ホワイトバレンタインはカカオと共に


2014年、2月。
久し振りの大雪の年だ。

そんな今年の恋人達の聖日…つまりはバレンタインは、雪の降る寒い日だった。

その日、恋人同士である花宮真と名字名前は付き合ってからはじめての記念すべきこの日を、名前の家に2人きりで過ごしていた。



「ねぇ、外行こうよマコちゃん。せっかくの雪だよ?遊ばなくっちゃ損だと思わない?」

名前はソワソワと花宮のまわりを回りながら訴える。

「バァカ。お前ついさっきまで散々雪玉製造して遊んでたじゃねえか」

そうして大量に製造された雪玉は全て後に、恋人同士とは到底思えない雪合戦(超本気)の材料となったわけだが、まあそれはいい。

「それよりも、だ。わざわざ俺を家に呼び出したんだ。なんかあるんなら早く要件を済ませろ」

俺はお前みたく暇じゃねえんだよ、とでも言いたげな顔をしている花宮だが、そのじつ彼は今朝からこの時間を心待ちにしていたのだ。

恋人同士としてはじめて迎えるバレンタイン。悪童も立派なオトコノコである。意識してしまうのも無理はない。

まさか、用意していないなんてことは無いだろう…と思う。
というかそうあって欲しい。
が、しかし。もしもということもある。
実際に花宮がさりげなくバレンタインの話を持ち出しても、名前は「そうだねえ、今年はみんなどんな友チョコくれるかなあ!楽しみー」とまるで他人事だった。

それ故、花宮は夜も眠れぬほど悩んだわけだが、彼の恋人、名前が今朝ようやく「今日の放課後、私の家でお家デートしよう!」と持ちかけてきたものだから、花宮はもう嬉しくてしょうがなかったのである。



そんな花宮の心中を名前が知るわけもなく、彼女は楽しげに笑っている。

「そうそう、それだよマコちゃん。ちょーっと待っててね。あっ!目は瞑ってて。びっくりさせたいから!!」

そう言うと、名前はすぐさま部屋を飛び出して行った。

花宮は、ようやく念願かなって想い人からの、本当に欲しいただ一つのチョコが貰えるのかと、浮き足立った気持ちで目を閉じた。
その感情を素直に認めてしまうのはなんとなく悔しいから、心の中ではいつもの悪態をついていたのだけれど。


トタトタと軽い足音が階段を登ってきて、ドアを開ける気配がした。

そのまま足音は近づいてきて、花宮の目の前で止まった。名前がそこに腰を下ろすのを気配で感じる。

「マコちゃん、ハッピーバレンタイン!」

その言葉と共に、花宮の唇になにかゴツゴツとした岩のようなものが当たった。それなりの強さで。

「…ぃってぇ!?」

驚いて目を開けると、そこにはリボンで飾られている例の岩みたいなものをもってニコニコと笑う名前のすがたがあった。
降ろされていた髪も、同じリボンでポニーテールに結ばれている。案外可愛いので一瞬どきりとしたが、今は生憎別のことが気になってそれどころではない。


「あっ、ごめん。ちょっと勢い強かったかな?」
「バァカ!力加減もわかんねぇのか!?それよりもそれ!なんなんだよ?」

混乱した花宮が半ばさけぶようにしてそう叫ぶと、名前はますます笑顔になった。

「よくぞきいてくれた。これはね、ネットで取り寄せたカカオ豆だよ。まこちゃんカカオ100%のチョコ好きでしょ?だから」

「だから、じゃねえよバァカ!口に当てたのは?!」
「それはほら、某アイドルを模倣して、"バレンタインデイ・・キッス"だよ」
「そういうのはだなっ!お前がって……。〜〜ッもういい」

「カカオ豆じゃなくてお前がキスしろよ!俺に!!」と言いたくても言えない、そんはシャイボーイ・花宮はすっかりヘソを曲げてしまった。



背中を向けて黙り込んでしまった花宮に、ようやくマズイと思ったのだろう。名前は猫撫で声で花宮をよんだ。

「あの〜、マコちゃん?」
「………。」

「マコちゃぁん」
「……………。」

「マコちゃんってばー」
「……………………。」


いくら呼んでも、花宮はピクリともしない。

「……まーことくん」
「…ッ?!」

痺れを切らした名前は、花宮の背中に飛びついた。そして、そのまま腕を彼の体にまわす。

「真くん、こっち向いて」
「…この体制でお前の方に向けるとでも思ってるのか、バァカ」
「ふふ、それもそうだね。どきますよー」

するりと離れた名前を少し名残惜しく思いながら、渋々といった感じで花宮は振り返った。

振り返ると名前は、先ほどのカカオ豆ではなく、可愛らしくラッピングされたハートのチョコレートを持っていた。

面食らっている花宮に、へへっと名前は照れたように笑いかけた。

「本物は、こっち」
「…不味そうなチョコだな」

ハートのチョコには、袋越しでもわかるほどの色ムラがあり、表面に書かれた『まこちゃんへ』という字は、幼稚園生のほうがまだマシ、という具合だった。

「じ、じつは、カカオ100%でハートチョコを作ろうと思ってたんだけど、昨日作ったら失敗しちゃって…。コンビニのチョコを買ってきて急いで作ったから、甘すぎるし、ブサイクになっちゃったの。…ごめん」

項垂れる名前の頭に、花宮は右手を置いて、ゆっくりと頭を撫でた。

「別に、元から名前のチョコなんて味にも見た目にも期待してなんかねえよ、バァカ。そんなの、気にするだけ無駄だ」

その冷たい言葉とは裏腹に、その声も、頭を撫でる手の動きも、温かいものだった。お決まりの、「なんて言うかよバァカ」も無い。

「それに、俺はそんなこと気にしない。俺がお前のチョコがほしいんだ。他のやつにもらう何千円もするチョコが山程あっても、お前のクソまずいちっさいチョコを選ぶ」

「…私、もしかして結構愛されちゃってる?」

くすくす笑いながら名前が言うと、花宮は固まった。
しかし、それは一瞬のことで、すぐにいつものように鼻で笑うと、頭を撫でていた手を頬に移動させ、引っ張った。

「んわっ?!いたいっ」
「ふはっ、さっきのお返しだ。バァカ」

そう言うと、花宮はもう一度鼻で笑った。
目に涙を溜めて花宮を睨みつけていた名前も、花宮の表情の中にどこか柔らかいものが見えて、思わず微笑んだ。



最後、名前に「バァカ。愛してるのは昔からだ」なんてことを言おうとして、されど言えずに終わった花宮真はやはり、悪童といえども可愛らしい高校生のオトコノコなのだった。