とくべつを教えて
「はいこれ、義理チョコです」
「……おう。ありがとう」
船内の曲がり角で偶然鉢合わせしたエース隊長にチョコの箱を押し付けた。他の人にあげる箱のリボンは赤、エース隊長用のリボンだけあのテンガロンハットと同じオレンジ。エース隊長と出会って大好きになった色の一つだ。
“義理”なんてのは大嘘で、特別に特別を重ねたそれは本命に他ならない。けれども、こうでも言わないと私は本命すら渡せないのだ。海賊のくせに臆病だって?ああそうだとも、笑いたければ笑ってくれ。
エース隊長に初めて自分の想いを伝えたのはもう半年ほど前になる。その日船は春島の海域を進んでいて絶好の昼寝日和だった。甲板で寝転んでいると、彼がやってきて私を抱き枕にし始めたので、好きの二文字は驚いた拍子に口をついた。
私の告白を聞いたエース隊長が「お前は妹みたいなもんだから……」と慌てふためいたのを昨日のことのように思い出せる。せめて他に好きな人がいるとか、そういう理由を並べられたならば押して押して押しまくっただろうけれど、“妹”と言われてしまえば返す言葉も手立てもない。
私はヘラリと笑って、その日から一切のタメ口をやめた。そうでもして距離を取らないとまた彼を困らせてしまうと思ったからだ。なんて、物分かりのいいふりをしているがこうやってイベントごとにかこつけてバレない告白を続けている私はなんて馬鹿なのだろうか。
手元に残る箱はひとつ。広い船内で顔を合わせることがなかったマルコ隊長の分だけだ。冬島の冬という強烈な寒さに負けないようコートを引っ掛ける。意を決して扉を開けると、昨夜から降り続いている雪で甲板は真っ白だった。思わず息を飲めば冷たい空気が容赦なく肺に刺さる。この先に足を踏み入れたらその瞬間凍ってしまうかもしれない。そんな寒さだった。
こんな時でも薄着しがちなエース隊長はやはり基本体温が高いんだろうな、なんて考えかけて慌てて頭を振る。
「どうした?」
「あ、マルコ隊長ちょうど良いところに」
「あァ、バレンタインか。悪いねぃ」
私が立ちすくんでいるとちょうど雪かきの交代の時間だったらしいマルコ隊長がやって来た。助かった、これで氷像にならずに済む。胸を撫で下ろして持っていたそれを差し出すと察しの良い我が家族の長男は相好を崩した。しかも、私の首に自分がしていたマフラーを巻いてくれた。寒そうに見えたらしい。なんて気配り上手なのだろうか。彼みたいな人を好きになれたら良かっただろうに。けれども私が寒い時に思い出すのはやはり、あのオレンジなのだからタチが悪い。
「気持ちは有難いが、毎年わざわざ俺の分まで用意しなくても良いんだぞ?」
「いいえ、マルコ隊長にはうちのエース隊長もお世話になっていますから」
「……本音は?」
「センスの良いマルコ隊長のお返しが欲しいからです!」
「こりゃあ今年もお礼に手が抜けないねぃ」
笑ったマルコ隊長が私の頭を乱雑にかき回した。つられて私もえへへとはにかむ。
瞬間、背後から名前を呼ばれた。私が彼の声を聞き間違えるはずがない、うちの隊長だ。はて、何か仕事が残っていただろうか。考えを巡らせつつ背筋を伸ばして振り向くと、ずんずん歩いてきた隊長に手首を掴まれた。さらに彼は空いている方の手で私がマルコ隊長に渡したチョコを奪い、走り出した。
「え、ちょっとエース隊長!」
返事はない。もつれそうになる足を懸命にまわしながら向こうを見やると苦笑いを浮かべたマルコ隊長がひらりと片手を振っていた。
エース隊長の部屋は思いの外綺麗だった。片付いている、というよりは物が少ないと言った方が正しいかもしれない。初めて入った部屋をきょろきょろ見渡す私をよそに、彼はだんまりを決め込んでいた。いつもはお兄ちゃんぶるくせに、拗ねると幼くなるところは可愛い。どうして拗ねているのかは分からないが。
「あのぅ、隊長?」
「……これ」
「はい?」
「チョコ、何でマルコのはリボンの色が違うんだよ」
「よ、よく気づきましたね……」
隊長はなにやら勘違いをしている気がする。
しかし、特別仕様なのはエース隊長の方ですよと言うわけにもいかず、バツの悪い私は目をそらす。唇を尖らせてこちらを一瞥した隊長は頭を掻きむしって立ち上がった。
素早く私の方へ詰め寄ってきて、首に巻かれたマフラーを解く。一瞬だけ触れた隊長の指先は想像通り熱かった。
「……隊長?」
「今度は向こうが本命なのかよ」
こ、これは……。
思わずニヤケそうになる口元を抑え私は俯いた。隊長が私の本命を探っている。彼が私を気にかけている。卑屈になり隊長から距離を取ろうと努めた結果、図らずも“押してダメなら引いてみろ”状態が出来上がり効果を発揮したと言うところだろうか。
「どうしてそんなことを隊長が気にするんですか?」
「……わかんねェ……。ナマエのこと妹みてェに思ってたのにこの前からなんかすげェ気になるし、敬語使われんのも嫌だし、ナマエが他のやつと仲良さそうにしてんの見るとイライラするし……。お前の気持ちも、おれの気持ちもわけわかんねェんだ」
隊長は、耐えきれず笑い声をあげた私を睨みつけた。口をへの字に曲げた彼の顔は真っ赤になっている。そして、たぶん私も。
「じゃあそのモヤモヤに答えが出たら教えてください。ちなみに、私の気持ちはエース隊長宛の箱を開けたらわかると思いますよ」
私が答えをくれると思っていたのか、隊長はポカンと口を開けている。私はにっこり笑って部屋を後にした。
慣れない敬語を使って距離を取って、頑張って傷ついていたのだからこのくらいの意地悪は許されるだろう。せいぜい箱の中身を見て驚けば良い。
箱におさめられたハート型のチョコを見たエース隊長が、鼻歌を歌う私を追いかけてくるまであと五秒。