平行線の真ん中で

 握力計の針がぐるんと回る。上限まで一気に上り詰め仕方なく停止したそれは、可能であればもう二周くらい回りかねない軽やかさだった。

「え、待って!」
「あ?」

 反射的に声を上げ、ダラダラと体力測定に取り組む友人たちの輪から飛び出した私は、涼しい顔の平等院くんに思わず詰め寄った。学校で一匹狼を貫く彼は当然、棘のある声を出して眉をひそめる。到底十代とは思えない威圧感を醸し出しているが、私たちは紛れもなく同級生なのだから不必要にかしこまるのも変な話だろう。それに何より、あり得ない数値を叩き出す握力計が気になって仕方がない。
 明らかに会話を歓迎していない平等院くんの様子をスルーして、彼の手元を指差した。

「測定器壊れてるよね?」
「壊れてねえ」
「いやいや。貸して」

 目盛りの一番端、つまり100kgを指し示す針を原点まで戻し、今度は私が測定器を握りしめた。うんと渾身の力をこめて数秒キープ。きっと今度も針はぐるんと回ったに違いない。そう思いながら確認すると、針はピッタリ15kgを指していた。そんな馬鹿な。さっき測ったばかりの自分の記録と寸分違わぬ結果じゃないか。
 それなら、平等院くんは本当に100キロの握力ってこと?
 呆気に取られる私をよそに彼は神妙な顔で腕組みをした。

「……壊れてるようだな」
「壊れてないよ!」
「馬鹿言え。利き手で15キロじゃ生活できるわけねえだろうが」
「できとるわ」

 半ばズッコケながら答えると、今度は容赦なく憐れむような視線を向けられる。威圧感が無くなった代わりに失礼度が増しているのではなかろうか。
 それをひしひしと感じ、私の悪いところが出てしまう。好き勝手言われると何とかして対抗したくなるのだった。

「私からしてみれば平等院くんの方が生活できないと思うけどね。握力ありすぎて全てを壊すじゃん」
「力加減くらいできる」
「どうだか」
「フン、試してみるか?」

 売り言葉に買い言葉とでも言ったら良いのか。おそらく冗談のつもりで放たれたであろうその挑発で、さらに火がついた。
 このあたりで一番脆そうな物を逡巡した結果、私は握手を求めるように自分の手を差し出した。平等院くんは驚くでもなく、さも当然といった様子で私の手を取った。大きくて、ぬくい。
 初めは添えられるだけだった厚い手のひらにだんだん力が込められていき、メーターが上がるようにじりじり緊張がくすぶる。人の手はどのくらいの圧に耐えられるのだろう。とんだチキンレースになった。そう後悔しこそすれ、先に引くのは負けた気がして嫌だ。
 すっかり意固地になったまま来たる痛みに備え奥歯を噛み締めていると、平等院くんは先の握力計測時と変わらぬ涼しい顔で適切に繋いだ手を軽く振った。
 全く問題のないハンドシェイクの末、手が離れる。骨の軋みどころか、これっぽっちの痛みもない。
 強張った顔がおかしかったのだろう。彼は私を一瞥し鼻で笑った。

「試合前後の挨拶は握手だ。握りつぶすわけなかろう」

 試合と呼ばれたものがテニスを指すことは説明がなくても分かる。なんせ彼はその界隈の有名人なのだから。
 テニスの話をするときだけ、学校でいつもつまらなそうにしている彼の目に力がこもるのを、私はこのとき初めて知った。

「……私が悪うございました」
「馬鹿にされたのが不快だったんなら、せいぜい鍛えるんだな」

 しょうもない対抗意識が急速に萎む。素直に非を認めれば、至極真っ当な捨て台詞を残しもう話はないと言わんばかりに彼は背を向けて去って行く。
 ひとり取り残された私の心臓は、いまだにバクバクと音を立てている。これは絶対に吊り橋効果ってやつだ。そんなの分かりきっているのに、馬鹿な私は平等院くんの後ろ姿から目が離せなくなっていた。

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