15話 同棲開始

15話 同棲開始


春樹さんと秋斗さんの過去を知り、僕は2人を支えるには何をしたらいいのだろうと考える。
2人は「お前がいてくれたらいい」と笑うけど、それはそれで何か申し訳なくなる。

「準備出来た?」

「うん」

1月7日、午前。
僕は雅さんとの部屋から引っ越す。
雅さんは今日の午後に引っ越す。
荷物が混同しないように雅さんの荷物は雅さんの部屋に、僕の荷物は僕の部屋に置いて引越し業者を待つことにした。
ちなみに家具家電は春樹さん達の部屋にあるものを僕と春樹さんの部屋に、この部屋にあるものを秋斗さんと雅さんの部屋に持っていく。

「あ、そうだ洵、これあげるよ」

「え?……って、雅さん?!これ……!!」

雅さんが手渡してきたものを見て僕はぎょっとする。
それは、いわゆる避妊具というものだった。
学校の授業でしか見たことのないその物体の箱(未開封)を渡され慌てる。

「な、なん、なんで!?」

「いや、なんでって、春樹は女だから中出しはダメだし」

「いやいやいやいや!!」

そもそもそんな仲じゃないですけども?!

「まあ、持っておきなって。もしもがあるだろ?」

「いやいやいや……。って、雅さんちょっと勝手に……」

「まあまあまあ」

雅さんは僕からそれを奪うと僕のカバンの中にそれを押し込む。
そんないやらしい顔で笑わないで下さい。
絶対使わないよ……。というか、春樹さんに見つかったらどう説明するんだ。

「俺はいつか使うと思うなー」

「……ないと思うなー」

雅さんは笑う。
でも、いつもの笑顔じゃない。
僕の大好きなあの笑顔じゃ、ない。

「……雅さん、何かあった?」

「……何で?何もないよ??」

浮かない顔。心ここに在らず。
でも、雅さんが何もないと言うのなら何も言えない。きっと秋斗さんと一緒になれば落ち着くだろう。

なんて、安直な考えだった。

「じゃあ、またね雅さん」

「うん、また」

引越し業者が来て僕は荷物と一緒に一足先に新居に向かう。
でも、これだけは今伝えなくちゃ。

「雅さん」

「うん?」

「……ありがとう」

雅さんは目を見開くと、優しい顔をしてーー泣きそうな顔をしてーー僕の頭を優しく撫でた。

「こっちこそ、ありがとうな」

雅さんからありがとうを言われる意味が分からない。
僕は雅さんに何もしていないよ。
いつも、いつも、僕ばかり救われてたよ。
僕は泣きそうになるのを必死に引っ込ませて笑顔を見せる。

雅さんは目に涙を溜めて、笑った。


「……大丈夫かな」

新居で荷物の片付けをしながらポツリと呟いた言葉。
誰にも届いていない、と思っていたけど。

「何が?」

「うおわっ!!」

リビングから顔を覗かせた春樹さんに心臓が止まりそうになる。
春樹さんは奇抜な髪を後ろで縛り、自身が働いているショップの繋ぎを着て引越しの片付け作業をしていた。
自室にいると思ってたのに。

「びっ、くりした……」

「あはは、悪い悪い。で、何が大丈夫かって?」

お姉さんに話してみ??と僕の部屋に入ってきて、僕のベッドに腰掛ける。
春樹さんはあの時見せた苦悩なんて、もう微塵も感じさせない。
本当にあの時の人と同一人物なのだろうか。
春樹さんは、強い。

強いと、思っていた。

「……いや、なんか雅さんが浮かない顔してたから」

「浮かない顔ねぇ……。そういや、なーんか秋斗も変だったけどなんかあったのかね」

2人して頭を抱える。
喧嘩でもしたのか。いや、なんだろう、そうじゃなくて、なんか……。

「……茉妃奈さんかな」

「……可能性はありますよね」

あ"ーっ!!っと、春樹さんは唸りながら頭を激しく掻きむしる。
結んでいた髪がボサボサになる。
そして、そのまま僕のベッドに倒れ込む。

「……嫌になるな」

「茉妃奈さんに逆らえないのは、」

「あの人の罪を許してるからだよ」

両親から受けた傷はあの重罪をも許してしまう程に重いものだった。
2人は、あの時茉妃奈さんを庇い、知らない人が両親を殺したと嘘をついた。
そして、事件は迷宮入りになる。

「あ、そうだ、これ」

「……紙袋?ですか?」

しばらく天井を見つめていた春樹さんは何かを思い出し起き上がる。
僕に差し出したのは、1枚の紙袋。

「この前みたいなやつ起きたらこうやって……」

春樹さんは実践しながら僕に紙袋の使い方を教えてくれる。
その動作は慣れたもので、『あれ』が多分度々起きるんだろうなとぼんやり思った。
僕もやってみる。今日はそんなに安心するようではなかった。

「……よく、起きるんですか?」

「……たまにな」

悲しく笑う彼女を守りたいと、思った。
僕に何が出来るんだろう。
傍にいるだけでいいなんて、嘘でしょ?

僕は、どうしたら……。

考えても、考えても、答えは出なかった。


春樹さんと生活を始めて1ヶ月くらい経っただろうか。
食事は春樹さんが3食作ってくれて、朝晩は大抵一緒に食べるし昼はお弁当を作ってくれる。
それが栄養が偏ることもないし絶品で、春樹さんの笑顔も見れる。
掃除洗濯は僕がして(春樹さんの下着類は春樹さんが洗うけど)、特にこれといったハプニングもないし楽しく過ごしていた。

けど、秋斗さんと雅さんの関係が徐々に怪しくなっていく。
別に喧嘩をしている風では無い。
ただ、いつものようにベタベタと触れ合わない。
2人して何かに耐えるようにただ距離を置いていた。

そんな2月。
バレンタインデー。

今年のバレンタインは金曜日で、その振り返えで翌日土曜日にライブハウスでライブが行われる。
«sins»«ジェミニ»2組とも出演予定だった。
今日は僕も実架さんもコンビニバイトが入っていた。
いつも通り実架さんを送る途中。

「いやぁ、今年もバレンタインですなぁ」

「だね」

僕には無縁ですけど。
と笑うと、実架さんは歩くスピードを緩める。
そして、止まる。

「実架さん?」

「……これ、洵クンに」

「え、あ、ありがとう?」

「あはは、なんで疑問形なん!」

いや、だって。
まさかバレンタインにチョコなんて貰えると思ってなかったし……。
まあ、義理だろうけど。
春樹さんは、誰かにあげるのかな。

「……本命、やで」

「え?!」

「ウチ、洵クンが……っ、」

「え、実架さん?!」

違うっ……違うんや……!と、実架さんは何かに抗うように苦しそうに、泣く。
僕はどうしていいか分からずわたわたと慌てるしか出来なかった。

「違う……違うねん……ウチ、ウチは、」

「……大丈夫だよ。大丈夫」

「……うっ……ううっ」

僕は咄嗟に実架さんを抱き締める。
そうするしか、僕には出来なかった。
抱き締めて、頭を撫でる。春樹さんがそうしてくれたように。
しばらくして、実架さんが僕の胸を押し、僕は彼女から離れる。

「……ごめん、ウチ、ウチな」

「うん」

「……ウチ、琉架が、好きやねん……」

その『好き』が、男女のそれだと気づくのに時間はかからなかった。
彼女は、双子の兄に恋をしている。
『それ』が禁忌だと、僕は知っていたけど、でも、僕はその気持ちを否定出来ない。
この愛を否定したら従兄弟達の愛も否定する事になる気がする。

「……うん」

「……気持ち悪いて、思わんの?」

「……僕は、そんな事思わないです。きっと愛なんて立場とか性別とかで制限出来ないものでしょう?」

きっとあの時、打ち上げの時に琉架さんが零したのは、これだ。
でも、それじゃあ、琉架さんも実架さんを想ってるはずなのに、なんでこんなことを?

「……琉架さんは」

「……琉架もウチを想てたはずやねん。でも、この間、『もう、別々の道歩こ』て……もう、あいつ、ウチを嫌になったんかなぁ……」

実架さんはまた泣き出してしまう。
つらい恋をしている彼女をどうして落ち着かせたらいいか分からない。
また僕は彼女を抱きしめた。

「……大丈夫で。きっと琉架さんもつらいんだよ。きっと実架さんを思ってそう言ったんだ。だから、大丈夫」

「……うっ……ううっ……」

僕は大丈夫と繰り返すしか、出来なかった。

「……ごめん、洵クン」

「大丈夫だよ」

しばらくそうして、実架さんはようやく本当に落ち着いたようだった。
相変わらず僕は大丈夫としか言えない。
無力だ。

「あーあ、ホンマに洵クンに恋したかったなぁ」

「え、いやいや僕なんて」

「……春樹サンは幸せモンやな?」

「え?!」

突然に出てくる春樹さんの、想い人の名前。
僕は慌てるしか出来ない。
実架さんは泣き腫らした目でいやらしく笑う。

「好きなんやろ?」

「はー……なんでこう……」

それは肯定の色をしていて。
実架さんは楽しそうに笑う。

「ええやん。告白したら?」

「僕じゃ、あの人には釣り合わないよ」

「……釣り合う釣り合わんなんて関係あんの?好きなんやったら何処までも落ちたらええんや。一緒にな。あんたらは普通の男と女なんやから」

「……」

でも、僕は。
どうしても前に進めない。
あのトラウマが僕にまとわりつく。
まとわりついて、離れない。
『罰ゲーム』だと嘲笑ったあの人が、離れない。

「まあ、ウチは応援するさかいなんかあったら相談してや。じゃあ、今日もありがとぉ」

「……はい、ありがとう。また」

僕は実架さんと別れ、家路に着く。
なんとなく、春樹さんと顔を合わせずらい。
でも、彼女はもう帰宅していて。
リビングへの扉が少し開いている。
煙の、香り。春樹さんが愛用していた煙草の、香りがする。

「春樹さん?」

僕がリビングに入ると春樹さんはビクリと身体を震わせる。
それまでソファーに座って煙草を吸いながら一点を見つめていた。

「お、おお、おかえり」

「ただいま。……どうかしたんですか?」

煙草、やめたんじゃなかったんですか?
そう聞くと、それが無意識だったみたいで彼女は煙草を見て驚いていた。
ちょっと、な。
春樹さんは煙草を揉み消して立ち上がる。

「メシは?」

「まだです」

「しゃーねーな、一緒に食おーぜ」

「はい」

いつもの流れ。
いつもこうして春樹さんが夕食を温めてくれる。
いつもこうして春樹さんは夕食を待っていてくれる。
でも、やっぱり彼女は浮かない顔をしていて、最近の秋斗さんのそれとよく似ていた。

「なあ、洵」

「はい」

夕食のキーマカレーを食べ終えた春樹さんは言う。

「実架って可愛いよな」

「??そうですね」

「好きか??」

「好きか嫌いで言えば好きですけど、あの、春樹さん」

「そうだよな」

この時、春樹さんから明確に表情が消えた。
僕は全くこの質問の意味が分からなかった。
何故彼女が表情を消したかも、よく分からなかった。


それから明確に春樹さんの様子はおかしくなり、そして、

「洵、聞いた?秋斗さんと雅さん、別れたらしいよ」

「え、本当ですか?!」

ファン公認バカップルの秋斗さんと雅さんも破局したと、僕は知る。


ーつづくー