口説き文句の七拍子

※うそから出たなんとやら の番外編ですが単体でも読めます

 いつもより少し遅れて私を迎えにきた仁王は、中身の詰まった紙袋を持っていた。
 男女ともにそわそわと浮き足立つバレンタイン当日の今日、校内は甘い香りと雰囲気に包まれていた。例外を認めない風紀委員にチョコを見つからないよう気を配る人もいれば、わざと没収されることで意中の相手にそれを届けようとする強かな人だっていた。
 中でも立海のテニス部は人気者揃いの集団といっても過言ではなく、部室前には部員宛のチョコを入れるための箱が事前に用意されている。なんでもそれには流石の風紀委員も手を出さないらしい。
 そのテニス部の一員である仁王は、甘いものがさほど好きではないためか1日を終えて疲れたような表情をしていた。それでも貰った物を突き返したり捨てたりしないのだから、根は優しいということを私はよく知っている。

「今年もすごいね。彼女がいてもいなくてもこういうのは変わらないわけだ」
「いいや、これでも去年より随分減ったんじゃ……」
「それはそれは……」

 大げさに合掌してみせると頭を小突かれた。いつまで経っても長い長い友達期間のノリが抜けないなと抑えきれなかった笑みを浮かべ、私は仁王と帰るために席を立った。

§

「なぁ、俺に渡すもんがあるんじゃないかのう?」

 校門を出て少し歩いたところで仁王が急に立ち止まりそんなことを言い始めたものだから私は思わず目を丸くした。
 確かに、付き合いだして初めてのバレンタインデーだ。しかし、バレンタインのたびに仁王がその甘ったるいプレゼントに渋い顔をしていたと知っている私にとっては思いがけない問いかけだった。まさか催促をされるとは……。

「えーっと……、仁王ってこういうイベントごとに興味あるんだね?」
「……お前さん、なーんも用意しとらんわけか」

 可愛いこと言うじゃん、なんて思っている場合ではない。明らかに落胆の色を滲ませるその声にどうしたものかと内心頭を抱える。
 実を言うと仁王へのチョコレートはあるのだ。それも、仁王の手元に。片思いをしていた頃から毎年、私は軽くラッピングしたそれを件のテニス部用ボックスに入れていた。面と向かって渡した時に少しでも嫌な顔をされるのが怖くて、晴れて恋人同士となった今年も同じことをした。つまり、今私のチョコは仁王が持っている紙袋に入っているはずだ。
 仁王はチョコレート会社の陰謀などとも呼ばれるバレンタインにさして興味はないだろうと察しをつけて、このことは秘密にしておくつもりだった。けれどもこうなったら言わないわけにはいかないだろう。
 訝しげな瞳と視線が交わる。

「用意してない、ことはないんだけど……」
「けど?」
「チョコはもう仁王が持ってるんだよね」
「は?」
「仁王にあげるチョコはテニス部のボックスに入れたから今はたぶんその紙袋の中に、ね……」
「は?」

 作り笑いを貼り付けて頭をさする。仁王はしばらく紙袋を見つめ、その口を開けた。

「どれじゃ?」
「や、手作りじゃないし別に探し当てなくても……」
「どれじゃ?」

 有無を言わせず再び聞かれたので、大人しく紙袋の中を覗きこみ中ほどにあった包みを取り出す。昨夜不器用ながら四苦八苦して包装したので間違えるようなヘマはしない。
 表に貼り付けていたメッセージカードをこの場で見られないようなんとか隠そうとしたが、逆に動きが怪しかったのか、ニヤリと唇を歪ませた仁王に右手首を掴まれた。

「あの〜……仁王サン?」
「今何か隠したろう?見せんしゃい」
「帰ってからのお楽しみにしない!?」
「却下」

 呻きながら抵抗したものの、力ずくになると仁王に勝てるわけもなく。カードは手のひらから奪われていき、私は天を仰ぐ。もしタイムスリップできるならば、どうせバレないと思って“好きです”なんて滅多なことを書いた昨日の私に掴みかかる自信がある。
 カードを熟読している仁王からそれを取り返す気力はない。仁王の笑みが深くなるにつれて、私の眉間のしわも険しくなった。
 これ以上いじると私が拗ねると思ったのか、仁王はメッセージカードの内容には触れずそれをコートのポケットに、チョコレートを紙袋の一番上に置いてこちらに顔を向けた。賢明な判断だと思う、これ以上からかわれたら私は走って逃げたことだろう。

「チョコ、手渡せばよかったじゃろ」
「それは照れ臭いじゃん?私、仁王にチョコあげるの三回目だしさぁ……今更面と向かって渡すのはちょっと……」
「……は?三回目?」
「そう、三回目。だって私の片思い期間長いし」

 赤くなっているであろう頬を隠すように俯くと、隣からは深い深いため息が聞こえてきた。私の意気地のなさに呆れて物も言えないのかもしれない。私自身そうだから気持ちは分かる。私の口からもため息が洩れた。

「お返し、三年分せんといかんな」
「えっ?」
「あー、クソッ。そんな大事な話はもっと早くしんしゃい」
「もっと早く?」
「おまんの彼氏として過ごせる学生生活、二年も棒に振ったぜよ」

 どうやらさっきのため息は、私への呆れではなかったようだ。クサイ台詞を吐いた仁王は、照れ隠しに私の髪をかき混ぜた。
 おかげで、私が耳まで真っ赤になったことは彼には気付かれなかったはずだ。逆に、乱れる髪の隙間からは詐欺師の耳が赤らんでいるのが見えた。まったくもって今日はなんて幸せな一日だろう。

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