一面氷で覆われたバトルフィールド。そこに二人の男が立っていた。先に名乗りを上げたのはこのジムのトップの立場に就いているシルバー。ジョウトの初代図鑑所有者であり、次世代図鑑所有者の一人でもあるベリーの実の父親だ。
「いえ、それを失念していた俺が馬鹿だっただけです。最初から素直にこうしておけばよかった。
「…クノエか。」
「はい。やはりカロスというのは珍しいですかね、ここら辺だと。」
「……まあそうだな。」
続いて名乗りをあげた挑戦者__アルゴが自身の出身を口にした時、何か思うところがあったのかシルバーは若干眉を寄せていた。が、すぐに切り替えボールを構える。手の中で青く輝くそれはジムリーダーの証とも言われているスーパーボールだ。
「レアコイル、出番だ。」
ボールから出てきたのはじしゃくポケモンと分類されるレアコイルだった。挑戦者はレアコイルを見て驚いたのか目を見開いてレアコイルをじっと見つめていた。
チョウジジムの特徴は?と問われるのなら大概の人間は『異質』の二文字を答えるだろう。他のジムとは違い地下にあること、先代が残していった氷でできた建物とバトルフィールド。そしてジムリーダーが使うポケモンのタイプに一貫性がないこと。特に後者を特徴とするジムリーダーは世界で見ても片手で数えるほどしかおらず、このジムの内装で『チョウジジムはこおりタイプ専門だ』と騙される人間も一定数いる。シルバーが繰り出すポケモンたちを見て話が違う!と言う挑戦者も少なくはない。
さてこの挑戦者はどう対応するものかとシルバーが試すような視線を送ると、挑戦者__アルゴも腰のホルダーからボールを取り出し、ポケモンを場に出した。
フィールド上に出てきたのはたまごポケモンという分類で知られているラッキーだった。幸せをもたらすと言われており性質は穏やか、研究者や医療従事者の助手として活動している個体もいるという珍しいポケモンだ。どこかマスコットキャラクターのようなかわいらしい顔をしているポケモンだが、バトルとなると話は別だ。『ピンクの悪魔』。誰が呼び始めたのかは知らないがバトル上におけるその凶悪な性質から一部の人間から畏怖をこめてそう呼ばれている。
「そうだ。始める前に一つ、勝利後のジムバッチはいりません。」
「………何?」
さあいよいよバトル開始かとこの場にいる皆が思った瞬間、アルゴが放った一言で場に静寂が走る。それはジムの挑戦者にあるまじき発言だった。言い間違えたのか、もしくは自分の聞き間違いかと思いシルバーは咎めるような声色でそう聞き返すが、アルゴは平然とした表情のまま先の言葉をそのまま繰り返した。困惑の色がこの場にいる人間に徐々に伝染する。それに気が付いたのかアルゴはすみませんと断りを入れてから言葉を続けた。
「…先に言った方がよかったですね。俺の目的はチョウジのジムバッジではありません。俺が集めるべきバッジはジョウトのものではない。気を悪くさせてしまったら申し訳ありません。ですが、ジムバッジの代わりに、もし俺が勝利したら一つだけ俺の質問に答えてくれませんか。」
「そうか。分かった、その条件を呑もう。」
シルバーがその申し出を承諾するとアルゴはありがとうございますと軽く敬礼をし、まっすぐとシルバーを見た。
「中断して申し訳ありません。…やりましょう、本気でいきます。」
「___いいだろう。来い。」
時代は違うが、奇しくもこのジョウトという地のポケモン図鑑の所持者である二人。本人たちはそんなこと知る由もないのだが、これはドリームマッチと言っても過言ではないだろう。
ぎらついた目で互いを見る二人はポケモンに指示を出す。それを聞いたポケモンは人間とは比にならない速さで相手に近づいて行った__。
・・・・・・・・・・・・
「お邪魔しまーす。」
関係者以外立ち入り禁止の看板を軽々と飛び越えて、秘密の裏口の扉を開ける。中にいるのはここのジムトレーナーばかりだ。「あれ珍しい。どうしたの?」「えー久しぶりじゃーん!背伸びた?」強者側のお兄さんお姉さんたちが私がここに入るのを許してくれて親し気に話しかけてくれるのは、私が__ベリーがここのジムリーダーの娘だからだ。部外者の子だったらやんわりと拒否をされて追い返されるだけだからね。
「お父さんお弁当忘れてったからお届けに来ました。」
ここに来た理由を言うとジムトレーナーの皆さんは何ともほほえましいものを見るような目で私を見つめていた。偉いねとか優しいねだとか声をかけられるけれども私はもう11歳だし、なんだか少し子供扱いされているように感じて嬉しいけれども複雑な気分だ。
そう思いながら部屋をぐるりと見回すとモニターに映し出されている映像に目が止まった。お父さんの姿も見えることから最初は『ああ、誰か実力のある子でも来たんだな』くらいの認識で見ていたのだけれども、挑戦者側がアップで映った時に私はとても驚いて声を上げてしまった。
「あ、アルゴくん?!」
「あら、ベリーちゃんの知り合い?」
ジムトレーナーのお姉さんが私にそう聞いてくるのでコクコクと頭を上下に揺らして肯定を示す。知り合いも何も、仲間というか何というか…。でも仲間なんて本人の前で言うのは何だか恥ずかしい気がするな。いや初めて会った時よりは仲良くなっているとは思うのだけれどもまだ緊張するというか何というか…。
「な、なんでアルゴく…。でもお父さんとバトルってなんで?!うちにジムチャレンジなんて聞いてな、いやでも、その、えっと。とにかく何でここにいるの!?」
「ジムリーダーに会いたかったみたいなんだけれど、アポ無しの人間をはいそうですかってすんなり合わせるわけにはいかないでしょう?お断りしたら、じゃあジム戦をさせてくださいって彼から申し出があって。ジム戦中は監視の目がついてるし、まあいいかって了承したの。」
動揺で言葉がしっちゃかめっちゃかに散らかってしまい変な質問になってしまったけれど私の意としていることは伝わったようで、お姉さんはにこやかな笑みを浮かべながら答えてくれた。
アルゴくんがわざわざお父さんに会いに来たというところに疑問を抱きながらも試合が終わるのを待つために椅子に座る。
『マニューラ戦闘不能!勝者、チャレンジャー!』
「えっ…!?」
それから少し経った後、スピーカー越しに聞こえた審判の声はアルゴくんの勝利を示していた。
お父さんが負けたということは少し残念だけれど別に驚きはしない。だって本気の手持ちじゃないし、自分は後進を育てる立場だからとか前に言ってたし。私が驚いたのは他のところにある。
戦闘不能になったマニューラって、あのマニューラ?二匹目のマニューラだけれど、レベルが高くて(もちろんずっと昔からお父さんと一緒にいる子よりレベルは低い)滅多にジムチャレンジャーには出さないっていうマニューラのことだよね。その子が負けた?
………もしかしてアルゴくん、超強い?
そっか、そんなに強いんだ。じゃあ初対面の時あんな強気な言い方した理由も分かるよね、だって私たちよわよわだし。うん、納得納得。
バトルを終えた二人はなにやら_ひそひそ話でもしているかのように_顔を寄せて話をしていた。なんだかそれがとても気になって、私は何も考えずに反射的に動いてしまった。いきなり立ち上がって扉を開けて駆け出して行く私に驚いたのか後ろからジムトレーナーさんたちの困惑の声が聞こえる。が、それを無視して私は走る。
目的の場所の扉の前に着いた私はぜえぜえとした荒い息を整えて乱れた髪を手で少しだけ整え、それから静かに扉を開けた。最初に感じるのはお世辞にも気持ちいいとは言えない、刺すように冷たい冷気。さすが一面氷のフィールドだ。気温差が尋常じゃない。
「おとーさーん…。」
二人が話しているところに物音を立てないように近づき、一応小声で声をかける。お父さんは私の声にすぐ気が付いてベリーと名前を呼んでくれたが、アルゴくんは驚いたのか目を見開いて私を見ていた。
「お前、何でここに」
「用事あったからここに来ただけだよ。親子だし。」
場に流れる静寂。彼にとってはここに私がやって来ることも私とお父さんの関係もどれも予想外のものだったのだろう。何回か私とお父さんを見比べていたのか目線がきょろきょろと動いていた。
「親子。」
「うん、そうだけど…。」
「…似てないな」
アルゴくんがボソッと呟いた言葉はきちんと私に聞こえていた。本人は聞こえないようにしていたつもりだろうけれども。実はお父さんに似ていないことがコンプレックスな私はそういう言葉にかなり思うところがあるのだ。なので少し恨めしいように、というか所詮ガチトーンと呼ばれるような声色で「酷い」と返した。そうしたらアルゴくんは少し申し訳ないかんじですまんと言ってきた。なんだかそれが面白くて、私は少し笑った。