タイムアップは君から言って


「お互い手持ちは三体ずつ。チャレンジャーはポケモンに持ち物を持たせても構わないよ。ただしキズぐすりは双方使用可能。ジムリーダーである僕のみ試合中のポケモンの入れ替えはなし。」


__以上が一般的なジム戦のルールだけれど、これでいいよね?
ぽうっと、細い蝋燭に灯されているかのような小さくか細い明かりだけが辛うじて照明と呼べる機能を果たしている薄暗い場所。エンジュジムの最奥、ジムリーダーが待ち構えているところに立っているタナトは、ようやくその空間に辿り着いたベリーにそう尋ねた。緊張と恐怖で頭が回っていないベリーに代わり、アルゴが問題ないと返すと、タナトは返事の代わりににっこりと笑みを浮かべた。

「準備ができたらポケモンを出しな。息が整うまでくらいは待ってあげられるから。」

タナトはそう言うと指を鳴らした。パチンと小気味いい音がこの不気味な空間に響き渡ったと思うと、誰かのすすり泣くような声が聞こえ始めた。「…誰?」ベリーとネープルは不安気な顔をして辺りを見渡すが、泣いている人間など誰もいない。その泣き声は徐々に大きく、すすり泣くような声は小さな声は段々と泣き叫ぶような大きな声に変わり、その声を聞いているとぐわんぐわんと直接脳髄を揺らされているような感覚に陥りそうになる。ネープルは咄嗟に耳を塞いだが、その声はまるで耳元で叫ばれているかのように鮮明に聞こえる。どうにかなりそうだと2人の目に涙が滲んできたところで、アルゴが虐めるのも大概にしろとため息を吐きながら暗闇を睨んだ。

「趣味悪ィな。新人チャレンジャー怖がらすのが趣味か?エンジュのジムリーダー様って人間は。」
「僕の趣味ではないよ。彼女の趣味ではあるだろうけどね。」

その睨みつけた先にポケモン図鑑をかざすと、図鑑は暗闇の中にいるポケモンを認識した。そのポケモンがケタケタと笑いながら姿を現したと同時に、図鑑の液晶上にも名前が映し出される。
そのポケモンの名はムウマ。よなきポケモンに分類されるムウマにとって、先の行動は正しいものであろう。しかし、今この瞬間にすることではないだろうとアルゴは思い、非難の目をムウマに向けた。するとムウマはびくりと身体を揺らし、バツの悪そうな顔をしてタナトの後ろに身を隠したのだった。

「悪気はないよ。これは彼女たちの習性だ。責める方が可笑しいと思わないかい?」

その言葉を聞いて、ネープルはアルゴと同じように図鑑でムウマを読み込み、液晶上の文字を辿った。
___人の驚く様子が大好きで、突然現れたり泣き叫ぶような声を出す。
図鑑に付いている十字キーをいじり、色々な地方のたくさんの博士が書いたムウマの説明を回覧したが、書いてあることは大体同じような文章であった。驚かせることが生きがい、いたずら好き。そんな文言が並ぶ。習性と言われたらそれはもう咎めようがない。咎めたものなら、それはムウマというポケモンの在り方を否定することになるのだから。
アルゴはそれを理解したうえでタナトに問いかける。涙目でその場にへたり込んでいるベリーを後目に。

「じゃあムウマを出してこいつ…らをビビらせたのには意味があるということか?」
「意味はあるよ。なかったら呼び出したりはしないさ。」

意味、とは。ベリーとネープルの脳内にそんな疑問が浮かび上がる。それは常時であれば察することができるものだった。が、今の状態のこの2人の頭ではその単純な答えに辿り着くことすらひどく難しいことであった。


「いいかい。ここはお化け屋敷なんかじゃないよ。そして今から始めるのは遊びでもなんでもない。」


__ジムバッジを賭けた、正真正銘の公式戦だよ。

小さい子に言い聞かせるように、ゆっくりとタナトは事実を告げる。恐怖という感情に塗りつぶされた、ベリーの頭の中から消え去っているかもしれない事実を。
ごくり。ネープルの横から唾を飲み込んだ音がした。ベリーだ。浮かべている表情は硬く、不安による緊張と恐怖で指先はカタカタと震えており、__薄暗いこの部屋だからそう見えるだけかもしれないが__顔色も悪い。

ねえ、今日はちょっと、止めておかない?

ネープルの口からそんな言葉が出かかった。だって、見るからにコンディションが悪い。こんな状態でバトルフィールドに立てるの?ポケモンに指示出せるの?あの人の目、見れるの?帰ろうよ。調子が悪いのは仕方がないよ。また来よう、また俺も予定合わせるから。
意気地なしが言う言葉ばかりが次々に浮かんでくる。が、それをネープルが口にすることはなかった。できるわけがなかった。


「わかって、ます。」

力が入りきらない足で立ち上がり、震える口で言葉を紡ぐ。それはいつもより小さく、か細い声だった。
が、そんな後ろ向き言葉、言えるわけがない。言ってはいけない。言ってしまったらそれは、彼女の気持ちや覚悟に対する侮辱になってしまう。


「私の夢のために、私は今ここにいる。」
___だって彼女の黄色い目は、輝きを失っていないのだから。


好い目だと思い、タナトは笑った。笑う必要はなかったかもしれない。けれども、タナトにとってその目はとても綺麗で、薄暗い自身にとっては眩しすぎる光のようで。
__ああ、彼が星なら、この子は月だな。雲に隠れがちでその姿を現すことは中々ない、一見すると静かだが、確かに存在を主張する三日月だ。
そんな例えが浮かんでくるくらいには、ベリーの今の目はタナトにとって好いものだったのだ。

「このムウマは僕が最初に出す子だよ。ジム戦開始前にヒントを与えたにすぎないということさ。」

好いものを見せてもらった代わりに、タナトは丁寧にムウマを出した意味を教えてあげた。これはお礼のようなものだ。輝かしいものを見せてくれたお礼と、不本意ながら怖がらせてしまったお詫びも込めて。

「ヒント…?」
「…よく見ろ。あのムウマがどんな性格で、どんな動きをしているのか。日常の些細な動きからでも予測できる物事はある。クセなんて最たるものだ。動く際にどの方向に向かって動くことが多いか…必死の状況で躱せという指示が出た瞬間なぞ身体に染みついたクセというものが出やすくなるものだ。__あいつはお優しいことに、ご丁寧にヒントをくれている。今はチャンスだぞ。よく見ろ。観察しろ。いくら時間を使ってもいい。勝つための道筋を確保しろ。」

ヒントという言葉がピンときていないベリーに対してアルゴは助言をした。クセ、と呟いたベリーはじいっと宙にふわふわと浮かんでいるムウマを見つめた。最早そこに怯えの色はない。アルゴの言うとおり、勝つための道を見つけるために、必死で目を動かし脳を回転させている。

「気が済んだら声をかけてくれないかな。そうしたらジム戦を始めようか。」

タナトはそう言うと近くに置いてある椅子に腰かけた。
明確にハンデを与えられている。が、ベリーはそれを享受するしかない。いくらアルゴに教えを乞うたとは言え、学習したものがそのままテストに出るほど本番は甘いものではない。だから与えられたものは全部使う。相手がタイムアップと言って取り上げるまで。
もうここに弱々しく泣いて怯えている女の子はいない。
一人のトレーナーが、自らの勝利をもぎ取るために、ここに立っているのだ。
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