組んだ岳人が跡部の独り言を拾った。隣で宍戸も深く頷いている。

「めちゃくちゃじゃねーの。向こうにも選ぶ権利はあるだろう」
「そりゃそうだけどよ。ま、選択肢に慈郎が入ってる限り、あいつの答えは決まってるようなモンだぜ」
「ナマエの弱点は、慈郎だからな」

 顔を見合わせて呆れたように二人は笑い合う。それに気づいた慈郎が能天気な顔をして、「なんの話?」と駆け寄ってきた。
 氷帝学園のテニス部は実力主義の厳しい環境下にある。それ故、部員の浮ついた話を聞いたのは初めてだった跡部だが、まさかそれがよりによって慈郎だとは思いもしなかった。
 とんでもない曲者だな、こいつは。少し低い位置にある癖毛を撫で回すと、されるがままの慈郎は楽しそうな笑い声を上げたのだった。

tittle by 水星

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