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「フロイド」
「あー。小エビちゃん、ホント引きビミョーだねえ」
「フロイド」
「パスはやめときなよ。とにかく出す。これ、ローカルルール鬼盛りのカオスゲームだからさあ、手ぇ止めない方がいいの」
「フロイド」
「次は平民脱出できたらいいねえ」
「──フロイド・リーチ!」
フロイドがのったりと顔を上げる。白けた目付きで、堂々とアズールを見た。
「なあに、アズール。さっきからうっせえんだけど?」
「お前、ナイトレイブンカレッジ校則、第六条を言ってみなさい」
「あー?」フロイドはアズールの顔を眺める。ややおいて小首を傾げた。「忘れた」
「ナイトレイブンカレッジ校則第六条、外出指導について。『二十二時以降の寮外への外出を禁ずる。他寮への許可のない外泊を禁ずる』──フロイド・リーチ。ここが何処で、今が何時で、お前が抱えているそれが何か、寮長に説明しなさい」
フロイドは溜息を吐いた。平べったい目で口を開く。
「えーっとお。ココはダミ声の部屋でえ」
「ダミアンだ」同級生の一人が、手札を揃えながら口を挟む。ひどい胴声だった。「次に同じ呼び方してみろ、ぶっ飛ばしてやる」
「あー、そう。ダミナントカの部屋。時間はしらねー。──エッ、ナニ? 二十二時? あっそ。んでえ、ぎゅーってしてるのはあ──小エビちゃん!」
アズールは瞬きをする。腕を組んだまま、室内を無感動に睥睨した。
場所は、オクタヴィネル寮舎の一室だ。フロイドを含む五人の男子生徒と、オンボロ寮の監督生が、揃って床に座りこんでいる。
男子生徒たちはトランプカードを握っていた。フロイドは手ぶらだが、カードより遥かに質量のあるものを膝の間に収めている。オンボロ寮の監督生だ。代わりと言わんばかりに、彼女が白い指でカードを握っている。フロイドが代打ちさせているのか、単にアドバイザーを務めているのかは定かでない。
「あ、小エビちゃんそのカードはダメ。残して」
フロイドとアズール以外は口を固く引き結んでいる。いやな空気だ。
実際、気分がいいのはフロイドだけだ。
監督生は寮舎に連れてこられた時から青ざめていた。アズールが乗り込んできてからは、いよいよ手元のトランプより白い。名前も知らない男子生徒たちも、動きがどことなくぎこちない。床に重ねたトランプの山をじっと見ている。
「ジェイドから話は聞いていました。フロイド、あなた、ここさいきん監督生さんを連れ回しているそうで? どこへ行くにも何をするにもべったり、背中に貼り付いて離れないとか。彼女はウチの寮生じゃない、これは立派な校則違反ですよ」
アズールはちらりと監督生を見る。
監督生はぶるぶると首を横に振っていた。可哀想なほど白い顔だ。さすがに哀れになって付け足す。
「まあ、お前が無理やり連れ回しているのは僕にも分かりますが。いったい何をしているんです。説明しなさい」
「んー、なにってえ」フロイドが監督生の側頭部に頬ずりをした。「交尾前ガード」
部屋の空気が凍る。
アズールは絶句し、監督生は石のように固まった。
男子生徒らも腹筋に力を込める。間違っても女子生徒の前で、罵詈雑言の類いを吐き出さないよう腐心した。
アズールの唇が震える。陸の常識に則った、まっとうな疑問を吐き出した。
「あなたたち、交際しているんですか?」
ふたたび監督生と視線がかち合う。
今度は、出荷される直前の仔牛のような顔をしていた。
「それはまだ」フロイドが首を横に振った。「だあって、小エビちゃん全然気付かねーんだもん。オレ、いっぱい通ってんのにさあ。もう、すっげえニブチン」
「エッ」
「どうしよーかなって思ってたらさあ、あーちゃんセンパイにいいこと聞いたの。あーちゃんセンパイのとこ、そういう青っぽい女は、交尾できるまで囲っとくんだってえ。あは、それスゲー便利じゃん? オレ、頭いいって思って」
監督生はいよいよドン底まで青ざめる。カードを床に伏せ、なんとか立ち上がろうとした。
「せ、先輩、わたしもう帰ります。グリムもきっとお腹を空かせているし」
「えー? どう考えても勝手に食ってるでしょ。むしろもう寝てんじゃねえ? 帰る必要ないじゃん。つか、帰っちゃダメ。守ってる意味なくなる」
「フロイド、あなた、自分がどうやって陸に上がったのか忘れたんですか? 合意のない性行は陸では犯罪です。ここにいる誰もが知っている。さんざん勉強したでしょう」
「ハ? だから我慢してんじゃん、こーやってさあ。オレってばちょーエライ。小エビちゃんもそう思うでしょ? それとも交尾する? そしたら、まあ、うーん、帰ってもいーよ、一応」
「フロイド!」
決して広くない寮室にアズールの大喝が響く。
アズールは、陸の価値観に比較的理解がある。殉ずるかはともかく、良識を理解してもいる。
フロイドの言葉は、オンボロ寮の監督生に聞かせるにはあまりに露骨すぎる。
アズールはそう思った。監督生の肩を持つつもりはないが、この場においてフロイドの味方になるつもりもない。
校則違反をさせているのはフロイドだ。
そしてアズール・アーシェングロットはオクタヴィネルの長だ。
「アズールうっせえ。つか、お前に関係ないじゃん。いつまでいんの。帰れば?」
フロイドが耳に手を当てて顔をしかめる。さっきまで平然としていたはずが、眉間に深い皺を寄せていた。フロイドの機嫌は山の天気より変わりやすいと評したのはジェイドだ。
「まったくです。僕としても、こんな下らないトラブルは見なかったフリをしてさっさと部屋に戻りたい。──しかし、そうもいきません。とりあえずついてきなさい、話はそれからです。監督生さんを離したくないならそれでも結構。連れて行ってかまいません」
「えー。まあ、それならいいけど」フロイドは後頭部を掻いた。「小エビちゃん、行こっかあ。マジでうるせーよね、アズール」
監督生の膝裏に左腕を通す。まるで荷物のようにあっさりと担ぎ上げ、フロイドは長い足で出口へ向かった。
「せっ、先輩、自分で歩けます! ちゃんとついて行きますから!」
「あは、却下。つか、ちゃんと首に手ェ回してなよ。落とさないけど、揺れるからさあ」
アズールに連れられてフロイドも部屋を出る。さんざん巻き込んだ同級生のことなど、もはや見向きもしない。
部屋を出る間際、監督生はフロイドの肩から室内へ向かって頭を下げる。片手を上げたり、手を振ったり、様々な反応が返ってきた。
オクタヴィネルの寮室フロアは、ホテルの内装のような様相を呈していた。天井にはクリスタルシャンデリアが等間隔で並び、フロア内で行われるあらゆる密談を見通すかのように煌々と光っている。水泡を模したクリスタルパーツが雨粒のように無数に垂れ下がっており、監督生の視界でプリズムのように輝いた。
「つれてこられた時はよく見れなかったんですけど、部屋がたくさんあるんですね」
「まーね。二年生は全員二階って決まってるから。一年生は一階だから、いっこ下」
フロイドの靴底が小さな悲鳴を上げたので、監督生は思わず下に視線を落とす。
床は鏡と見紛うほど磨き上げられていた。モノクロのチェック柄がくっきり浮かび上がっている。
「すごい。塵一つ落ちてない」
「アズールがとくに綺麗好きなの。見て、壁にさあ、巻き貝くっついてるでしょ? 魔導品だよ。内側に自動清掃の魔法式が刻まれてる」
「教室の照明と同じですか? 浮遊の魔法式が刻んであるんだって、ジャックに聞きました」
「そう。こういうのはさあ、いちいち魔法使ってたらキリないじゃん? だから最初から魔導品を買うワケ。オレらは何もしなくていいし、壊れたら修理に出すだけでいい。そのかわり、けっこーするけどね。コレは一個三十万マドル。アズールが学園長とガチでバトって買わせたの。──アズール、これ全部で何個あるんだっけー?」
「四百八十個」前を歩いていたアズールが、振り返らず答える。「全六階建ての寮舎に、等間隔で設置しています。学園長は泣いていましたが、僕の知ったことではありませんね」
通路の壁は白く、上から水色のアクリルガラスを打ち付けている。複雑な意匠が随所に彫り込まれていた。錨を模しているようにも見えるが、それがどんな意味なのか、どんな技術によるものか、監督生には皆目見当がつかない。
アクリルガラスの上に、紫の巻き貝が等間隔で掛けられている。一見すると上品なだけのインテリアだが、今の話からすると、オンボロ寮の一ヶ月の生活費の二倍に相当するらしい。
フロイドはちらりと壁際に視線を投げた。まばゆい額縁の絵画を横目に見る。
「それからあ、そこの絵。小エビちゃんはゼッタイ触っちゃダメ。モリス・バークっていう昔のマーマンの肖像画でさあ、人間の指が大好物。額縁に触るのもナシ」
「はひ」
監督生はぎょっとした。アクリルガラスに掛かった絵画から急いで視線を剥がす。タキシードを着込んだ厳めしい顔つきの男で、とても人魚とは分からなかった。
「ま、一人でここに来ることないだろうから、大丈夫だとは思うけどさあ」
アズールの後をついて、フロイドがらせん状の階段を上る。
監督生は後ろ向きに揺られながら、触るのも恐れ多く感じる金色の手すりを黙って見つめた。フロイドの首に回した手に、思わず力を込める。
「──落とさないでください」
「落とさねえけど。ナニ、小エビちゃん、オレが手ェ離すかもって思ってる? うわあ、すげーショック」
「でも」監督生は思わず言い淀む。荷物のように抱えられながら、揺れる段差をじっと見つめる。「飽きてしまうかも」
視線をさらに下に落とす。フロイドの背中が見えた。
フロイドは遠目には細身だが、間近にするとかなり幅がある。少なくとも、監督生の知る『男性の背中』よりは遥かに雄々しい。
「ハ? なにそれ」フロイドの語尾が跳ね上がった。「ヘンなの。オレはべつにジェイドに飽きてないし、アズールとつるんでるし、好きで使い続けてるイヤホンだってあるよ。なんでそんなこと言うの?」
「それは──ううん。じゃあ、落とさないでくださいね」
「だからさあ、落とさねーって言ってるじゃん。最初から」
階段を上りきって三階に到着する。アズールは長い廊下を堂々と進み、無数にあるドアのうち一つの前に迷わず立った。ノックの音を折り目正しく響かせる。
「ウェントワース先輩、おられますか?」
明確な返事はない。ただ、あーとも、うーともつかない呻き声は聞こえた。
「結構。失礼しますよ」
アズールがドアノブをひねる。フロイドも後に続き、必然と監督生も部屋に入った。
部屋の中では、男が机の前に座っていた。燃えるような赤毛で、後頭部を刈り上げている。座っていても分かるほどの長身だ。ひょろりとした背中が、椅子の背もたれから突き出している。
「同室のジュードならいないぞ、寮長。校外の酒屋で無断アルバイトしてるんだ。俺はとくにやましいところのない男だから放っておいてくれ。見りゃわかるだろ、ブリーチに必死なんだ」
「それはそれは。情報提供どうも、感謝しますよ。しかし、今回はあなたに用事があるんです」
「俺に?」ウェントワース三年生は鏡を覗き込むのをやめた。毛染めブラシを片手にもったまま、ドアを振り返る。「いや、なんで俺の部屋に三人も入り込んでる?」
フロイドはひらひらと片手を振った。
「やっほー、アリスちゃん」
「その名前で俺を呼ぶな」アリス・ウェントワース三年生は歯軋りをした。「いいかリーチ、二度とだぞ。次やったら殺す。俺はダミ声と違ってマジだ」
アズールが咳払いをする。
「ウェントワース先輩。大変残念ですが、僕はあなたに釘を刺さなければなりません」
「ハ? なんて?」
「そこのフロイド・リーチのことですよ」
アズールは肩を竦めた。悲しげに目蓋を伏せる。
「あなたが、とあるカニの系譜であることは僕もよく知っています。そのことについて、あなたがたの特別な慣習をフロイドに吹き込むのをやめてほしいんです。──ご覧の通り、フロイドはピュアな少年ですから。こんなことを言うのは、僕としてもたいへんアホ──アホらしく思いますが。他寮生を巻き込んでしまっているので」
ウェントワース三年生は黙り込んだ。フロイドを見、フロイドが小麦袋のように抱えている監督生を見る。しばらく沈黙を保ち、やがてそっと口を開いた。
「──バカにするな」ウェントワース三年生は厳かに続けた。「俺は三歳児から囲う」
ウェントワース三年生ともう一人の部屋を出るなり、フロイドは声を潜めた。
「やべーよ」アズールと監督生にだけ聞こえるようにこそこそと続ける。「アーちゃん先輩、生まれてこのかた彼女もできたことねーのに。ブリーチかけてたのも次の合コン目当てだよ。イデア・シュラウドみたいな青髪で次こそキメてやるって息巻いてたもん」
アズールは嘆息した。こめかみに手を当てて唸る。
「フロイド、今日はもう気が済んだでしょう。彼女を離してください、僕が送っていきます。校則違反にならない時間帯であれば、早朝だろうが真っ昼間だろうが休日だろうが、あなたの好きにしてくださってかまいませんから。とにかく、僕に余計な手間を取らせないでください。いいな?」
結局、フロイドは同級生の部屋に戻った。無断でずかずかと踏み入り、ベッドに大の字に寝転がる。
「もー、マジでねえんだけど。アズールに小エビちゃん取られたあ」十秒ほど待って身体を起こす。「なあ、聞いてる?」
ダミアンがカードを配りながら言う。
「お前、今月の友達料まだだぞ」
「マジ? あー、忘れてた」フロイドはズボンのポケットから財布を取り出した。合計四千マドルを四人の同級生の前にまとめて置く。「で、小エビちゃんのことなんだけどさあ」
「口を開くな」
「ガラスでも食ってろ」
「監督生がいないのに、お前なんかと口利くワケねーだろ」
「ハ? なに? スゲエ腹立った。絞めていい?」
フロイドの瞳孔が散瞳する。
一拍置いて、盛大に脱力した。悲しげな目で同級生の輪に這い寄る。
「やっぱいーや。オレもやる。──はーあ。小エビちゃん抜きで野郎とやる大富豪って、ナニが楽しいワケ?」
「ぶっ殺すぞ」ダミアンがカードを回収する。五人に向かって配り直し始めた。「一プレイ三万マドル。配当はいつも通り。持ち時間制」
「いいよお」
その晩のフロイドは、あらゆるイカサマをすべて見破られ、大貧民の座に居座り続けた果てに十八万マドルの大損をした。しかし、翌日は二十七万マドルで大勝したので、エビの抱き枕をネット注文し、残りはオンボロ寮の監督生とのデートに使った。