12話 12月

12話 12月


12月。
今年は例年より寒く度々雪が舞い散る。
積もって交通網が断絶されることも多かった。
そんな冬。僕はあんなに常習的に行っていたリストカットを全くしなくなった。
春樹さんや秋斗さん達から「明るくなったよな。そっちのがいいよ。断然いい」と言ってもらえるようになった。

なんであんなに絶望していたのか、もう、分からない。

「しっかしお前もよく働くよな。大丈夫なのかよ」

一緒に休憩の入っていた秋斗さんは缶コーヒーを啜りながら僕に言う。
僕は今、レンタルショップと、実架さんと同じコンビニと、秋斗さんが正社員として働くCDショップを掛け持ちしている。
お金には困っていない。僕はそれほど物欲がない。
でも働くのは少しでも人生経験を積んでいたかったからだった。

歌詞を書くには人生経験が必要だった。

音楽に関わるような仕事がしたいこともあった。
スタジオとかも魅力的だったけど、生憎人は何処も足りていた。

「大丈夫ですよ。むしろ今は楽しいです」

「そうか、それならいいけどよ。今ここ以外は何処行ってんの?」

「レンタルショップとコンビニです。コンビニはずっと行ってるとこで«ジェミニ»の実架さんと同じです」

「あー、実架な。あいつと同じか」

「はい」

あいつおもしれぇよなと秋斗さんは笑った。

「雅さん妬きそう」

その優しい表情を見て僕は思わず呟いた。
秋斗さんもだけど、雅さんも実はとても独占欲が強いらしい。«ジェミニ»とよく関わるようになって仲良くなった秋斗さんと実架さん達を見て面白くないような顔をしている時がある。
本人は隠しているみたいだけど。

「はははっ!確かに!でもあいつは妬いてる顔もそそるからな」

「……ごちそうさまです」

言うんじゃなかった。
惚気られた。

「お前は気になるヤツとかいないの?」

「え?!」

僕は突然の問いにドキリとして顔が真っ赤になる。
まさか「貴方のお姉さんが好きです」なんて言えないよなぁ……。
どうしても、言えない。
僕みたいな醜い人間があんな美しい人の隣に行けるわけが無い。

「おー?その反応は??」

「違います!!あ、もう休憩終わりますよ!!」

「へいへいwww」

僕達は軽口を叩きながら仕事に戻る。

「……お前なら春樹を救えると思ったんだけどな」

「え??何か言いました??」

「いーや?なんもねーよ。さあ仕事仕事」

「??」

前を歩いていた秋斗さんが何かを呟いたが僕は聞こえなかった。
その呟きの意味を僕はまだ知らない。
あんな絶望にも近い苦痛を春樹さんと秋斗さんが背負っていたなんて、僕はまだ知らなかった。



「洵クンはクリスマスどうするん?」

クリスマスがあと1週間になったある日、バイトの帰りに実架さんは無邪気な笑顔を僕に向ける。

「クリスマスですか?あー、確か仕事ですね。レンタルショップの」

「おげぇ!!クリスマスも働くん?!!」

「予定が特に無かったので」

クリスマスは我らがバカップルさんがデートをしたい!!クリスマスデート!!と言うので(主に秋斗さんが騒いでいた)、スタジオ練とかも無く、他に特に予定も無かったから迷わず仕事を入れた。
クリスマスはやはり人手が足りないらしく喜ばれた。

「実架さんは?バイト入ってなかったですよね?」

「ウチ?ウチは……琉架と過ごすん。毎年あいつと過ごすんが常になっててな」

「仲良いんですね」

「まあ、元は一つの卵やったからな、ウチら」

楽しい話題の筈なのに実架さんは浮かない顔をする。
彼女らを見る限り何かそんな浮かない顔をする理由があるとはおもえなかったけど、人というものは分からない。

僕は一つ引っかかることがあった。

「一つの卵??男女の一卵性なんですか?」

「うん。ウチは身長が琉架に比べたら異常に低いやろ??それでや」

「ターナー症候群……」

「あ、知ってたんか」

僕が何故ターナー症候群を知っていたかと言うと昔読んだ某探偵漫画に他人として知り合った男女が実は男女の一卵性双生児で……というお話があったからだ。
あのお話の結末は切なかった。
最近まで忘れていたけど春樹さん達と知り合って急に思い出した。

「洵クンは兄弟は?」

「一人っ子です。色々あって叔父に育てられたので雅さんが兄みたいなものですね」

そう思うようになったのは最近だけど。

「キミも色々大変やってんね」

「今は幸せですから、大丈夫ですけどね」

「ええことや。あ、着いたな。今日もありがとぉ!」

「はい。じゃあ、また」

実架さんを送り届けることが常になって1ヶ月になるだろうか。
«sins»の面々だけでなく«ジェミニ»の面々ともたまにスタジオ等で会うし実架さんとはバイトでも会うようになり、他人と関わるのが楽しいと思うようになった。

僕が病んでいたのは、僕が醜いせいではなく、周りの環境のせいだったのだろうか。
なんて良い人達と知り合えたのだろう。
雅さんには感謝しかない。


ーガチャ

「ただい……」

ただいま。と全てを言う前にリビングで目に入った光景は。

「んっ……はぁ……あっ……」

秋斗さんが雅さんを愛撫している所だった。
いや、前にキスは見たことあったけど!!あったけど!!
局部は出てなかったけど!!出てなかったけど!!
愛撫する秋斗さんの切羽詰まった表情と、それに反応して快楽に耐える雅さんの表情がなかなかに生々しくて。妖艶で。
僕は凝視したまま固まってしまう。

僕がびっくりして鞄を落とした音で二人は僕の帰宅に気づき行為を止める。

「「……あ」」

「す、すみません!!」

僕は気まずくて勢いよく扉を閉める。

「(いやいやいや、知ってたけど!!)」

分かってたけど、身内のそういうのを見るのはなんか……。気まずい。

ーガチャ

「……洵ごめん、変なとこ見せた」

「い、いや……」

まだ快楽の余韻が残る雅さんが扉を開けて僕に謝るけど、その表情がいちいちセクシーで僕は目を合わせられない。
招かれるままリビングに入ると秋斗さんもバツの悪そうな顔をしていた。

「洵、悪ぃ」

「あ、いや、大丈夫です……」

気まずい。
僕、邪魔だよなぁ……

「……あの、お金が貯まれば一人暮らしします、僕」

「え、でも……」

「僕がいたら自由にこうして会えないだろうし……」

二人が自由に会えないからって理由もあるけど、自立しなきゃいけないとも思った。
もう学生でもないし、ちょっと不安はあるけど、多分、うん、大丈夫。

「……じゃあ、お前春樹と暮らせ。オレは雅と暮らすから。うん、名案」

「「はあ!?」」

とてつもなく突拍子のない秋斗さんの発言に僕と雅さんは同時に叫ぶ。
名案って!!迷案の間違いだろ!!

「いや、いやいくらなんでもそれはまずくないですか?!一応僕男ですよ?!!」

「いや、それ名案だな」

「だろ?」

「雅さんまで……」

僕の味方はいないんだろうか。
いくらなんでもそれはまずいだろう……。
僕はこんなのだけど、男で。
春樹さんは、女性で。
言ってないけど、僕は春樹さんに好意があるんだし。
ないけど!ないけど!!万が一があるじゃないか!!

「オレ達が一緒に住んでんのはあいつを守るためなんだよ」

「守るため??」

「結構過激なファンもいて春樹はストーカーにもあった事があるんだ」

「ストーカー?!」

ないとは思ってなかったけど……。
泪さんもなるべく灰さんと帰っているのはそういうことか……。

「あの時は秋斗が異変にすぐ気づいて対処したけど、一応春樹は女だから1人だと危険だし、俺と秋斗は一緒に暮らせるし、春樹は守れるし、洵も1人じゃ不安だろ?だから名案だ」

「うーん……」

理由を聞けば納得できるような、そうでないような。
雅さん達が一緒に暮らせるのも春樹さんを守れるのもそうだし、僕は一人暮らしが不安だからそれも解決する。
でも僕ごときが春樹さんを守れるとは思わないし、僕は男で春樹さんは女性だし……。うーん。

「お前が悩む理由は、お前が春樹を好きだからだろ?」

「ふぇ?!!」

「ビンゴー!!」

え、え、え?!!
気づかれ、て……??!

「え、洵、それマジなの?!」

「あ、い、いや、あの、ぼ、僕は、あの、えっと、その……」

「それ肯定だね」

「うう……」

「やっぱりなー」

楽しそうな二人。
僕は顔から火が出そうだった。

「安心しろ、あいつは気づいてねぇよ。あいつはあれで鈍感というか、自分に自信が無いから」

「え、春樹さんが、ですか?」

「確かに春樹はちょっと洵に似たとこがあるよ」

「似たもの同士でお似合いじゃん。オレ、お前なら春樹を任せられるわ〜」

あんなに自信家だと思ってた人が僕と同じだなんて。
『同じ』なんて烏滸がましいけど、でも、なんだろう、

愛おしい。

でも、春樹さんの気持ちは?
きっと僕なんか『弟』くらいにしか思ってないよ。
弟でも烏滸がましいくらいだ。

「あいつの気持ちは俺からは言えない。でもオレはお前を応援する。押して押して押し倒せ!」

「ええ?!」

「洵、真に受けたらダメだよ」

笑う秋斗さんを雅さんが諌める。
なんか熟年夫婦感あるなぁ……。

「洵、だめか?」

「……春樹さんがそれでいいというのなら僕はそれで、いいです」

「よし」

僕が、あの人を守れるか不安だけど、でも、これでみんなが幸せになれるのなら。

それから秋斗さんはその場で春樹さんに電話をし、勝手に話を進めるな馬鹿野郎と怒られていたが春樹さんはそれを了承した。

こうして、僕と春樹さん、秋斗さんと雅さんの二人暮らしが始まる。


ーつづくー