春は事件を連れてやってきた


3月に入り、風も少しぬるくなってきてようやく春の訪れを実感することができるようになった。

春のはじめが、一年の中で一番好きだ。
春特有のなにか新しいことがはじまりそうな予感が、お腹の底をムズムズするような嬉しさで支配する。この季節が好きだ。
しかし誠に残念ながら、そんな春を感じる余裕が今の私にはない。


ーーーーーーーーーー



私は、大学の後輩であるさつきちゃんとランチタイムを共にしていた。
私達は勤めている会社こそ違うが、こうして定期的に遊ぶ仲だ。
今日もいつもと同じように最近見つけた美味しいケーキ屋さん情報を交換したり、とめどなく流れるさつきちゃんの想い人の話を聞き流したりして、和やかに楽しく過ごしていた。はず、なのに。



「ふぅ、やっぱりいいなぁ。私も早く名前さんみたいにいい旦那さん見つけて結婚したいです〜」

さつきちゃんは頬杖をついて、夢見がちな乙女らしいため息をほうっとついた。

「あなたの場合は、まず"テツくん"と付き合わなくっちゃでしょ」

いったい何年想い続けているのやら、なんて言ってみれば彼女は軟体動物みたいにテーブルに伸びた。

「ほらほら、お行儀悪いわよ。あなたもう大人でしょ」
「ううっ、だって痛いところをつくから〜」

名前さんの意地悪、と涙目で訴えてくるさつきちゃんは非常に可愛らしい。自分も女ではあるが、不覚にもぐらっとくるくらいだ。そしてなんといってもナイスバディ。
中学時代から続くというアタックに折れない"テツくん"こと黒子テツヤ氏は強靭な精神をお持ちのようだ。

私が心の中で何度か目にしたことがあるはずの黒子テツヤ氏を思いだそうとしていると、彼女は急に起き上がって「名前さん、大変なんです!」と叫んだ。

そのわりには目が快活にキラキラ輝いている。情報収集している時と同じ目だ。しかし、どうせ取るに足らないことだろうと予想はつく。
彼女がぐっと身を乗り出してきた。可愛らしいお顔が真近に迫る。

「最近、なにやら木吉さんがあやしいんですよ!」
「あらま、鉄平になにかあったの?」

『ちっとも気にしてませんよ』というような声で返す。
すると、さつきちゃんの口元が弧を描いた。うふっという声が口の端から漏れている。

私は嫌な予感がした。
その予感を振り切ろうとしたが、無念。
皮肉なことに、こういった場合の嫌な予感とは非常によく当たってしまうのである。

「それがですね。木吉さんってば、近頃年下の可愛いと評判の女子社員とお昼休憩にデートしてたんです!」

なんてことだ。
嫌な予感は当たったらしい。