レディ・キラーを彼女に


夫である鉄平とは、彼と同じ会社に勤めていて、更には高校時代に異なるバスケチームで戦いあったというさつきちゃんを通じて知り合った。

同様にして、私には多くの高校バスケ関係の友達がいたから鉄平と共通の友達も多い。だからよく飲み会で顔を合わせていた。

そのうち2人きりでも飲みに行くようになって、仕事の愚痴やら私の恋愛についてのお悩み相談やら、腹を割って話し合えるようになった。
 

彼の前だと、見栄も建前も何もなくしてしまえる。
すべてを受け入れて笑いかけてくれる、鉄平はとても大切な存在だった。
だから、気がつかないふりをしていた。
 
2年ほど、彼と私の曖昧な、ぬるま湯のような関係は続いた。
しかし、そんな危うい関係がいつまでも続いていくなんてことはなくて。

ある晩、私はぬるま湯から出ることを強要されることになる。




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スクリュー・ドライバーというカクテルがある。
クセの少ないウォッカとオレンジの組み合わせによって可能になる、フルーティな口当たりが特徴だ。

鉄平はこのカクテルが好きらしく、バーへ行くと決まって最初にこれを頼む。
私はこんな大男がスクリュー・ドライバーなんて頼むのかと意外に思い、可愛らしく感じた。

あれがいわゆる"ギャップ萌え"ってやつかしら、と今になって思う。



その日、鉄平は酔っ払っていた。

「鉄平、もうそろそろやめといたら?もう顔が真っ赤よ」
「ん〜、はは。名前は俺が心配なのか〜?かわいいなぁ〜」

大きな手で私の頭を撫でる。
強い力で撫でられて、私の髪はぐしゃぐしゃだ。
むくれる私を見て、鉄平は満足そうに頷いた。

「うん、かわいい」
「なに言ってるのよ、この酔っ払い。折角セットしてきたのに」

悔し紛れにデコピンをすると、鉄平は笑いながら私の髪をもう一度撫でた。今度は整えるような、優しい手つきで。

彼の頬は上気し、ほんのり赤くなっている。
目も少し潤み、とろんとしていて、色気を感じさせるような眼差しだ。

鉄平は周りに心配をかけることを恐れる。それ故、自己管理には人一倍きっちりしていた。
彼がこのように酔っ払ったことは見たことはない。
いつもとは明らかに違う様子に心配になる。


「ねえ、鉄平。何かあったの?」
「何かって、なんだ?」

ゆるりと首を傾げて微笑んだ彼を睨む。けれども彼はただ笑うだけで、取り合ってくれる様子はない。

「とぼけないでよ。何かあるから、こんなに飲んでるんでしょ」

カウンターに置かれた鉄平の手に自分のそれを重ねる。
ぴくっ、と鉄平の手が少し動いた。

「言いたくないのなら強制はしないわ。でも、あなたの体に無理をさせないで。私も、あなたのために出来ることをする」

言い聞かせるように告げると、鉄平は重ねられた私の手を取って指を絡めた。

「…レディ・キラーを飲ませたい女性がいるんだ」
「うん?」

ゆっくりと鉄平は語り始めた。
 
レディ・キラーとは彼のよく飲むスクリュー・ドライバーの別名である。
その口当たりの良さからどんどん飲めてしまうが、実はアルコール度数の高いウォッカが使用されているため、気づかぬ間に酔ってしまう。
この特性を生かし、女性を酔わせて口説きたい男性が頼むことからレディ・キラーと呼ばれるのだ。

「俺はずっとそいつが好きで、バーでかっこよく告白しようと思ってたのに、いつも踏ん切りがつかなくてな。結局毎回、自分がレディ・キラーを飲んでた」
「…うん」
「はじめて見た時から、気になってたんだ。一緒に飲んだりしてるうちに、ますます気になって、好きになってた。2年くらい前から二人きりで飲みに行ったりもしてるのに、この関係から抜け出さなくて、なにもできなくて」
「…うん」
「俺のこと、友達と思っていろんな相談してきてくれてな。恋愛のことなんかも。心底、心配してくれて、支えてくれる。本当にいい友達だ。……でも俺は、いい男友達としてじゃなく、恋人としてそいつと付き合いたいんだよ」

胸の内で、予感が確信に変わろうとしている。
私は鉄平の顔から目が離せなかった。

鉄平が、私の目を見つめて微笑んだ。今にも泣き出しそうな瞳をして。

「なあ。もう、いい加減分かるだろう?」
「……ずるいよ、鉄平」

そうやって、最後は私に委ねてくるんだから。

絡めていた指を解いて、彼は私の頬にその大きな暖かい手を添えた。
だんだんと、彼の顔が近づいてくる。

私には、それを拒む理由がみつからなかった。