目の前に突如として現れた黒いリザードン。
表情はこわばっているがリザードンから目を離さない者。少しずつ後退し、安全圏と思われるところまで距離を取ろうとする者。姿を確認するや否やすぐにボールに手をかけて臨戦態勢をとる者。三人の反応はまちまちだが、いきなり現れたとはいえ、たかがリザードン相手にその反応は異常だろう。しかしそれは目の前にいるのが『普通のリザードンだった』場合だ。しかし目の前にいるのは通常のものではなく、むしろその形態は___
「ッおかしいだろ!?ここはナナシマ、メガシンカ現象が確認された場所じゃないはずなのに!」
ネープルの叫びにアルゴとベリーも無言で同意する。
そう、目の前にいるリザードンはメガシンカをしている状態に酷似していたのだ。
メガシンカ__進化を超えた進化、ポケモンとトレーナーの強い力で生まれる現象。しかしそれが発現するポケモンは全体的に見てもごく少数であり、メガシンカできる場所というものも限定されている。メガシンカの発祥の地とされるカロス地方をはじめ、ホウエン地方、アローラ地方、そしてカントー地方。それがメガシンカが可能とされる場所だった。
しかし同じカントー地方と言えど今三人がいるこのナナシマという場所だけは別だった。何が関係しているのかは不明だが同じカントー地方でもこのナナシマに分類される9つの島ではポケモンとトレーナーの絆がいくら強かろうとメガシンカ現象が見られないのだ。幸いにナナシマでメガシンカを使わなければいけなくなる程の事件はここ十数年間起きていないことでそこまで問題視されていなかったのだが__。
「異常事態だなあ!どう考えても!」
いやあ困った!とあっけらかんとした態度で言うネープルだが、その内心は焦りに満ちていた。当然だろう。この2のしま、ポケモンが生息していない珍しい場所であり、訪れるトレーナーも多くない。しかも目の前にいるリザードンという種族も確認されている数が世界的にも少なく、草むらなどで発見したという実例もなく、基本的に野生で出てくることがないと言われているポケモンだ。こんな場所にひとりでに現れることなんてありえないのだ。
「黒いから勝手にメガシンカもんだと思ってたんだけど、有識者アルゴさん解説お願いできません?」
「解説のアルゴだ。メガリザードンというものは2種類存在する。
まずはメガリザードンY。通常のリザードンと似た色合いをしているが翼は通常時よりも一回り大きく、更に腕にも小さな翼のようなものができている…リザードンの単純強化版、といった見た目をしている。」
「Y…ってことは他にもあるの?」
「ああ、いい質問だベリー。もう一つはメガリザードンXと呼ばれている。Yの時とは違い体の配色は黒、更に口から漏れ出ている炎は青という特別仕様だ。だが、」
「…今目の前にいるリザードンはそのどちらにも当てはまらない、ってこと?」
そのネープルの問いかけにアルゴは複雑な表情を見せながら頷いた。
目の前にいるリザードンは全体的に黒く、頭部には大きな角が一本生えていた。翼や腕の辺りが全体的に変化しており、その身体に宿す炎の色は赤色。通常個体ではありえない形状だ。メガシンカという線もあったがアルゴという有識者曰く目の前にいるこれはXにもYにも該当しない。もちろん色違いというわけでもない。そんな『どの分類にも当てはまらない謎のリザードン』が目の前にいた。その目は戦意に満ちている。ネープルが図鑑を出してそのリザードンの情報を読み取ろうとしたが液晶に映し出されたものは無常にも『NO DATE』の文字。カントー・ジョウト地方のポケモンに対応しているこの図鑑がリザードンを読み取れないはずはないというのに、図鑑は一向に目の前の存在をリザードンと認識しない。他の何かだと言っているかのように
このリザードンはイレギュラーな存在、改めてそう意識するや否や三人の背筋に冷たいものが走った。
___一体何が起きている?目の前にいるこれは何だ?
「ベリー、伝承者に連絡を。」
アルゴはリザードンから目を逸らさずにベリーにそう指示をした。先程までこの場にいた究極技の伝承者であるリカはセキエイリーグの四天王も兼任している実力者だ。彼女が今ここに合流してくれるなら、この状況も少しは変わるのかもしれない。そんな微かな希望を持ってベリーに指示を出したが、泣きそうな顔で首を横に振るだけだった。
「さっきからかけてるけど駄目、通じない!スマホもポケギアも圏外表記だよ!」
「うっそだろここに来た時とか通じてただろうが?!」
「電波障害?まさか人為的なものだとでもいうのか?」
人為的。そんな言葉を聞いたネープルとベリーの背に寒気が走った。じゃあ一体誰が仕組んだことなのか。二人の心に恐怖の感情が生まれる。
だがここで萎縮してハイさよならと引き返すくらい小心者の二人ではない。恐怖をどうにか押し込めて、すでにポケモンを出して対峙しようとしているアルゴに習うように二人共ポケモンをボールから出す。
「耳塞いどけよ二人とも!オーダイル、その顔と『いやなおと』でいかくしてやれ!」
ネープルの指示を聞いたオーダイルは元々強面の顔を更に険しくし、その大きな口に生えている鋭い歯を見せつけるようにぎりぎりと擦り合わせ威嚇をした。そのオーダイルの姿を見てリザードンはたじろぐ。
「ネープル、捕獲できるチャンスがあったら俺たちを気にせずどんどん狙っていけ。一応ウツギ博士やグリーン博士に見せた方がいいだろう。…研究に役立つとは思えんがな。」
「おっとまじで?じゃあオーダイルかみつくのなーし!リザードンの目に『どろかけ』て視界奪ってやろーぜ!安全運転!」
そんなリザードンを見てアルゴは作戦変更を伝える。倒す、ではなく『捕獲』。その指示にネープルとベリーは了解と返した。
アルゴがはっきりと研究に役立つとは思えないと言ったのは明らかにこのリザードンが非人道的な扱いを受けて育てられたことが見て取れるからだ。" 普通の "リザードンには見られない形状、時折見せる苦しげで何かを耐えているような表情。虐待、改造、投薬、遺伝子組換え__、原因となりえそうなものはいくらでもある。一体このリザードンのおやは何を考えているのか。そう思ったアルゴだったがこれ以上は無駄だと思い考えることを辞めた。
「メガニウム『あまいかおり』。気をそらすの。ネープルのサポートしよう。」
「バクフーン『れんごく』だ。有効打にはならんが邪魔をすることくらいはできるだろう。腕や足、可動域が広いところを中心に狙え。」
あまいかおりとれんごくでネープルの捕獲のサポートをする二人。思惑通り、リザードンの気はネープル以外の存在に向けられており、腕や足はれんごくの炎に包まれ簡単に動かすことはできない状況になっている。これなら捕獲は簡単だ。いつもはそこらを自由自在に動き回るポケモンを相手に捕獲の練習をしているネープルだ、動きの鈍い・ほぼ動かないポケモンなど捕まえやすい以外の何があるか。最早クリア直前のゲームのようなもの…と思っていた三人だったが、リザードンのとある動きによってその考えは覆ることとなる。
足が駄目なら腕を。腕が駄目なら?第三の選択肢があるなら勿論それを使うだろう。
だって自身には__翼があるのだから。
リザードンは翼を大きく動かし、その場に風を起こし、自身の障壁となっていたれんごくの炎とあまいかおりをかき消し空へと飛び上がった。
チッと大きな舌打ちがアルゴの方から聞こえた。翼も考慮しなかった自分の判断ミス・浅はかな考えをしたとでも思った故だろう。しかし今はそんな過ぎたことを悔いている場合ではない。先ほどまでとは違い、もはやリザードンは自由の身になってしまったのだから。
ぐるりと周囲を見渡したリザードンはある一点を見て動きを止めた。そして翼を徐々に大きく動かし、移動の準備をし__、
「「っベリーッ!」」
リザードンはアルゴとネープル、そしてポケモンたちを無視し、勢いよく、先程までとは比にならない速度でベリーに肉薄していった。
アルゴとネープル、二人の脳裏に浮かぶのはリザードンの硬い爪でずたずたに切り裂かれるベリーの姿。
あ、駄目だ。捕獲なんて悠長で生ぬるいこと言っている場合じゃない。大事な幼馴染が、仲間が眼の前でどうにかなるなんて耐えられない。そう思った二人は意識を瞬時に捕獲から殲滅に切り替えた。
「あーっ、もうだめだ!オーダイル、その自慢の顎で翼の元んところ全部かみ砕いて引きちぎれ!」
「ネープル、そのリザードンをベリーから引きはがして誰もいない場所に放り投げろ!俺が始末する!」
「了解!オーダイル、食らいついたら引きちぎらないであっちの方ぶん投げて!注文の多いネープルくんでごめんな、文句はアルゴに!」
文句はリザードンにだろ普通!というアルゴの叫び声を無視してネープルはオーダイルに指示を出す。オーダイルは主人のオーダー通りにその自慢の大あごで素早く地面すれすれを滑空しているリザードンの近くに寄り、首の付け根の部分を咥え、空中へと放り投げた。「アルゴ!今!」ネープルがそう言うと分かっていると言い、スペシャルアップをバクフーンに使った。
「頼むぞバクフーン、当てるぞ!『ブラストバーン』!」
__ブラストバーン。凄まじい爆発と共に相手を攻撃する特殊技。これこそが、ネープルとベリーが行っていた修行の先にある『究極技』。その一つだ。
翼を持ち、ひこうというタイプを持っていたとしてもいきなり空中に、しかも不安定な体勢では躱すこともできまい。そう、直撃だったのだ。高温の炎_更にスペシャルアップで炎の純度を高めたもの_で全身を包まれたリザードンは苦しそうな…、もはや苦しそうを超え、喉から血が出るのではないかという程の痛々しさを感じる声を絞り出していた。
技を放ってから十数秒ほどだろうか。バクフーンが放った炎が消え始めると、リザードンの身体から黒い何かがどろどろと溶け落ちていった。その黒の中から出てきたのは三人がよく知っている姿をしているリザードンだった。しかしその姿は酷く傷ついており立っているのがやっとの状態のように見える。黒い姿であった先程までとは違い、目の輝きは失われており、むしろどこを見ているのか定かではない虚ろな目で周囲を見渡していた。
その異様なほどの変わりように三人は細心の注意を払い、一定の距離を保ちながら見ていた。
「さっきのリザードン、だよな。あれ。」
「だと思うけど。…捕獲しておく?今なら抵抗することもないと思うけれど…。」
「………一応その方がいいだろう。…ネープル。」
「わーってるよ。」
アルゴの指示でネープルはリュックの中からモンスターボールを出し、それをリザードンに向けて軽く投げた。この状態なら投げる腕に力を入れずとも、特殊な効果を持つボールを使用せずとも軽々と捕獲できるだろうと、三人全員がそう考えていた。
しかしボールがリザードンの身体に当たりそうになった瞬間、尻尾の炎がありえないくらい激しく燃え上り、その炎の中にボールを包んだのだ。
予想だにしなかった抵抗。投げたモンスターボールは炎の中で焦げ落ち、リザードンの身体に届くことはなかった。
「何あの火力、っ熱すぎ…!」
「ただじゃ捕まってやんねーってかぁ?タイマーボール使ってやってもいいんですけどぉ?やってやろうか?あぁん?」
「落ち着けネープル。そして下がれ。ベリーの言う通り、あの火力はいくらなんでもおかしい。下手に動く前に一度__」
アルゴが言葉を紡いでいる最中、背後から物音が聞こえた。先程までリザードンがいたところを見るがそこにはもはや何もいなかった。物音がした方を慌てて見るとそこにリザードンがおり、ボールを焦がしたときよりも激しい炎を尻尾に灯していた。
そしてその炎と同じくらいの出力のものを口元に溜めていた。最大出力での発射を待つかのように。
「っ、ラッキー『まもる』!ラプラスは『うたう』!」
アルゴの咄嗟の防御指令。うたうは保険だろうがないよりはましだろうという判断だろう。しかしうたうの音波の波動は炎の熱波により掻き消えてしまい対象に届くことはなかった。頼みの綱はラッキーのまもるしかない。
ボッっと大きな音を出し、まるで火柱の如く燃え盛る尻尾の炎。しかし、赤を越え、青白く光るくらいに猛る炎は、リザードンの張り裂けるような叫び声と共に消えた。そしてリザードンは力を失ったかのようにその場にぱたりと倒れたのだ。
場に訪れる静寂。遠くから聞こえるキャモメの鳴き声も聞こえるくらいに場は静まり返っていた。それは事件解決の証であり求めていたものでもある。しかしどうにも不気味で、なんだか薄ら寒くて。
「……一体何だったんだ?」
動揺。恐怖。困惑。何故?あれは一体?どうして?3人の脳内はそれらで埋め尽くされていた。
何が起きていたのか。いや、先程までの出来事は夢なのではないか。そうだきっとそうなのだ、普段と違う場所に来たから心が浮ついたりして、何かしらでどうかなってしまったのだ。そう考えようとしてもどうしても視界に入ってしまう先程までのバトルの跡、そして静かに横たわっているリザードンは3人を現実へと引き戻して行く。
弔いをしようなんて考えが出るわけがなかった。生命の灯が消えていることにもしばらく気づかなかったのだから。
___『図鑑所有者は戦いの運命をともにすることが多い』。そう語ったのは誰だったか。その言葉通りに図鑑所有者たちはその地方、あるいは世界の命運を握る戦いに多く参戦してきた。
それは世代を以降しても変わらない。
謎のメガリザードンのナナシマ襲撃事件。これが次世代図鑑所有者たちの、短くも連鎖的に続く戦いの始まりだったのだ。