Dear


鍵を開けて、扉を開けた。

ただいまぁ。
自分のためだけに口にした"ただいま"は薄暗い室内に虚しくこだました。
よくあることだ。一人暮らしの大学生にとっては、フツウのこと。




リビングへと続くドアをあけると、そこは夕暮れのほの暗さをたたえた空間になっていた。

窓の奥がどこまでも繋がっているように見える。だからだろうか、不思議とこんな狭いアパートの一室が無限の空間に思えたりした。


ふと、部屋の中央に据えられたガラスのローテーブルに目が止まった。カラフルな箱がぎっしり詰まったビニール袋(近所のスーパーのものだ)が鎮座している。

私に心当たりがないということは十中八九、合鍵を所有している彼の仕業なんだろう。
試しに、袋の中のひとつを手に取ってみた。
チョコチップクッキーだ。よく見かける、まっかなパッケージのあれ。
見ると、袋の中のものはどれも菓子の類のようだ。彼はそんなにも甘党だったかな、不思議に思いクッキーの箱をクルクル回していると、マジックで殴り書きされた文字を発見した。

『いつも美味いメシを作ってくれてありがとう』


慌てて他の箱を手に取る。次は青いパッケージの外国産ココアクッキー。

『疲れてるとき、何も言わずにそばにいてくれてありがとう』

次、白い包装のチョコレート。

『八つ当たりして、ごめん』

次、次、次は。

『お前の買い物は長すぎる。でも、俺のために可愛くしてるんだよってアレは、正直効いた』
『レポート、もうちょっと余裕もってやれよ。オトナになるんだろ?』
『疲れてるときは、疲れてるって言え。どうせバレるんだから』

次、私の好きな、パステルカラーの飴の詰め合わせ。

『愛してくれて、ありがとう』

最後、彼の好きな、黄色い袋の甘酸っぱいグミ。

『誕生日おめでとう。愛してる』




夕暮れの部屋のなかに、色とりどりの、彼の言葉たちが散らばっている。


私は目尻をぬぐって、スマホを手に取った。
LINEで一番上にある、彼のトーク履歴を選択する。

「なるべくはやく、帰ってきてね」
「いま、誰よりも堅治に会いたいよ」