彼女にプレゼントを贈る仁王
「かわいい」
小さな呟きは、人に聞かせる意図はなく独り言なのだろう。しかし、普段あまり物欲のない彼女が放った、羨ましがるような発言をみすみす見逃すわけにはいかない。
「何が、かわいいんじゃ?」
仁王は腰を曲げ、頭の位置を彼女と同じ高さに合わせ視線を追う。その先では制服姿の女子学生がきゃらきゃら笑ってはしゃいでいた。
社会人となり、良く言えばぐっと落ち着いた、悪く言えば慢性的に疲れがうかがえる彼女も、かつてはちょうどあんな風にパワフルだった。それはきっと同い年の自分にも当てはまるだろうが。
「ん? ああ、あの子たちの制服が眩しいなーと思ってね」
「ふぅん」
答えとともに彼女の視線が少しだけ下降する。嘘ではないだろうが、それが全てでも無いことは声音を聞けば明らかだった。
納得した風を装いながら、仁王も同じように視線を下げる。そして、秘された答えにたどり着いた。
「なるほどのう……」
あれなら次のデートまでに何とかできるはず。彼女の驚く姿を期待していくらか算段をしていると、咎めるように左腕が絡めとられた。
「ねえ、ちょっと聞いてる? 女子高生ばっかり見てない?」
「アホか」
自由な方の手で、胡乱な目を向ける彼女の鼻を摘んでやった。すると反射的にギュッと瞼が下される。まったく、未来の自分に嫉妬するとは器用なやつである。
***
二週間振りに会った彼女は、家に上がるなり勝手知ったる様子で洗面所へ向かう。仁王はそれを追い、行儀良く手を洗う背へ脈絡なく切り出した。
「おまん、何色が好き?」
鏡越しの彼女が困惑した様子で首を傾げる。こてんと倒された頭の上には見えないハテナマークがいくつも浮かんでいた。
この抜けた顔を心底可愛らしく思っているが、笑い声をもらせば相手が拗ねてしまうのも良く分かっている。ニヤけそうになる口元を引き締めた。
「好きな色なんてよく知ってるくせに。ねえ、なんか企んでるんでしょ?」
タオルで手を拭き終え、くるりと振り向いた瞳はいつだかのように胡乱気だ。昔と比べ随分疑り深くなったなと、彼女に対する自分の影響度合いを感じ今度こそ口角が上がった。
「なかなか良い勘しとるのう」
途端洗面所に息を吸う音が響き、小言が続く気配がした。それを妨げるため先んじて彼女の鼻を摘むと、やはりギュッと目が瞑られる。
「で、好きな色は?」
「知ってるじゃん! 黄色だってば!」
「そいつは良かった」
仁王はケタケタ笑って彼女の鼻から手を離し、ポケットから取り出した輪っかをその細指に通してやった。顔を上げれば、丸くなった瞳と目が合う。
「これってこの前の……?」
「かわいいって言っちょったろ」
黄色のビーズで作られた、花を連ねたリングは先日の「かわいい」発言のとき、女子学生の指にあったものと同じデザインだ。男が女に贈るものとしてはあまりにチープかもしれないが、少女のように目を輝かせて喜ぶあどけない表情にはよく似合っている。
「え〜、何でバレちゃうかなあ? 子どもっぽいかなと思って言わなかったのに」
「要らんかったか?」
「要る! ありがとう、本当にかわいい……どこで買ってくれたの?」
電球の光に手を翳しうっとりする横顔を見て、先日の発言を見逃さないで良かったと改めて感じた。
「できそうやったき、俺が作ったぜよ」
「えっ、仁王が作ったの!? お店出せちゃうよ」
元々手先は器用な方ではあるし、作り方も案外簡単で、難しいことは何もなかったのだが、自他共に認める不器用代表の彼女は感心しきり。
確かに仁王にはもう少し複雑なものも作れる自信はあるし、ハンドメイドとして買い手は付くやもしれない。しかし、その気はこれっぽっちも無かった。
「俺が指輪をあげたい相手は一人だけやき、店は出せんぜよ」
ぱちぱちと言葉を咀嚼するかのように瞬きが繰り返される。
「それもそうか!」
嬉しそうな声と共に、彼女は指輪に負けじと花咲いた。