月を待った日


主。ねえ、ちょっといい?

うわ、すっげー。本ばっか………。もしかして仕事してた?そっか、ならよかった。いや、大したことじゃないんだけど。夜空が綺麗だったから、主と眺めたいなぁって思って。それだけ。

………いいの?ホントに?
やった。じゃあ灯ぃ消して、こっち座ろ。オレ、毛布とお茶もってきておいたから。ふふん、準備いいでしょ?アンタのためだよ。



………やっぱり灯を消すとちょっと暗いな。月がまだ出てないから余計にさ。でも、大丈夫。もうちょい経てば目も慣れるって。


月と言えばさ。
はじめて俺が重傷になった日は、満月だったな。
そんな記憶力がいいわけじゃないよ、でも覚えてんの。なんでだかわかる?はは、わかんないか。そりゃそうだね。


でも、俺に何を言ったかくらいは覚えてるでしょ?
…………そう、それ。

「無理に私を一番にしなくてもいいよ」って。ビックリしたよ。主のために命を捧げるのがオレたちなんだって、そういう使命を与えられて人のカタチを得たんだもん。

オレがすぐ重傷になっちゃうような弱い刀だから、見捨てられたのかと思って、一瞬奈落に落ちたような気さえした。



また、そうやってくちびる噛むんだから。今はそんなこと全然思ってないよ。むしろオレはその直後のアンタの言葉に…………なんていうか、恥ずかしいな。大袈裟かもしれないけど『救われた』って、そう思ったんだ。本当だよ。

あのとき「忘れなくていいんだよ」ってアンタは言ったよね。

「無理に忘れようとしなくていい。あなたの一番が私でなくても、それを責めたりはしない。私はただあなたを愛し、信じるだけ」

一言一句、欠かさずに覚えてる。


確かに、オレは沖田くんのことを忘れようとしてた。沖田くんのことがオレは好きで、好きで、仕方なかったから。最後まで側に側に居られなかったことが、折れてしまったことが、悔しくて、かなしくて、どうしようもなかった。
あまりにも苦しかったから、蓋をしたんだ。そして、アンタに出会った。

アンタにーーー新しい主に愛してもらえますように、って。オレはそれしか考えてなかった。だから頑張ったよ。使える刀だって、思ってもらいたくて無茶をして。挙句、重傷になっちゃったわけだけど。






あのね、主。
オレは沖田くんが今でも好きだよ。
でもそれと同じくらい、アンタのことも愛してるんだ。

傷ついた夜に手を握っていてくれたアンタの姿は、満月の光に縁取られて、女神様なんじゃないかってくらいに綺麗だった。

その少し湿った手の温もりも柔さも、ぜんぶ昨日のことのように思い出せるよ。

アンタがオレに「沖田くんを愛し続けてもいい」と言ってくれた。そのとき、オレはアンタを愛することに決めたんだ。





また、くちびるを噛んでる。

笑ってよ。口元緩めて、いつもみたいに。
オレね、気づいたんだ。
アンタには笑顔が一番似合うよ。


もう目もすっかり慣れたでしょ?
お茶を淹れるよ。一緒に飲もう。

星を眺めながら、ゆっくり月を待とうよ。