アンコールはいらない



後夜祭、文化祭もいよいよ大詰めである。その後夜祭で、私たちはステージに立った。
生徒たちのテンションはすでにマックスだ。体育館の熱気とスポットライトの光にさらされて、汗がとめどなく流れていた。いや、違うかな。これは緊張の汗なのかもしれない。2曲を歌って、頭の芯がぼんやりとしてきた。
それでも、ああ。あんたの白い髪がチラチラと目に飛び込んでくる。嫌だなぁ。なんだか、決心が鈍っちゃいそう。




バンドのメンバーは全員3年生。つまり、受験生。今日のこのステージが、私たちのラストステージ。
次の曲で、ほんとうのほんとうに、最後。



「それじゃ、これでラストです。ここまでの2曲はみんなも知ってるバンドの曲を弾いてきたけど、これは私たちが作ったオリジナルの曲です。コール&レスポンスも少し入れたの。だから、盛り上がってよね?いーい?」

マイクを向けるとウェーイだとかなんだとか、多くの人の声がひとつの塊となって帰ってきた。私の真ん前に陣取っている木兎も拳を突き上げて、随分とノリノリな様子だ。いい反応を得られたことに安堵して、メンバーに目配せする。

ドラムがビートを刻む。ベースの音がお腹にズシン、と響いた。それらを聞きながら、私は決意を固めていた。木兎のきらきら光る瞳を見つめながら。
このドラムが鳴り止まない限り、視線が交わることなんてないんだろうけど。



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バンドは、一人じゃ組めない。当たり前だけど、それを忘れないことが大事。ギターがいて、ベースがいて、キーボードがいて、ヴォーカルがいて全員揃ってはじめて"私たち"になる。一人一人が平等で、かけがえのない存在なんだ。

それでも、やっぱりバンドの顔と言ったらヴォーカルだ。1番注目を浴びるのはセンターで歌っているヴォーカルだと思う。

花束に例えるとすれば、私はメインの百合で、ギターが小さめのローズでドラムが霞草みたいな感じ。
一番目を引くのは、やっぱり大きな百合だ。中心で白く輝く、純白の花。私はそんなに綺麗じゃないけど、それでもやっぱり、みんなの視線を集めている。

無我夢中で歌っていると、たまに怖くなった。いまも、ちょっぴりそう思う。体育館の熱気に当てられてしまったみたいだ。みんなの熱い、熱い視線に串刺しにされてなんだか踊らされてるみたいだな、なんてふと考えたりして。
それでも、なんでだろうね。
本当に欲しい人の視線は、私の体をすり抜けていく。


曲も、いよいよ終わりに近づいてきた。もうすぐ、コール&レスポンスだ。
あと少し、あともう少し。
あともうちょっとで、楽になれる。

ありったけの想いを込めて歌った、アップテンポの恋愛ソング。歌詞を担当したのは私。ドラマーに向けてバンドのみんなで考えたお祝いソングだ。
その子がずっと好きだった男の子と結ばれた記念の、お祝いの歌。



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いよいよ、コール&レスポンスのときが来た。スタンドからマイクをむしり取って、木兎に向ける。

「あなたの、好きな人はーッ?」

丸い目を更に真ん丸くした後に、木兎に満面の笑みで叫んだ。

「ーーーーーッ!!」

それを聞いて、ピュゥッと口笛があちらこちらからあがった。動揺と興奮のざわめきが徐々にひろがる。
ドラムが一瞬乱れたけど、大丈夫。他のメンバーはこうなることを想定していたから釣られることはない。
照れ臭そうに、でも誇らしげに笑う木兎に、私は笑いかけた。今までで、多分一番の笑顔。私が木兎にもらってきた笑顔の半分にもならないけど、それでも、これが私の精一杯。

私は、また歌いはじめた。マイクスタンドをぐるんぐるんと振り回して、ときにはポーズを決めちゃったりして。

ラストスパートだ。もう少しで最後のステージが終わる。私の夏も、そこで終わる。



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さっきのアレは、私なりのけじめだった。不毛な片思いの決着をつけるための。もうこれ以上、木兎を目で追わないようにするための。これ以上、あの子と寄り添うあいつを見て傷つかないようにするための、けじめ。

やっぱりあんたは、あの子の名前を叫んだね。恥とかそんなもの、ないみたいに。誇らしげに、とびきり嬉しそうに叫んだね。「こいつが俺の彼女だ!どうだ、いいだろう?!」って、思ってるんだろうなってわかるよ。わかっちゃうよ。



どれだけ沢山の人の視線を集められても、全然嬉しくないよ。だって、一番欲しいのに、木兎の視線は手に入らない。あんたの視線は私の体を貫くのに、見ているものはまるで違う。

酷いよね。私はずっとずっとあんた
を見てたのに、あんたは私をまるで無視して、私の後ろにいるあの子だけを一心に見つめているんだもん。

だから、ねえ。お願い。
一瞬、一秒だけでいい。
最後くらい、私を見つめて。

ラスト、一小節。
歌いきったとき、ぽたりと床に落ちたのは、汗だったのか、それとも涙だったのか。
私にはわからない。