幻肢痛を君に、出張版

▽2015/11/25(Wed)
吸血鬼1
目を覚ます。暗闇満ちる視界には紅い天鵞絨張りの板、否、此れは蓋だ。私と云う化物を夜の帳に封じる漆黒の棺桶の内は、咲き誇る紅薔薇の色、官能の香りを漂わせる光沢のビロウドを敷き詰めた特注の物。朽ちてなお香る生の名残の紅色。私は蓋をずらし、静謐満ちる石壁を見上げ、数十年振りの据えた空気を吸い込んだ。

ノスフェラトゥの始祖の血を引く純血種とはいえ母カーミラの処女趣味同様、私自身も同性にしか興味が湧かない。欠陥した遺伝子構造は我らが人では無いからか。活きの良い男の血がいい。あれは雄臭くてエネルギーに溢れている。

宵闇色の外套を纏って地下と呼ばれる貧民街を歩く。この街は薄汚いが餌場としては上等だ。血気盛んな者は金を求めてこの貴族然とした容姿に吸い寄せられてくる。人の子は力弱く容易く狩られると云うのに、宛ら光を求めて暖炉の中に吸い寄せられる飛んで火に入る虫の様。

不意に、目が合った。
低い位置から睨み据える眼差し。地下に存在する異物を眺める双黒。小さな背丈の割に身は引き締まり美味そうだ。外見から年齢は読めない。…今日の餌は彼にしよう。

決断から行動までに数秒も必要としない。外套を広げ中に隠す様抱き寄せ、裏通りへと引き込む。反応為るだけのラグを与える事無く首筋へ口付けて齧り付く。二本の鋭い牙を皮膚に埋めれば、唾液は媚毒となり頸動脈から回り自由を奪う。身動き一つ取れない彼を抱き締めて血を吸い上げると息を飲む引き攣れが皮膚越しに届いた。
若く見えたが其れなりに生きてきたのか。甘味よりも熟れた風味が舌を擽る。馨しい生の匂いが鼻に抜け、ゴクリと喉を鳴らし嚥下する。彼の心臓が本能的な死の恐怖に慄くと、溢れ出す甘露は一層量を増し濃厚な味わいで私を楽しませてくれる。

命の雫を吸い上げる内にビクビクと震え出した。まだ致死量にはまるで至らない筈ーーーそう思い顔を上げれば彼は絶頂の表情で頬を染め身悶えていた。乾涸びて死ぬ直前に絶頂を迎える者は多いがほんの数口で果てたのか。面白い反応だ。飲み捨てて帰るつもりだったが、連れて帰ろう。もう少し遊んでみたい。

彼を抱いて埃の匂いのする廃屋へ。逃げられない様、手足に鎖を繋いでやる。
過去に繋いで居た男達の死骸や骨が無造作に転がっているせいか、未だに動けず横たわる彼が怯えた様な眼差しで見てくる。服を剥ぎ取って暖炉で全て燃やしてやった。此れで彼も今夜は寒くない事だろう。満腹感は睡眠欲を掻き立て、何も告げずに棺桶へ戻る。蓋を閉める直前の絶望の色が、忘れられそうにない。…面白い玩具を見付けた。



category:過去のもの
タグ: 日記

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