光線と旗


拝啓、世界で一番格好いい私のお父さん。今は何をしていますか?ジムでチャレンジャーの人とバトルをしているのでしょうか。それとも、事務仕事でしょうか。いつもお仕事お疲れ様です。
さて、私事になりますが一つご報告がございます。お父さんのことだからもう分かっているかと思いますが私から改めて言わせてください。
この度、あなたの娘であるベリーに、


「遅い。このスピードに反応できないのならジムリーダーになるのなんて夢のまた夢だ。次は若干遅くしてやる、それに反応できるまで今日は返さんぞ。」
「ふぁ、ふぁい…。」


………師匠ができました。


_________

何故こんなことになったのだろうか。この師弟という関係性を言い出したのはアルゴくんからだった。
あの謎の島から帰って来る時の道すがら、私の前を飛んでいたアルゴくんが急に「お前、ジムリーダーになりたいんだって?」と問うてきたのだ。

「う、うん。」
「お前の手持ちのレベルではリーグから推奨されているジム巡りルートの2番目のジムを突破できるかどうかがせいぜいだろう。

思わずうっと声が出てしまった。ジムリーダーになりたい、口でそう言いつつも、手持ちの鍛え方が分からない。どうやって強くなればいいのか分からない。ジム巡りに行こうという一歩を踏み出す勇気がない。だからと言って忙しいお父さんの手を煩わせたくない。じゃあやっぱり1人で頑張るしかない。
でも、どうやって?
そう、私はネープルみたいに自分の夢に向かって突き進むことができずに立ち止っていたのだ。つまり、図星。

「だから俺が力をつけてやる。」

前方から聞こえてきた声にえ?っと返す。今、なんて?と言うか、なんで?頭の中が疑問符で埋め尽くされる。だって彼が私にそこまでする理由が見つからないのだから。今日の礼とかそういうものだとしても吊り合いが取れない。

「な、何か裏でも_いや、理由、えと、何で?」
「…裏でも何でもねえよ。ただ、今日行った場所の情報と引き換えという形でお前の父親から頼まれた。『娘のバトルの指導をしてくれ』とな。ご丁寧に俺みたいなやつに頭を下げて、だ。まさかそこまでするとは思わなくて驚いた。___お前、愛されてるな。」

アルゴくんの言葉にじんわりと胸が温かくなった。お父さん、私の悩んでること分かってたんだ。


「目標はエンジュジムだ。推奨ルートでは中間地点でもある4番目、しかも手練手管としたバトルスタイルで挑戦者を翻弄してくる。ジョウトの前半に分類されるジムでは最も脱落者を出しているジムらしい。そこをクリアするまで、俺が指導してやる。」
「うう…長い道のりだ…。その前にキキョウもヒワダもコガネも突破しないといけないなんて…。」
「いや、推奨ルート序盤の3つは後回しだ。初っ端からエンジュでいく。」

地上に着いた私達はスマホロトムでジョウト地方のジム巡りに関連する地図を出した。スマホロトムが空中に映し出したジョウト地方のジム巡り推奨ルートの序盤3つのジム名に、アルゴくんはご丁寧に1つずつバツ印をつけていく。そしてエンジュジムに大きく丸をつけてにやりと口角を上げながら私の方を見た。まさか最初の3つをすっ飛ばすと思っていなかった私は驚きの声を上げた。

「い、いきなりエンジュ?!」
「いいだろう別に。基本的にジムは挑戦者の手持ちのレベルに合わせたポケモンを繰り出してくる。心配するようなことはないと思うが?」

アルゴくんの言うことはごもっともだった。推奨ルートが遠いから地元のジムから始めるといった挑戦者も少なくはない。フスベジムだけはそれをお断りしているようだけれども、他のジムはいくらレベルが低かろうともその挑戦者に合わせてくれるというのだから、そもエンジュから、もしくはお父さんが運営しているチョウジジムから挑んでもいいのだ。
しかし私はその挑戦という一歩が怖くて、一人だとどうにもできなかったのだ。今アルゴくんが側にいてくれて、挑むジムが決まっただけでも大きな進歩なのではないだろうか?

「よ、よろしくお願いします!」
「ああ、ゴーストタイプを先に経験していくのは悪い事にはならないだろう。それに個人的にそこのジムリーダーが気に食わないから、負ける様が見れるなら御の字だ。」
「私怨じゃん…。」
「私怨じゃない。」

いやどう足掻いても私怨だよ…そんな言葉が喉元まで出かけたがこれ以上は意味のない言い合いになるだろうと思い、口を噤んだ。そうしているとアルゴくんは何かを思いついたのか、そうだと呟いてから私の方へ向き直って口を開いた。

「お前、はかいこうせんは曲がると思うか?」
「……曲がるわけないでしょ。」

…何だそれは。勿論答えは至極当然、曲がらない一択だ。曲がったらそれはズルだ。自由自在に動き回る『破壊光線』なんて、ズルに決まっている。と言うか怖い。恐怖だ。

「いや曲がるんだ。」

何を言っているんだ、この人は。
そんなこと思っているのがバレてしまったのか、アルゴくんは分かってないなと言ったような顔で「見てろ」と言い、ボールの中から彼の相棒であるボーマンダを出した。


「はかいこうせん。」


一閃。
圧倒的破壊力を伴いところどころ赤みを帯びているように見えるそれは、上下左右、自由自在にその駆動を曲げながら、少し離れたところにある岩山を粉々に破壊した。その威力はさすが"はかい"と称されるだけのことはあり、よく見てみるとその岩山だけではなく辺りのものまで風化させていた。
開いた口がふさがらない。いくら目を擦ってみても岩山だったものは変わらずに風に吹かれてさらさらと流れていくだけだ。でも目の前のことが現実だとは思えない。嘘だぁ。そう思っているとアルゴくんから「…口を閉じろ。阿呆みたいだぞ」と言われた。恥ずかしい。私はすぐに口元を覆い隠した。

「ポケモンバトルに必要なものは柔軟な思考。バトルフィールドがいつでも条件のいいところだとは限らないし、相手の出すポケモンのタイプが自分の手持ちと相性がいいばかりとも限らない。特にエンジュジムはお前にとってその最たる例だ。こんらん、かげふみ、やけど、ねむり状態…考えられる状態異常も多い。それにどうやって対処していくか、それが今のお前の課題だ。」
「う、うん…?」
「実戦経験も多種多様な戦法に対する対応力も相手の方が数段上だ。これくらいのことに驚いて突っ立っているばかりだと本番はなにもできんぞ。」

はかいこうせんが曲がるという『ありえないこと』を『これくらいのこと』と軽く言い放ったアルゴくんをじっと見てると、不満あるなら聞くが?と問われた。不満…というほど不満なわけではないので私は首を振って否定を示した。まあこれは感覚の違いというものなので不満ではない、はずだ。多分。
それに自分のバトルの経験がゼロに近いということなんて自分が一番よく知っている。むしろ現時点での課題が分かったのはいいことだ。

「俺も昔地元のジムリーダーから直々に教えを受けていた時期がある。他人への指導経験はないが、まあやれないことはないだろうさ。」

アルゴくんはそう言いながら自身にすり寄ってくるボーマンダの頭を撫でる。多くの本に獰猛で乱暴者と書かれているボーマンダを手懐けている人は多くはない。やっぱり私、すごい実力のある人に教わっているんだ。アルゴくんと手持ちの関係性を見る度に強く実感する。彼の全ての手持ちポケモンを見たわけではないが、育てるのが難しいと言われているドラゴンポケモンを最終進化の姿にまで育て上げているだけでエリートトレーナーと呼ばれている人物と同じ…いや、それ以上の強さを持っているのではないだろうか?

でもさ、ねえ、地元のジムリーダーって、誰のこと?セキチク出身って言ってたよね。セキチクのアンズさんのことを言っているの?…そんなわけ、ないよね。
生まれ出る素直な疑問。話題としては軽く振ってもいいようなもの。でもそんなことを思っても、たとえ軽いというカテゴリに分類されそうな話題のものだとしても、彼の出自の核心に触れることは今の私にはできなくて。私を助けてくれた時に使っていた謎のポケモン。ここら辺では珍しいターコイズブルーという瞳の色に周りとは頭一つ分くらい違う背の高さ。カントー地方出身…というか、国内出身なのだろうか。聞いてみたい。そのジムリーダーってアンズさん?セキチクジム?って。でも聞けない。あの謎の島で見た寂しそうな後ろ姿を見た後だと、尚更。
喉元まで出かかった言葉を何とかのみ込んで、アルゴくんの手持ちと私の今の実力を今一度確かめるための軽い模擬戦をするために、私は手持ちのポケモンをボールから出した。
- 20 -
トップページへ