幸福なシンデレラは眠りにつく


半分酒に流されるようにして付き合い始めた私達は、その一年後に見事ゴールインすることになる。いわゆるスピード結婚ってやつだ。
それが二年前の秋のこと。

そう、まだ二年しか経っていないのだ。
それなのに、早くも夫の浮気疑惑が浮上してきて、私にどうしろと言うのか。

私は鉄平とつきあいだすまで他の男の人とおつきあいしたりしていたが、彼のそういった浮いた話は皆無だった。一時期、彼が男しか愛せないんじゃないかと疑ったほどに。まあそれを訪ねてみたら珍しく必死の形相で否定されたから疑うのはやめたんだけど。

もちろん、つきあってからも浮気されたことなんてなかった。と、思う。




さつきちゃんの言うところでは、鉄平が言い寄られているのは3歳年下のカワイイ系女子(ウサギに擬態しているヒョウタイプ)らしい。

正直に言うと、その話を聞いたとき私は口に近づけていた華奢なティーカップを割ってしまいそうになるほど動揺した。そのことに自分でも驚いた。
油断していたからというのもある。けど、きっと一番の理由は、私は自分が思っていた以上に彼のことを好きになってしまっていたということなんだろう。

「…あー、もう。どうしろっていうのよ」
誰もいない家に、自分の声が虚しく響く。
鉄平のお祖父さんとお祖母さんが住んでいたというこの日本家屋で、私はひとり頭を抱えていた。







今晩、鉄平は高校時代のチームメイトと久しぶりの飲み会に出かけていている、らしい。
今はそれも本当なのか、疑わしいのだ。実はその女の子としけこんでるんじゃないの?と疑う私が確かにいる。

携帯を握り締めてうんうん唸る。
リコちゃんに電話してみようかな。
でも、もし鉄平が嘘をついてなかったとしたら私が不審に思われるかもしれない。

あーっ、もう、やだ!
ぐるぐる廻る思考に耐えきれなくなって、握った携帯を思いきり布団に投げつけた。
こんな時は寝るに限る。気がついたときには時計の針はもう12時を過ぎていた。

明日も仕事があるのだ。それに、もうすぐ鉄平が帰ってくる。
こんな時間まで起きていたことがバレたらきっと心配させてしまうし、怪しまれるかもしれない。早く、寝なくては。





慌てて布団に入って目をつむると、すぐに鍵を開ける音が聞こえた。どうやら間一髪だったみたいだ。

鉄平は鍵を開けると、ゆっくりと扉を開けて中へ入ってきたようだ。
足音は聞こえない。私を起こさないように気を使っているのだろうか。あんな大男がそろそろと抜き足差し足歩いているところを想像すると、なかなか面白い。

鉄平は真っ直ぐ寝室に来た。やはりそろそろと襖を開けて、忍び足で私の枕元に近づいてくる。

私は必死で狸寝入りをする。
枕元に紙袋か何かを置いて腰を下ろすと、鉄平は私の頭に手を乗せた。そして、ゆっくりと動かす。壊れ物を扱うような、繊細な手つきだ。
その手つきに、いつかバーで撫でられた時のことを思い出して、少し涙ぐみそうになる。
手の感触から意識を逸らそうとすると、どこからかシナモンの香りがして、あっと思った。


きっと、この香りは水戸部くんお手製のアップルパイのものだ。
私は水戸部くんが作ってくれるアップルパイが大好物だ。だから彼は、私や鉄平と会う時によくそれを手土産として持って来てくれる。
今夜もいつもと同じようにアップルパイを持ってきてくれたのだろう。

と、いうことは。鉄平は本当に高校時代のチームメイトと飲んでいたと信じてもいい、ということで。



鉄平の手が私の前髪を分けて、おでこにキスをした。私はそこで目をあける。
鉄平は恥ずかしそうに苦笑した。

「なんだ、起きてたのか?」
「あんたのこと考えてたの。そしたら眠れなかった」

布団の中から手を出して、彼の頬に添える。鉄平はその手に自分の手を重ねた。続きを促すように、彼は私に微笑みかける。

「さ。はやく、準備をしてきて。一緒に寝ようよ」