平和に行きましょう。

4月、その瞳はあの人とは違った(冬樹視点)


4月、その瞳はあの人とは違った(冬樹視点)


俺は、生まれた時からの、根っからのゲイらしい。
物心ついた頃から想いを寄せている人が男性で、しかも自分の父親より年上の人で。その人は、父の従兄弟だった。

俺より27程年上の雅(みやび)さんという男は、男だけど、男にはない色気を放っている人だった。
分かりやすくいえば、えっちな人妻、みたいな。

まあ、『人妻』ってあながち間違いではない。
あの人には秋斗(あきと)さんって言う同性のパートナーがいた。

喧嘩した隙をついて、奪ってやろうかとも思ったけど、あの人たちは毎日が蜜月だった。

大阪で自分達と利害が一致した兄弟を引き取って、自分達の実の子供みたいに接して、一緒に暮らしているくらいで、2人はお互いが唯一のように思う。

彼らは、生涯を誓いあった、パートナーだったのだ。

そんなの、叶うわけない。

でも、諦めきれない。

俺はそんな揺れ動く感情の狭間で、生きていた。



そんな暮らしも、もう何年になるだろうか。
俺と双子の妹、洵菜(じゅんな)は高校生になり、進級したら買ってもらうという約束の、俺はベースを、洵菜と弟で三男の洵太(じゅんた)はギターを、弟で次男の春風(はるか)はドラムを買ってもらうべく街へ。

よく母さん達も訪れたという楽器屋に、両親と俺達は足を踏み入れる。

店内には人は店員と、俺達と、あと1組のカップルがいて、その人達はギターをじゃかじゃか試し弾きしていた。
バンドマン風の男女だった。

「おお……、すげぇ」

「……ここに住みたい」

「ブファッ!!パパ、パパ、洵太がおもしれぇ事言ったぞ!」

「え、なに?」

俺達は(父さんと母さんも含め)、楽器屋を楽しむ。
父さんに導かれて、ベースのスペースに行くと様々なフォルムのベースがあって、目移りした。
値段はピンからキリまであって、俺は初心者向けそうなお手軽価格の、黒と赤のボディのベースを相棒に選ぶ。

洵菜は俺と感性が似ているのか、黒のボディの『レジェンド』というギターを、洵太も赤と白のボディの同じメーカーのギターを選んだようだ。

よく見ると、俺の可愛い相棒にも『レジェンド』と書かれてある。

春風のドラムは置くスペースのことを考えて、簡易型のやつにした。
春風は不服そうだったが、知り合いの家に本物があると聞くと機嫌を直した。ちょろい。

それから父さんが莫大な請求金額を払い、それで尚近くのカフェでお茶を許してくれる。

印税って、そんなに凄いんだろうか。

父さんの本職はCDショップの冴えない店員だけど、その副職はなんと作詞家だ。
よく、天才作曲家の玖木雅さんとセットで使われる俺の父、玖木洵(じゅん)。
雅さんと父さんは従兄弟らしい。

従兄弟って才能も似るんだろうか、と父さんに言ったら、「雅さんは天才だけど、僕はただの凡人だよ」と笑った。

そして、母さんに殴られてた。

母さんは父さんの人柄も、才能も、愛していた。

数々の賞を総ナメにする天才作曲家、玖木雅。
俺はそれこそ、その人柄も、その才能も愛していた。

でも、彼にはずっと一緒にいると誓ったパートナーの秋斗さんがいて。
俺の入る隙なんてない。

彼を諦められるような、強烈な出会いが、ないだろうか、とカフェを出た時だった。

ふと見た先に、最愛の彼を見つける。
俺は両親や兄弟が何か言ったのも気づかずに走り出す。

パシッ、彼の手を掴む。

「雅さ、ん??あれ??」

似てるけど、違う??
なんか、幼いし、でも顎髭生えてる??
あれ??
俺が困惑していると、その雅さんにそっくりさんは怪訝な顔をする。

「……兄さんにそんな似てんの?俺」

「兄さん??」

「……不快」

「あ、ちょっと!?」

そっくりさんはそう短く告げると俺を睨んで立ち去る。

え、怖っ。

雅さん怒ったらあんな無愛想で怖い感じに、なるんかな??

怒らせないでおこう。
ちょっと父さんのガチギレの時の顔に似ていた気がした。

「……うん??え??兄さん??」

「冬樹(ふゆき)、急に何?知り合いでも居た??」

俺の後ろから家族がのほほんとしながらやってくる。
ちょっと緩いよな、うちの家族。

「……父さん、雅さんって、年の離れた弟いる?」

「え??ああ、いるよ。結構離れてたんじゃないかな?」

「そういや、19の時に弟出来たって言ってたな、アイツ」

19歳差なら、たぶん、さっき見たそっくりさんはその雅さんの弟だろう。

彼は20代前半くらいの若さだった。

ちなみに雅さんと母さんは高校時代の先輩後輩だ。
なんか聞いたところによると、秋斗さんと雅さんは高校で知り合って、それからお互いを愛すようになったらしい。

俺も、その時代に、生まれたかった。

父さんと母さんの子供に生まれたことに悔いはない。
でも、ただ、雅さんと愛し合えないのが、つらい。

「もしかして、今の」

「多分、その人」

「冬樹間違えたの?」

だっさー!と笑う妹の頭を小突く。
妹は「暴力とか最低!!」と冗談めに怒る。

帰ってから聞いた話では、雅さんの19歳下の弟の名前は慶人(けいと)さんというらしい。
確か今は22歳で……詳しくは分からないが有名大学卒の新社会人。と父さんは言う。

「すげぇ、エリートじゃん」

「まあ、有名大学行くことだけが幸せじゃないよ」

「確かにな。雅は親の反対押し切って音大だもんな」

雅さんの両親は教育バカな親らしく、自分の子供をいい大学にやりたがった。
でも、雅さんはそれを押し切って、音大へ。

当時、その家で居候してた父さんはその壮絶な言い合いを思い出し、身震いした。

「有名大学いかなくても成功するんだし、キミたちは自由に生きたらいいよ」

父さんがそう言ってくれるので、俺はかねてから好きな料理の道を極めたいと心に決める。

バンドは、ただの、思い出作りだ。
春風や洵太にはわるいけど、俺達双子には夢があった。

俺は料理人、洵菜は小説家。

その夢を叶えたかった。

だから、まだ俺は生きていられたのだ。


ーつづくー

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