邂逅3

邂逅3
 少し重い瞼を持ち上げれば、まだ慣れない天井が目に映る。
 結局、休日は桃鉄と任務で消え去った。
 あの日、五条くんと夏油くんは、どうやら歓迎会と称して全員で桃鉄をするつもりだったらしいが、硝子に断られたとのことだった。正しい判断である。
 姿見の前で、制服に袖を通した。
 今日も何事も無ければいい。平凡が一番好きだ。まあ、呪力を持って生まれている時点で一般的な平凡とは掛け離れているのだが。
 そう心の中で苦笑しながら、廊下へ続く扉を開けた。



 「アイツ何してんだ」

 放課後、悟が通りがかりにグラウンドを見れば來縁が一人で走り込みをしていた。何度か転けたのか、泥に塗れて目も当てられないような格好だ。
 午後の授業で、体術がからっきしだからと夜蛾センの呪骸に扱かれていたのを思い出す。
 軽々と吹っ飛んで行った來縁に、こいつは本当に呪術師として生きていけるのかと疑問を抱いたほどだった。
 彼女が動けば、膝上止まりのスカートがひらりと舞う。際どい所まで捲れたそこに無意識に目が留められた。

「……」

 なんとも言えない気分である。
 クラスメイトの、更には会って数日の人のそういう姿はあまり見るものじゃない。そう目を逸らそうとしたその時、來縁が悟に気付いた。パチリと合う視線。
 あ、と思った瞬間に悟の目の前は暗闇になっていた。何が起こったのだろうと思考を回す前に、駆け寄ってきたであろう來縁の声が聞こえた。

「ご、ごめんなさい。反射で……」
「これ、お前の術式?」
「うん。その、私たちは縁≠チて呼んでるんだけど、糸があって、それを切ったりとか繋いだりとかできる……みたいな」

 アハハと気まずそうに笑いを溢す來縁を置いて、ぼんやりと返ってきた視界と共に思考に耽る。
 ――宇佐家相伝の『縁繋糸えにしつなぎ
 噂が絶えないそれを本当の意味で理解できているのは、宇佐家にも少ないのだという。名前の通り縁を繋ぐ術、だけでなく解釈次第でどうとでも変化する。
 かの五条家でもその程度にしか情報が集まっていない程には分からない一族。それが宇佐家だ。
 今、どうしようもない好奇心が顔を出した。

「五条くん?」
「視界を奪ったのってどーやんだ」
「えっ。えと、ちょっと説明は難しいんだけど、脳と目の接続を切る感じかな……」

 脳とそこを繋ぐ縁≠切れば五感を奪うことも出来るということか。やはりなかなかに汎用性が高そうだ。

「他は?」
「他っていうと……何ができるかってこと?」
「当たり前だろ」
「ほ、他……?」

 悟の言葉を聞き、うんうんと頭を捻っている來縁を見る限り、これ以上のことは出来ないのかもしれない。
 ――ならば、何故緊急で任務に駆り出される?
 そこで、ひとつの仮説が浮かんだ。

「――学生証、見せろ」
「え、なに、突然」
「いいから」

 來縁は困惑しながらも、制服についていたらしい内ポケットから学生証を取り出した。その時、ちらりと銀色の鋏であろうものが見え、そんな所に隠してあるのかと思考が乱れる。
 來縁は、改めて自分で学生証を見て何かに気付いたのか、一向に五条に見せる様子がない。五条が、少し憂いを孕んだ表情を見せた來縁の学生証を痺れを切らしたように奪い取った。

「あっ」

 上から順に目を通す。名前、所属、写真。見たいのは証明写真の左上にある階級だ。

「……特級」

 特級とは、単独での国家転覆が可能なレベルの術師に付けられる烙印のようなものである。
 そこで、夜蛾が言っていた事とここ数日の出来事が繋がる。確かに本人に聞けばすぐに分かることだ。

「――私が宇佐家の相伝持ちだからだよ」

 私の実力では無い。そう言う彼女は、酷く悲しそうに映った。

「ねぇそれ、硝子と夏油くんには言わないで」
「なんでだよ。スゲェことだろ」
「……実力の伴わない階級は、恥だ=v

 そんなものただのハリボテなのだと、來縁は語る。

「ンなことわかんな――」
「分かるんだよ!私が、一番わかってる……わかってるから……もう何も言わないで」

 そう來縁は、ここ数日で一番声を荒げた。目に溜まった滴がホロホロと流れていくのが見える。

「何泣いて――」
「ないてない」
「泣いてるだろ」
「ないてない」

 流れるそれを拭きながらも一歩も引かない來縁。
 泣いてる、泣いてないのお互いに引けない抗争がしばらく続いた後、悟を探しに来た傑に仲裁役をされ、その場は収まった。
 
 ●

 それから一週間。
 アレだけ喚いた後はどうにも話し掛けずらく、五条くんとは業務連絡のような言葉しか交わしていない。
 少し居心地の悪い二人きりの空間に、救世主のごとく夏油くんが現れた。だが、その救世主の顔にはガーゼが貼ってあって。

「夏油くん、その怪我……」
「あぁ、昨日任務で少し手こずってしまって」

 大丈夫、軽傷だよ。そう言いながら頭を撫でた。あの日から何故か子供扱いをされるようになったな、なんて思いながら心地良いそれを享受する。
 ふと、夏油くんの袖の裾が目に映った。タラりと垂れている糸に、ほつれてしまっているのかと気付く。
 ――『宇佐家相伝の術式は、自由≠ネんだ』
 糸、縁、術式。脳内を過ぎ去った考えに、思わず夏油くんの大きな手を掴んだ。

「いいこと思いついたよ、私」

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