隕石になら願えるぐらいの


ジョウト地方ワカバタウン。そこにある研究所でポケモン図鑑というものを受け取り『図鑑所有者』という肩書を得た俺はジョウトを離れ、すぐさまホウエン地方に降り立った。
正直言うと俺は逃げた。契約内容の相違点の発見、そしてあのネープルとかいうやつと会話して気分が悪くなったのもあったが、あの場所に行ってから俺の心中は穏やかではいられなかった。だからあんな奴の安い挑発に乗ってしまったのだ。
そう、いつもならあんなもの何でもなかったはずだというのに。
とりあえずドラゴンつかいが多くいるりゅうせいのたき付近に向かい、そいつらと片っ端から戦っていた。
ジョウトを発った時の俺はドラゴンタイプのポケモンと戦う時のあのヒリつくような感覚を求めていた。俺の手持ちポケモンがドラゴンタイプ中心というのも関係しているだろう。互いの弱点を攻め続け、力の強い者が勝つというシンプルでいて難しいそれが俺は好きだった。その好きに溺れていたかったのだろうか。今となってはもう分からないが。
ホウエンに来た理由は単純明快。ジョウトやカントーでは駄目だったからだ。俺があの二地方で相棒を出して戦おうものなら『見たことのないポケモンを使うドラゴンつかいがいた』という噂を聞いたあの土地の血族共に気づかれ、最悪の場合連れ去られてしまう。面倒くさいことこの上ない。ならばと思い俺はホウエンに向かった。選んだ理由はと問われると適当という他ないが、例え相手と俺の間に実力差があったとしてもあの土地の者共のことを心配する必要なく伸び伸びといられるし、気晴らしになるだろうと思ったから。


「見つけたぞドラゴン馬鹿。」
「…幼馴染馬鹿。」


ホウエンに着いて4日といったところだろうか。その日3人目のドラゴンつかいとのバトルに勝利して賞金を受け取り終わった丁度そのとき、背後から馴染みのある声が聞こえた。声がした方を振り返ると、そこには目元に不健康そうな隈を携えた銀色の髪の男がいた。
久々だな。そう声をかけるとそいつもふっと軽く笑い、ああと相槌を打った。最後に会ったのは半年前だろうか。成長期だというのにお互いあまり変わらないものだ。まあ奴より俺の方が背丈は高いのだが。

「…いや、そこまで久々でもないか?どうした。ついに告白でもしたか?」
「違う黙れ。」
「あ、もしかしてフラれたか?…すまん配慮が足りてなかったな。」
「違う黙れその口二度と開かないように縫い付けるぞ。」

瞬時にどす黒い負のオーラを纏うその男に笑いながら冗談だと返す。地雷が多い男の相手をするのは面倒くさいがいじるのはとても楽しい。矛盾しているな。まあ地雷持ち友人との関係なぞそういうものだろう。
さすがにこれ以上は喧嘩という名のポケモンを使ったガチバトルに発展するので素直に要件は何だと返した。こいつとのポケモンバトルは危険すぎる。まあその危険というものは周囲の被害という点においての話だが。公的に管理されいるジムやバトルフロンティア、ポケモンリーグの四天王の間などの丈夫な施設でなければ攻撃の余波に耐えきれないどころか地形破壊がおきてしまうだろう。そんなものの後始末なんて御免だ。

「ああそうだな。再会早々悪いが黙って僕に着いて来てくれまいか。」

俺の素直な言葉の返しに来たものは俺の意思を尋ねるかのような物言いのくせに一切俺の返事を聞かない言葉だった。ああ知っているぞこの表情は。絶対に自分の意見を通すという意思を持った時の顔だ。
ここで反抗したらまた面倒くさいことになるだろうと思い、降参しますというように両手を上げると、目の前にいる男はほうと感心したかのような声を上げた。

「何だ、今回は随分素直なんだな?」
「俺がいつも素直じゃないみたいな言い方止めてくれるか。」

大体お前たちよりは素直だろうがと言うと首を傾げられた。自覚ないのかと突っ込みたくなったが自重。そこから雑談に発展して長丁場の立ち話になってしまうのが容易に想像できる。こんなところに長居するわけにもいかないしな。

「トクサネか?」
「いや、カナズミの僕の家。」

行き先を聞いてからモンスターボールを取り出し、中からボーマンダを出す。すでに奴は宙に浮いているフライゴンの背に跨っていた。俺はボーマンダの背に跨り、素直に奴の後ろを付いて行った。


・・・・・・・・

友人宅に招かれる時、一般的には何をするものだろうか。
集まって遊ぶ、スクールで出された課題を一緒にする、その他数えきれないほどやることはあるのだろう。
俺の場合友人宅に呼ばれるという言葉が意味するのは4割が一緒に遊ぶだのバトルをするだのという娯楽、そして3割が互いが得た情報の共有というものだ。基本的には一般的な考えと一致していよう。


「話は全部オダマキ博士を通して聞いている。年上の余裕ってものがないのかな。」
「馬鹿ね。正真正銘の馬鹿よ。」


まあ残りの3割が尋問という特殊なものなのだが。
分かっていた。ああ分かっていたさ。抜き打ちのような再開をした顔見知りの男、到着したら出迎えてくれたこれまた顔見知りの女。そして入った瞬間閉められる扉の鍵。尋問されるヒントなんてそこら中に転がっていたではないか。

「ガキ相手にイラつくのは正直分からんでもない。だが逃げるのは違うだろう。」
「アルゴ、あなた私たちと同い年よね。で、その子たちは11なんでしょう?3歳差って結構大きいと思うの。しかも女の子もいたって聞いたわ。優しくしてあげた?してないわよねえ…だってあなたですもの。」
「だぁっー!俺が悪かった分かってるムキになった次会う機会があれば緩和させる!」

そう叫ぶと目の前にいる二人は当然だという目を俺に向けた。
ホウエン地方カナズミシティにある大きな家、というか屋敷に連れて来られた俺は前述したことの3割を引いてしまったようだ。一般人が暮らすようなものではないであろうこの建物は俺の友人の実家だ。
目の前で俺に説教紛いを垂れる人物が二人。ここに俺を連れてきた銀髪の男と、水色の髪を持ち優しい笑みを浮かべる女。この二人とは知り合って5年ほどで、もはや勝手知ったる間柄なので説教されても特に不快感は起きない。が、居心地の悪さは感じるものだ。コーヒーが注がれたカップを渡されたが、香り高いそれを今すぐ飲む気にはなれなかった。

「…つか何だよ、お前いつの間に博士と関係持ってたんだ。」
「オダマキ博士…の、娘さんの方だね。僕は今その人からとある話を持ち掛けられていて、たまに研究所に訪れているんだ。先日研究所に顔を出した際に偶然ジョウトの図鑑所有者の初会合の話を聞いてしまってね。どうせきみのことだろうと思ったんだが…、どうやらビンゴだったようだ。僕の勘はまだ狂っていない、安心したよ。」

男はふっと軽く笑ってからコーヒーを口に運んだ。狂っちまえそんな勘。そんな悪態を口の中に押し込めたまま適当に相槌を打つと隣から小さな笑いが聞こえた。勿論そこにいるのはあの男でなくもう一人の女の方なのだが…、こいつが笑いに耐え切れなくなって声を漏らすとは珍しい。いつもなら万人に好かれる笑顔を貼りつけ、むやみやたらに感情なんて出さないようにしている奴だというのに。それほど俺が滑稽に見えたか。そうだとしたらクソほど虚しいな。

「リュもなんか言ってやれ。」
『え〜?ジブンは他人の心とかどうでもいいので正直アルゴがやったことは愚かとは思いませんけど。』

目の前にいる男が自身の端末に向け話しかける。端末を通して聞こえる明るさを感じる声。リュと呼ばれたその声の主も先程の二人と同じく数年来の付き合いの人間だ。『でも楽しそうなので言いますね。ばーかばーか。』けらけらとした笑い声を響かせる声の主に思わずお前はどっちの味方なんだと突っ込みを入れてしまう。するとすぐに『ジブンは全世界に住まう人類みんなの味方ですよ?』なんて絶対に思ってもいないことを言うものだから呆れを通り越して笑ってしまう。お前はそういうタマじゃないだろうに。
「…まあでも、」男が一息吐き、何やら意味あり気ににやりとした表情を俺の方に向けながらそう話始める。どうせろくでもないことを言われるのだろうなと思いながらなんだよと相槌だけ打っておく。

「何か気になるところがあり不可解指数が天元突破。で、喧嘩腰になって問い詰めたりしてたんじゃないのか?」
「それに加えて、絶対に自分の本当の出身地も明かしてないに決まってるわ。」
『で、ろくに挨拶もしないままホウエンにきたのでは?』
「おい待て何故全部知っている。」

男の発言をきっかけに全員が自分の考察を話し始めた。当たらない考察程度で済めばいいのだが口にされた考察は全てが事実そのもの。おいお前らそれは完全に全てを見てきた奴の言い分だろう。
何故だと問うと「だって長い付き合いだから。」と完璧なタイミングで寸分の狂いもなくそう言う3人。揃いも揃って嫌になるほど形の良い笑みを浮かべる二人の友人を見、機械越しの笑い声を聞いて俺はため息を吐いた。何だか頭が痛くなってきた気がする。この三人は俺がどういう人間かというところを大体知っており、更に長年付き合っている仲であるが故に互いに遠慮というものがほぼない。もはや友人ではなく腐れ縁と言うべきなのだろうか。
カップの中に入っているコーヒーはすでに冷めきっていた。何も言えなくなった俺はコーヒーカップのふちに口付け、冷たいそれを飲み込む。飲み下したその液体は涼しい流れのまま喉を降りていき、口の中には余韻だけがかすかに残った。全く以て苦くもまずくもなかったのだが、何を言えばいいのか分からず次の言葉を探していた俺の口から咄嗟に出てきた言葉は『まずい』という3文字だった。その言葉を聞いた目の前にいる男は一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに俺の心中を悟ったのだろう。意味ありげにかすかな笑みを浮かべ、「今度はもっと上質な豆のものを使おうか。これ以上、となると値段も張るんだが。」と言った。この男のことだから、俺が再度観念してお手上げだという反応を見せるまでこの薄い笑みを止めることはないだろうし、本当に次回会った時に値段の高い豆を使ったコーヒーを出してくるのだろう。口に出していないだけでおそらく隣の女も分かっているはずだ。端末越しのあいつの今の反応は分からんが、もしこの場にいたら、性別を感じさせないあの均整な顔に似合わない下品な笑い声をあげて『嘘でしょうそれ』と言うに違いない。
ああ、お前らのそういうところが大好きで大嫌いだよ畜生。
互いに話したいことも尽きたのか少しの間沈黙が流れる。そろそろお開きか。そう思ったのも束の間、機械越しから『ちょーっと気づいちゃったんですけどー。』という間延びしたような声がした。話しても?と尋ねる声にどうぞと言い発言を促す。


『アルゴ、ジョウトだからテンションおかしかったんじゃないですか?』
「は?」


予想外の言葉に対して生まれてきたのは不可解という言葉。いや訂正しよう、理解はできている。理解したくないだけだった。
何故?と何かしらの感情が抑えきれていないのが丸分かりの声でそう尋ねると、機械越しにやけに楽しそうな声が聞こえた。あの端末壊してやりたい。

『えー?だってジョウトですよ?アルゴですよ?ピース大体揃ってるじゃないですか。いや某土地の話は抜きにしてですよ、研究所があるワカバタウン?って今地図確認したんですけどあの森と近いじゃないですか。』
「あー…。」
「それなら納得かもしれないわ。羽目を外しすぎた、みたいな?リュケイオス、あなた実は天才?」
『いやジブンは元々天才ですよそれはそれとしてもっと言ってくださいリルビア。そしてゲの字、貴方も褒めなさい。』
「はいはい天才だねリュの字。」
『あっ、アルゴも図星だったら褒めていいんですよ?』
「褒めねーよ神話馬鹿!」

自身の動揺と三人の会話の勢いをかき消そうと少し声を張りながらそう言うと、目の前の二人は少し間を開けてからニヤリと笑みを浮かべた。「図星ね」「図星か」『やはりジブン天才なのでは』好き勝手に言われるが反応した方が負けだ。そんなに俺は分かりやすいだろうか。直さなければいけないなと考え、溜息を吐きながら席を立つ。

「もう帰るのか。まあ何だ、うまくやれよ。」
「女の子には優しくね。」
『やらかしと言う名の土産話持ってシンオウまで来なさい。』

投げかけられた言葉にわーってるよと雑に返事を返す。それに対しての言葉はない。これでいい。俺たちは雑な円を繋げばいいのだ。歪に繋がった奇妙な縁でできたのがこの関係なのだから。
勝手にそんなことを思いながらこの馬鹿でかい屋敷から出、ボールの中からボーマンダを出す。
ボーマンダの背に跨るとボーマンダは尾をばたばたと地面に打ち付けるような仕草をして俺の指示を待っていた。まあ今回の場合は行き先の指定なのだが。


「____トキワに。」


目的地を告げた瞬間に腰につけているモンスターボールがいくつかゆらゆらと揺れた。
きっと、いや絶対にその土地名に反応したのだろう。特に揺れが酷かったのは長いこと俺の手持ちでいる相棒だ。幼少の頃からずっと、それこそ両親より長いこと俺と共にいるこいつはその土地が俺にとってどういう場所なのか分かっている。

「落ち着け。俺が考えなしにトキワに行くわけがないだろう。」

相棒が入っているボールに向けてそう呟く。しかし揺れは収まらない。一見過剰にも見えるこの反応だが、相棒なら話は別になる。


「…見つけたんだよ。」


分かるだろうお前なら。そう呟くとようやくボールの揺れがおさまった。ようやく分かってくれたかという安堵とじわじわとくる羞恥が同時に襲い掛かってくる。柄にもないことを、本心を口にしてしまった。ジョウトに行ったあの日からやはりどこかおかしい気がする。今までの俺じゃないような、俺にしては不安定というか。不調とでも言えばいいのだろうか。溜息を吐きながらボーマンダの首筋を撫でる。頼んだぞと言葉をかけると、ボーマンダは翼を広げ宙に浮き始めた。
トキワに行けばこの不安定な気持ちも解消するかもしれない。そう、目的さえ達成すれば、あの人さえ見つかれば消えてなくなるのだこんな靄なぞ。
祈る。かの土地に、ちっぽけでいて根の深いものを。『あってくれ』とただひたすらに祈る。
もし在るのならば。会えるのなら。それはなんと良い事だろうか。涙の一つでも零してしまうのだろうか。何と口にするべきなのだろうか。…分からないな。考えても考えても答えなぞ出てくるはずがないのだから。
一生に一度、神に祈りが通じるというのなら今ここで使おうではないか。これに全てを託したい。本当にちっぽけな願いなのだから、ないものを願ってはいないのだから。
在ってくれ。あれ。会いたいんだ。もし在るのなら、そうすれば長いことこの心に抱いてきた俺の目的も、夢も、願いも、それこそしがらみも。全て終わるかもしれないのだから。
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