モニターに映し出されているのは尻尾の炎が消えているリザードン。尻尾の炎が消えるとその命も終わってしまうと言われているヒトカゲの性質はたとえ進化してリザードンになったとしても変わらない。生命の灯。そんな言葉がお似合いのポケモンだ。
寿命が来たのだろうか。可哀そうに。多くの人間はこの状態のリザードンを見てそう言うだろう。
しかし、果たしてこの女の形相を見てそんなことが言える人間がいるだろうか?答えはノーだ。目は血走り、その表情は怒りに染まっている。そんな女を目の前にして可哀そうだなんて言葉が出てくるものだろうか。
「何がいけなかった何で失敗したどこに負ける要素がある失敗したというのならやはりこちら側の問題か人工的なメガストーンか素体をリザードンにしたのが悪かったのかメガストーンを埋め込んだ位置なのかXとYの性能のいいとこどりをしようとしたのが駄目だったのかそれともナナシマはさすがに遠すぎたかカロスでもっと研究しておけばよかった改良の余地ありだったああ後悔してももう遅い改造しなければカントーの次はどこにする何を対象にする考えなければ考えなければ考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えてぇッ!」
大きな目を更に見開いて頭を掻きむしる女。ぶちぶちと髪の毛が抜けているが女はそれに気づいていないのかぶつぶつと非人道的な単語を含んだ何かを口にしている。まるで…いや、どこからどう見ても気狂いだ。
「落ち着け…最初の一歩だ。私はまだできる。失望されない。いける。ここからだ。大丈夫。」
机の上に置いていたカップを手に取りコーヒーを一口飲み込む。女はそれで少し落ち着いたのか何か覚めたような目で壁に貼ってある書類の数々に目をやった。そこには各地方の伝説ポケモンの資料や初代から今に至るまでの全地方・全図鑑所有者の個人データだった。女は先程の映像を見返し、現在のジョウト図鑑所有者の書類に新しく文字を書き加えていく。
「とりあえず今の図鑑所有者たちのレベルが知れただけ良しとするか…。」
「へ〜え、そりゃよかったねオメデトウ。」
パチパチと乾いた拍手が広くない室内に響き渡った。誰だと女が警戒心を剥き出しに声がした方を振り返ると、そこには男が一人、この部屋の唯一の出入り口を塞ぐかのように立っていた。
「貴様、どこの組織の者だ!」
「入ってほしくなかった?だろうね、どこからどう見ても秘密の研究所と言う他ない場所だ。…それにしては守りが手薄だね。『侵入者さん!侵入したなら私を殺してっ!』とでも言っているようだ。それとね、オレには組織なんてないよ。これは個人行動。」
「警備班は!監視カメラもトラップもあったはずだ、何故!」
「ケービハン…?ああ、あの雑魚たちのこと?皆弱っちぃんだもん。ワンパンだよワンパン。仕掛けもあんな子供騙しみたいなもんじゃ駄目。」
男がちらりと廊下の方に目線をやる。女はそれだけで何かを察したのかすぐに廊下を確認しに駆け出した。そこには警備役として配備していた男性数名が横たわっており、背後にいる侵入者によって倒されたことが明白であった。そしてひたりと女の首元に男の手が這う。「簡単に背後見せちゃだめだよ。俺じゃなかったら、きみは今の行動でお陀仏ってやつだ。」男が親指で軽く押さえているのは頸動脈。そこを強く押されて気絶させられたら女の人生はここで終わっていただろう。
「……何が目的だ。」
「ん?いや提案したくてね。乗り込んできちゃった。もっと腕が立ってそれでいて頭の良い人間と組んだ方がいい…ってね。まあそうだね、例えばオレとか。」
首元に宛がっていた手をぱっと簡単に離した男はにこやかな表情でそう言った。「この状況で自身の売り込みとはな。気狂いか?」そんな男の反応を見て女は背筋に薄ら寒いものを感じながら若干の煽りを含んだ言葉を返す。しかし男はその言葉に大して気にするような素振りを見せず、笑顔のまま再度口を開いた。
「きみの思想にいたく共感してね。」
「私に共感、だと?__馬鹿馬鹿しい!嘘も大概にしろ!私が何を計画・実行に移そうとしているのか分かっているのか?」
男の言葉に鼻で笑う女。だが男は笑顔のまま「うん分かってるよ」と言い、更に言葉を紡ぐ。
「きみの計画はプラズマ団…もとい、プラズマ団のボスゲーチスの復活。プラズマ団の思想は国際警察の犬共を始めとした全世界の人々に糾弾されたと言っても過言ではない。人々は惜しいとは思わなかったのかな?少なくともオレは思ったよ。ああ、少数派の意見はこうして折られていくのか!…ってね。」
「つまり貴様は私のこの研究の手伝いをし、この世界をひっくり返し、あの方を迎え入れることを良しとする…それを望んでいるという同士だという解釈をしてもいいということか?」
「ああ、オレはきみのことが知りたい。きみの近くにいたいんだ。そのためならきみが望むことの手伝いもどんなことであれ喜んで行おうじゃないか。」
「それがたとえ暴力染みたことであっても?血が流れるものだとしても貴様はこの私の隣に立てるとでも言うのか?」
「ああ。プラズマ団は人の情に訴えかけてポケモンの解放を進めた。でも結果的に失敗に終わったよね?じゃあ力を振るえばいい。情で支配できない人間には恐怖で支配すればいい。一番手っ取り早くて逃れられない効率のいい方法だよね、暴力ってのは。」
笑顔のまま、さも真っ当で当然なことだとでも言うように男は語った。「貴様、名は何だ。名乗れ。」それが嘘偽りのない本気のものだと感じ取った女は男に名を問うた。しかし男はあれだけ好意的に接していたにも関わらず、すぐに名乗らずにうーんと何か言いよどむ様子で頭を悩ませているようだった。
「そう、だねえ…うーん、ご生憎様俺は慎重な性格でね。身バレは避けたいんだよね、悩むなあ。……そうだ、じゃあ願掛けもかけて、
男は悩んだ末、そう言ってウインクを一つ落とした。
『アクロマ』。それはプラズマ団の元メンバーであり研究者。あのゲーチスの盟友と言われプラズマ団解散以降から現在に至るまでその消息は不明とされている人物だ。勿論女の敬愛する人間でもある。
そんな名を掲げ、思想を理解しており更に自分に好意的ときたものだ。女の心の中に生まれたのは希望の二文字。男に出会い、自分の望みは叶うだろうという絶対の確信を得てしまった女の顔に朱の色が差した。
「…ああ、ああ!素晴らしいのですね貴方って人は!」
「おや、口調が変わった。こっちが素?」
「貴方を信頼するに値する人だと認めましたもの。初めての理解者よアクロマ!嗚呼仮初の名だとしても来てくれた貴方が『アクロマ』だなんて素敵でロマンチック!これを運命と呼ばずして何を運命と呼ぶのかしら!」
「あはは、そこまで言われると悪い気はしないな。かわいいねきみ。」
男はそんな女の様子を見て、喜んでくれて何よりだよと笑みを浮かべた。
まるでチープな恋愛映画のワンシーンのようだが、二人が出会ったきっかけを考えるとこれは恋や愛など可愛らしい表現をすべき場面ではない。狂気だ。この空間は始めから狂っていた。
「唱えましょう!ポケモンの完全解放を!プラズマ団の復活を!」
「ああ、彼らの思想はオレたちが受け継ぐ。新たな礎を、かつて人々が排斥した思想こそが一番であると思い知らせてやろうではないか。」
「「ゲーチス様万歳!」」
うっとりと、まるで恋心でも抱いているかのように頬を赤らめて天を仰ぐ女。そしてその女を見てにっこりと形の良い笑みを浮かべる『アクロマ』と名乗った男。
ジョウト地方から遠く離れたこのイッシュの地に、悍ましいほど純粋な悪意が生まれたことなぞ、誰も知らなかったのだ。