一限目


「あの子はね、恋を知らないんだ」

「教わってないことはできないじゃん?そーゆーことだよ」

「他人事だと思ってるから。あの子にとって"恋愛"はフィクションの世界に永遠に閉じ込められてんの。自分には縁もゆかりもないことだって、本気で信じてるんだよ。面白いでしょ?」


以上。
彼女の幼馴染であり、オレの先輩でもある及川さんの言葉だ。


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なんでだかオレが好きになってしまったその人の名前は名字名前という。青城高校三年、生徒会書記。

及川さんの近所に住んでいる幼馴染で、中学は別だったが高校からは同じ学校に通っている。

二年ほど前に彼女の祖母が亡くなり、それからは一人暮らしをしている。祖母同士が友人だったとかで、及川さんの家で食事をすることも多いらしい。反対に、及川さんが名前さんの家で過ごすことも珍しくはない。


及川さん自身もなにかと世話をやいたりなんだりしていて、校内でも二人寄り添っていることが多々ある。

見るに、名前さんが一番心を許しているのも及川さんだろう。

それを悔しいと、思わないわけではない。



文化祭の数日前、夏の余韻がまだ色濃く残っている午後12時を少し回るころ、及川さんは唐突に話をふってきた。

「国見ちゃんさぁ、名前ちゃんこと好きでしょ」

及川さんが屈み込んだところにある蛇口を捻った。勢いよく水が飛び出してきて、及川さんの髪を一瞬にして濡らす。

「ぶっ………!なにすんの!」
「水かけました」
「わかってるけど!!」



及川さんが頭をブンブンふって水分を散らす。タオルを差し出すと、素直に受け取って髪を拭き始めた。

「頭、冷えました?」
「ハイハイ。なかなかいい水でしたよ」

苦々しい顔をした後、及川さんはまた口角をキュッとあげた。

「で、図星だよね」
「……さあ」

大丈夫だ、表情は消えているはず。及川さんは「あっそ」とますますたのしそうに笑う。こちらはますます気分が悪くなる。

「どーでもいいだろうけど、教えてやるよ」

そういって聞かされたのが、先の言葉だ。


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「質問、いいですか」
「ハイどーぞ」

おちゃらけた笑顔をしていても、常に冷静を保っているその瞳を見据える。


「及川さんは名前さんのことが好きですか」