花と方舟
我を忘れて拳をふるうばかりの蓮を柊くんのように止めることはできないけれど、戻ってきたボロボロの心と体を抱き締めることはできる。怖くはない。私の両腕はなにも守れない。だからせめて安心させてあげられる場所でありたいと思う。どんなに微力でもいい。ただ、好きな人の支えになりたい。蓮のためじゃない。わたしのため。
「ありがとう柊くん」
「いや、わりぃ。オレがいながら、梶をこんなにさせちまって…」
「ううん、いいの。呼んでくれてありがとう」
埃だらけの血まみれで横たわる蓮の脇にしゃがんで手に触れる。ぴくりと震えた指先は、弱々しくわたしの手の皮膚を撫でるだけにとどまった。握り返す力も残っていないらしい。今日は抱き締められないな。ずいぶん傷口が痛そうだ。まったく無茶をするんだから。
「お疲れさま。よくがんばったね」
「…ん」
開いた唇は、言葉が見つからなかったのか、声帯が上手く震えなかったのか、音を発して閉じた。空気の漏れる音がする。呼吸が浅い。また体中に痣ができているんだろう。明日になったら顔が腫れてパンパンになるに違いない。
気まずそうに伏せっていった瞳からは罪悪感が窺えて、そっと前髪を撫でた。手は繋いだまま。蓮が私を見ているように、私も蓮を見つめながら。
蓮はいつも、こんなオレは怖いだろうとかなまえが汚れるとか気にするけれど、だいじょうぶ。蓮のことは怖くないし、汚れたならまた、洗えばいい。
「おかえり、蓮」
「た、だ…ま」
しぼり出された掠れ声に思わず笑う。蓮の瞳に光が灯る。そうしてふっとちいさく微笑んでから目を閉じた。安心したようだった。
蓮が別室で眠っている間、ボロボロの一年生たちがやってきた。ついでにボロボロの梅宮くんもやってきて、わたしを見るなり真剣な顔をして頭を下げた。ほんとうに律儀な人だ。蓮のことを拒まないでいてくれて殴ってでも引き戻してくれる彼らに、わたしは感謝しか持っていないのに。
「いいよ。風鈴はそういう場所でしょ」
「梶は恵まれてるな」
「ほんとにね」
梅宮くんと笑い合って、ぞくぞくやってきた他の子たちと挨拶を交わす。
もう二年生以上のみんなは慣れていたけれど、初めて対面する一年生は涼やかだったり興味津々だったり、色とりどりの反応を見せてくれておもしろかった。特に緩やかにウェーブしている金髪頭の彼は人懐っこい。名前を聞けば、楡井ですと名乗ってくれた。
「えぇと、じゃあみょうじさんは梶さんの恋人ということですね!?」
「そうなるね。たぶん」
「なにがたぶんだよ。立派な彼女だろ」
「そう見えてる?」
「じゃなきゃこんなとこに呼ばねぇよ。なあ?梅宮」
「ははっ、そうだな。二年の間でも、梶の彼女、で認知されてると思うぞ」
「風鈴公認か」
それは嬉しいなあ。蓮の居場所に認められているなんて、嬉しい。
立ち話をしていた柊くんが隣に座ってから少し、引き戸が開く音がした。顔を出したのは頬やら額やらにガーゼを貼り付けた蓮で、わたしの隣に、まるでそこが定位置であるかのようにドサッと座った。ぶすくれているのは、もしかしたら妬きもちかもしれない。あるいはそう見えるだけかもしれない。
そっぽを向いている横顔に指を伸ばす。薄い耳殻。その丸みにそって髪をひと撫で流してやると、肩を竦めてこちらを向いた。恨めしげな視線が猫みたいで可愛らしい。
「元気そうでよかった」
「あちこち痛ぇけど、まあ…」
皆のおかげだ、と言う蓮はほんとうに、強く優しく育っている。