サンキュークレイジー

「ジロー、ジロー!」

 授業が終わってもなお眠りこけている隣の席の慈郎を指でつつく。慈郎はむにゃむにゃと意味を持たないうわごとを繰り返している。彼の幼馴染たちは「硬いモンで殴っときゃ起きるぜ」なんて笑っていたが、曲がりなりにも好きな相手に手をあげるのは気が引けた。
 私が慈郎を起こすため躍起になっているのを尻目に、クラスメイトの女子たちは彼の机にお菓子を積んで去っていく。瞬く間に、ムースポッキーや手作りチョコの山の完成だ。心なしかあたり一面が甘い香りに包まれた気がする。
 慈郎が身じろぎをしたのを合図に、その山が崩れかけた。慌ててそれを抑え防ぐと、ようやく彼が重いまぶたをあげた。まだ半分寝ているようで、瞳は焦点が合っていない。授業中によく見る表情だ。放っておくとすぐに二度寝を始めてしまうことだろう。

「ジロー、起きて!ほら、部活始まっちゃうし、これ崩れちゃうし!」

 早口にまくし立てると、“部活”という単語に大きく反応した彼は優れた反射神経で私の腕からこぼれ落ちかけた箱をキャッチし、その後不安定なお菓子の包みをいくつか引き抜いた。お菓子の山は低くなり、そのほとんどは慈郎のごちゃついた鞄へ押し込まれていく。

「もう大丈夫だC」

 すっかり目の覚めた顔で慈郎は歯を見せて笑う。お日様のようにあたたかい笑みは私の心を幸せな気持ちでいっぱいにしてくれた。ここ数日の寒さを忘れさせてくれるほどだ。彼の瞳に自分が映っている事実が嬉しくてむず痒くて、私はへにゃりと笑い返した。

「おはよう」
「おはよー。もしかしてまた何回も起こしてくれてた?ごめんねぇ、俺眠くって……」
「ううん、大丈夫だよ。それよりもはい、これあげる。今日はたくさん貰ってるだろうけど、ジローの好きなムースポッキー」

 自分の鞄からコンビニでも買える慈郎の好物を取り出して渡す。
 本当は手作りお菓子を本命として渡すつもりで練習を重ねていたのだが、不運にも本番の昨夜に限って失敗してしまったのだ。流石にその場しのぎの既製品、しかも明らかに今朝買ったとバレバレのものを本命と告げるわけにもいかず私は今年も慈郎との関係を変えられないことになりそうだ。

 慈郎はそれをおずおずと受け取り、少し難しい顔をした。慈郎から笑顔が消えてしまったことに私はドキリと胸を跳ねさせる。

「んー?これってバレンタインじゃないよね?」
「えっ、そのつもりだったんだけど……ダメだった?」

 慈郎が貰うお菓子に嬉しそうな顔をしないのは珍しいことだ。少なくとも私はそんな彼を初めて見た。眉を下げて首を傾けると、彼は目を閉じ自分の眉間に指を当ててうーんと唸り声を上げる。
 気づけば教室は私たち二人だけになっていた。このあと部活がある慈郎をこれ以上引き止めてしまうと、私が跡部に怒られてしまう。
 困り果て、言葉も続けられずにいると慈郎は苦笑いを浮かべながら朝から寝癖がついたまになっている頭をかいた。

「ダメって言うか、ここ最近ナマエずっと甘い匂いさせてたから俺に手作りの本命くれるのかと思ってたんだけど……」
「えっ!」

 口元をおさえて絶句。
 ここ最近、生まれて初めてのお菓子作りをしていたということは親友にさえ話していないというのに匂いだけで気づいたと言うのか。信じられない。サプライズするどころか、逆に驚かされてしまっている。
 私は先ほどから続く想定外たちにくるくる目を回し慌てふためく。慈郎は私の視線を捉えにっこり笑った。

「当たりっしょ?」
「なんで……」
「本命貰えたらさ、ナマエに俺も好きだって言うつもりだったんだけど」
「えぇっ!?」

 目を丸くする私を見て、慈郎はしたり顔。まるでイタズラが成功した子どもだ。
 彼の言葉を聞いて急激に熱をもち始めた手のひらを擦り合わせる。どうすればいいか分からず目を伏せれば、それと同時に手を掬われた。跳ねるように視線をあげると、やはり笑った慈郎がこちらを覗き込んでいる。

「ねぇ、俺の推理どう思う?」
「……明日本命持ってきたら……もらってくれる?今日のは失敗しちゃったの……」
「もちろん!」

 内緒話のトーンで告げると、慈郎は大きく頷き私を抱きしめた。チョコだとか告白だとかハグだとか、もう順番がめちゃくちゃだ。慈郎からは想像通りお日様の匂いがした。いつもなら落ち着く匂いのはずなのに、彼のふわふわした髪が首筋に触れているからか脈がおかしくなっている。
 慈郎の「やっと捕まえたC!」という呟きが聞こえる。とんでもない相手に引っかかってしまったのかもしれない。けれども、私は今とってもあたたかい気持ちだった。

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