美学としての絶望


ヒワダタウン。それはポケモンと人が仲良く暮らす町。
そこは大都市コガネシティや観光地として大人気なキキョウシティやエンジュシティと比べたらとても地味。外から人なんて訪れないのではないかと思うくらいには何もない普通の町だ。俺が子供だからそう思うだけなのかもしれないけれど。
何故俺がこんな辺鄙な…もとい地味な場所に来ているのかというと、その理由はただ一つ。『ボールを貰いに来た』。ただそれだけなのだ。
ヒワダタウンを何もない普通の町と称した俺だが一部訂正しよう。確かにヒワダタウンは何もない町だ。しかしそれは一般の人にとってはという意味になる。辺りに見える大きな建物といえばポケモンセンターやフレンドリィショップなどパッと見どこにでもあるような施設ばかり。実に一般的で平凡な町と言えるだろう。

「…やっとついた。」

とある民家の前に着いた俺は大きく息を吐いた。
いやあここまで長かった。長いと感じたのは距離ではなく時間のこと。ヒワダは昔というかんじの造りをしている民家が他の町よりも多く、目的の家を探すのに苦労することが多い。だって古い家なんて外壁の色が違うわけでもないし、ここら辺の家みんな一階建てだし、そんな似たようなものがずらーって並んでると全然見分けつかないじゃん。俺の覚えが悪いわけじゃないよ。昔の人たちがクリエイティブで個性に溢れてないのが悪い。きっとそう。
話を戻そう。実はヒワダは一部の界隈で有名な場所なのだ。昔このヒワダタウンには特殊なモンスターボールを作ることができるガンテツという人がいたという。その人が作るボールはポケモンの捕獲をする際に特定の状況下なら捕獲しやすくなるとか、そのボールからポケモンが出てくる時に華やかなエフェクトがかかる…など、様々な効果があるものなのだ。捕獲を専門としている人間やコンテストに関わる人たちはこぞってこのヒワダの特殊なボールを頼りにしている。もちろん今日俺がここに来た理由もその特殊なモンスターボールが欲しいからだ。
インターホンを押して家の主を呼び出す。少し待ってみたが反応はなし。物音も人が動く気配も感じられなかった。もしかしてさっきの音が聞こえなかったのかと思いもう一度鳴らしてみるが結果は先程と一緒。庭先に自転車があることから出かけているというわけではないのだろう。つまりは居留守。この家の主は何が原因かは知らないが俺の来訪を歓迎していないのだ。
なるほどね、それならこちらにも考えがありますとも。そりゃあ泣き寝入りを決め込むネープルくんじゃないですよ。


「ナルミーーッ!出てこいやーーーーっ!!」


辺りに人がいないことを確認した俺は肺いっぱいに空気を吸い込み、その息を一気に使ってバクオングのように…とはいかずともかなりの声量で叫んだ。自分が出した声で周りも自身の耳も脳もびりびりと震える。視界の端で木の枝に留まって休んでいたポッポたちが驚いて飛び去っていくのが見えた。本当に申し訳ない。しかし俺はこの家の主がでてくるまでこの行為を止めるつもりはない。
おい恥ずかしいだろ、こんな声が長く聞こえたらご近所さんも何だと思って見に来るぞ?それで人が集まったら恥ずかしいだろお前。早く出てこいや俺も恥ずかしいから。

「来てやったぞナルミ!どーーーせいるんだろうが無視すんなや!おい!お前ってやつは本当にもう」
「さっきからうるさいってば!近所めーわくってやつだよばーか!」

そろそろこの大声のせいで近隣住民からクレームが来るかと若干ひやひやしていたら、怒りの感情が込められているかのように強めに引き戸が激しい音をたてて開かれた。
やっと出てきやがったかこの引きこもりめ。近所迷惑なのは分かっている。が、こいつはここまでしないと出て来てくれないのだ。少し恥ずかしいがこうするしかあるまい。
家から出てきたこのちんちくりんの名前はナルミ。年は俺より少し下だけれども、ぼんぐりという木の実を使う特殊なモンスターボールを作っているボール職人というやつだ。まあこいつも俺と同じでまだ師匠と呼べる人や周りに認められていない見習いという立場なのだが。
まだ一人前の職人として認められていないこいつ、そして見習いという立場の俺。様々なボールを作りたいが使い手がおらず大量のボールの存在に困っていたこいつ、様々な種類のボールを安く大量に仕入れたいが俺。ぼんぐり集めをしていたこいつとヒメグマを捕まえにヒワダに来ていた俺。偶然と言うには出来過ぎのような出会い方をした俺たちは、自分の望みが叶えられると考え利害一致のもとに手を組んだ。本来この特殊なモンスターボールというものは実力のあるトレーナーにしか渡してはいけないという掟というものが存在するらしい。そこら辺に関して目を瞑ってもらっているのがこの俺なのだが…、まあナルミに感謝はしている。恥ずかしいので絶対に口にしないけど。


「ボール補充しにきた。ほらどうせあるだろ?くれよ、金はいつもの分持ってきてっから。」
「あることにはあるけどそういう言い方されると渡したくない。」
「は〜?誰がお前の在庫減らしてやってると思ってんの?」
「あーあそんなこと言うんだ。じゃあこれからはきちんと定価分の金取っていいってこと?」
「うわすぐそういう方に持ってく!かわいくねーやつ。」
「プロでもないくせに使ってやってるとか上から目線で言われるのムカつくんだが〜?!」
「一人前でもないくせにことあるごとに一丁前に金取ろうとする奴に言われたくありませ〜ん!」


ばちばちと火花が散りそうなほどにガンを飛ばし合う俺たち。こいつの面倒くささはべたべた引っ付いてくるベリーとは違うものだ。何というかムカつくうざさを感じて辟易してしまう。
そんな感情を隠さずに堂々と顔に出していると、ナルミはそんな俺の顔を見て余裕のある表情を浮かべた。何だよと問うと口角を上げ、自信満々の表情を俺に向けた。


「そんな口をきいていられるのも今のうちだぞ。何せこの私はこの前師匠からボールづくりの腕を認められたのだ!」
「な、何ぃ?!お前みたいなちんちくりんが認められた?!つまり一人前ってこと?!」
「年下に先を越された気分はどうだ。」
「お前まじかわいくねえ!」


人を小馬鹿にするように舌を出して笑うこの女の頭に拳をぐりぐりと押し付ける。痛い痛いと叫ぶが俺は力なんてこれっぽっちも入れていないのでこれはこいつの過剰反応だ。
しかしこいつがまさか俺より先に一人前として認められるとは思っていなかったのでかなり驚いたしショックだった。だって年下だし女だしこいつの師匠厳しい人だし。早く見積もってもプロ入りは俺が一人前として認められて2,3年後くらいだろうなと予想していいたのに、まさか立場が逆転することになるとは思わなかった。事実はフィクションより何とやらって本当だったんだなと実感し、俺は苦笑いを浮かべた。ちょっと涙出てきそう。絶対目の前でなんか泣いてやんないけど。

「…で、ボールのお代は?お前自分の自慢ばっかで忘れてね?」

そんな劣等感と羨望から離れたくて話題を元々の目的であった特殊なモンスターボールの方へと戻していく。ナルミはそう言えばそうだったといったような顔をして、ボールを取りに家の奥の方へ駆けて行った。
もしかして俺が話題を誘導しなかったら延々と自慢話をされていた、もしくはボールのことなぞ忘れて話題が尽きたらそのままワカバに返されていたという可能性もあったのではないだろうかと思い少し身震いした。

「レベルボールが4つ、ルアーボールが3つでラブラブボールが2つね。今回ヘビーボールはないから。しめて2000円とくろぼんぐりとお菓子で勘弁してあげる。」
「へいへい。飴でいい?悪いとは言わせねーけど。」
「いいよ!飴は食べてても作業の妨げにならないから好き!」

麻袋を抱え奥から戻って来たナルミはその中からいくつかのボールを出して机の上に並べた。4、5…全部で9個か。思ったより作っていてくれたんだなと思いながらリュックの中から財布とくろぼんぐりを出す。どうせ要求してくるだろうと思って事前に裏山で適当にぼんぐりを拾いに行ってきてよかった。今回お金以外に要求されたものはくろぼんぐり。今度受け取りに行くときには大量のヘビーボールが貰うことができると期待してもいいということだろうか、なんてポケットの中にあるはずの飴を探しながらそう考えた。
それにしても中々飴が見つからない。こっちのポッケに入れたはずなんだけどな、おかしいな。

「ネープルもがんばればー?昔、11歳で捕獲のプロとして働いていたって人いたみたいだし。できないことはないでしょ。」

俺が一生懸飴を命探している間にナルミはそんな言葉を投げかけてきた。「まじ?今の俺と同い年じゃん、誰?名前は?」かなり上から目線に感じる言葉だがそれ以上に気になることがあった。11歳の捕獲のプロ、スルーしろという方が難しい。ナルミは俺の質問を聞いてげっと嫌そうな顔をした。

「え、言わなきゃなの?どうしようかなあ、面倒くさいし…」
「今回の飴はお前の好きなモモンのみ味。2つでどうだ。」
「いいよ話してあげる。」

ナルミが一番好きな味の飴を提示すると奴は目を輝かせながら了承した。まだまだガキだな、なんて鼻で笑いながら飴を渡す。ナルミは好きな味の飴に興奮したのか俺の嘲笑には気づいていないようだった。
ちなみにあれだけ探していた飴はリュックの横ポケットの中にあった。探してた時間返せ。

「で、その昔の天才少女ってどんな人?」
「えー、名前しか知らないよ。会ったこともないし。」
「名前だけでいいよ。名前さえ分かれば後は俺が調べるから。」
「本当に自分で調べてよね?その人、クリスタルって名前なんだって。ひいじいちゃんのお客さんだったんだって聞いたことある。」

その言葉を聞いた瞬間、雷に似た衝撃が全身に走った。
クリスタルって、お母さんのことだよな。捕獲屋のクリスタル。昔のお母さん。そう、お母さんは確かに昔捕獲の専門家として各地に赴きバトル&ゲットをしていた時期があったと言っていた。それがナルミのひいじいちゃん_ガンテツさんからボールを貰っていたと。この部分に対しての違和感はない。しかし問題なのはここからだ。
ナルミの言い分を聞くに、そのクリスタルという人が捕獲の専門家として活動していたのは11歳という年齢からということになる。
何故ここまで動揺しているのか、それは俺の知っている話と違うからだ。お母さんが捕獲の専門家として活動し始めたという年齢は14歳の頃だと聞かされていた。それを信じて今まで生きていた。でも今提示されたのはそうじゃなくて。何だかよく分からない。けれど一つだけ確かなことはある。
まずはずっと嘘をつかれていたということ。そしてどちらにしろ今の俺は過去のお母さんが持っていた実力を持っていない、現時点ではお母さんの劣化品かもしれないということ。
俺はスタートラインにすら立てていない?


「……そーなんだ。…えっと、あー、俺帰るわ!そういやお父さんの仕事の手伝いしなきゃいけなかったんだ。」


口から出る歯切れの悪いそれはもちろん真っ赤な嘘。そんな約束していないし、俺はお父さんの仕事に興味がないし基本育て屋の方はノータッチだ。
動揺したからなのか緊張のせいなのかは知らないが口の中が渇いて喋り辛かった。棒読みになっていただろうか、動揺が顔に出ていただろうかと不安に思ったが、ナルミは何も気づいていない様子でそうなんだと言ってきた。それにホッとし、じゃあなと手を振りながら別れを告げて外に出る。
喉が詰まるような感覚。息苦しい。空はこんなに爽やかに晴れているというのに、俺の心はずっと重苦しい何かで支配されていた。

「…なんで。」

家までの道のりが長く感じる。足が重い、視界がにじむ。
知りたくなかった、こんなこと。
お母さんのような捕獲の専門家になりたいと思った。14歳でプロになれればかつてのお母さんに追いつけると思っていた。まだまだ未熟な俺だけれどあと3年あれば一人前のプロになれるって、一人でも大人と交渉できるようになれるってそう思っていた。まだ3年ある、まだ11歳だから見習いで、だからそれまではお母さんが優しく丁寧に少しずつ教えてくれて、それでもう少ししたらもっと本格的なものにって。
でも蓋を開けたらこんなことってないだろ。
どんな顔をすればいいのか分からない。帰りたくない。帰って玄関を開けて、おかえりって優しい声をかけてくれるあの人の顔を今の俺は見ることができるのだろうか。
- 14 -
トップページへ